画廊主の独り言

銀座京橋に在る金井画廊の画廊主によるブログです。

マチエールに込めた生命(いのち)の輝き

2015-09-19 21:11:43 | 日記
本日より宮本豊蔵展がスタートいたしました。1952年生まれ(63歳)。佐伯祐三に憧れ、油絵を独学で探究し重厚な作品で30代から人気を集めていました。パリ風景やヴェニス運河の旅情をペインティングナイフの勢い溢れるタッチで奔放に表現、まさに佐伯を超えるほどの力強さで一世を風靡しました。

私は百貨店で宮本先生の鮭を描いた作品に驚愕し個展をお願いして以来、独立して現在に至るまで宮本ワールドの魅力を伝えるお手伝いをさせていただきました。10年ほど前までは佐伯風と言われるほどデフォルメも極端ではなく、ヨーロッパの風景画を飾りたいお客様には垂涎の的と言えるほどでした。

次第にモチーフの形は抽象化する反面、色彩とマチエールはより豊かになっていきます。建物や花の説明よりもそれを取り巻く大気の厚みや動勢、マチエールそのものの輝きに比重をおき、さあこれから誰の真似でもない誰も真似のできぬ真の宮本ワールドへ誘おうというその時、3.11の大震災が起きてしまいました。

彼の住む福島県双葉町は原発5キロ圏、その後数か月は音信普通で計画していた個展は勿論できずじまいでした。先生から電話をいただいたときはうれしさと安堵で涙が止まりませんでした。奥様の実家がある千葉県流山市に避難。その後一時帰宅が許され、暗闇のアトリエの中で過去に描き上げた作品達と再会。(放射能検査にて持ち出しが許可されています。)

「豊蔵」という名前は、還暦を迎えた時に本物の絵描きであっていたいという願いから、父と祖父の名から一字ずつ取って付けた名前。ちょうど大震災の翌年は60歳。そうだ、今まさに回生の時。これまで積み上げてきた画業の証をつぶさに振り返る為にも画集を作ろう!そう彼は決心しました。

再会した一作一作に光や大気の厚みを加筆し、約100点もの作品を画集に掲載、その一部を個展に展示することができました。また、従来の風景や魚、向日葵などの具象作品に加えKESHIKIと題する抽象作品も展示。新たな画境を観ていただく機会を得ることができました。

彼はもともと我々がいつも気づかずに過ごしているしみや汚れなどにいつも関心を抱いています。たとえば、建設工事の金属の壁が雨等によってできた模様や私の画廊の入口にあるタイル床のどす黒い汚れ、雨ざらしの古い壺の中にできたカビや緑青の景色(KESHIKIはここから由来)など。それらを見て彼は満面の笑みで「美しい!」と叫ぶのです。風化という自然によってできたKESHIKI。そうです。これを見て感じた時に初めて「美」が生まれたのです!

ですから自らが創造するマチエール(材質感、絵肌)こそが彼にとって本物の「美」を生み出すための最大の使命なのです。「マチエールをじっと見つめるだけで眼が潤み、心が和む。」そんな作品を彼は目指しているのです。絶望の淵から今ひとたび神より授かった生命(いのち)の輝きはこのマチエールの中に込められていると言えるでしょう。

こんな観点から宮本豊蔵の作品を味わってみてはいかがでしょうか?きっと絵の面白さが広がることでしょう。