「短い小説」岳 洋著

ひとり静かに過ごす、土曜の夜のひと時・・・

 

「二通の手紙」寂しい終の訪れが・・6

2017-07-12 16:22:28 | 日記

山の冷気を吸いたいのか涼子は窓を開けた。

「わ~、ひんやりとしているわ。こんなに日蔭なの・・」
右側の谷に早川を見下ろし、左側の切り通しが朝日を遮ぎっていた。
 
右に、そして左へとハンドルを切りながら塔ノ沢温泉そして宮ノ下温泉を通り越して登っていった.

「箱根の旧道も勿論知らないよね」
の問いに涼子は
  「話には、聞いていますけど箱根の寄木細工や忠臣蔵の神崎与五郎が峠の駕籠かきに詫び証文を書いたと言われる甘酒茶屋があるところでしょう」
下調べをしてきたのか、得意げに言った。
お返しに・・それだけではないと言わんばかりに付け加えた。
  「山が紅葉を迎える秋が僕は詩的で好きだね。 こんど連れて行くよ」
一寸、間があき
  「ロマンテイストね」
嫌味でなく心から涼子は素直に感じていたようだ。

箱根登山鉄道の線路と平行に走りながら強羅駅に向かった。
強羅ホテルは強羅駅前にある。駅前は混雑していた。
旅行客は、ここから早雲山までケーブルカーで登り、そこから芦ノ湖湖畔までロープウエイで一気に山越えをする。
ホテルの玄関前に車を駐車した。
  「着いたよ。疲れたかな。大丈夫・・」
と労わりの声を掛けた。
  「大丈夫よ・・・貴方こそ・・空気が綺麗ね」
この四階建ての小さなホテルは昭和の初期に建てられた由緒あるホテルとの事だ。
  「絵を鑑賞してから、ゆっくり珈琲でひと休みしよう」
階段は玄関ロビーの左端にあるのに直ぐに気が付いた。
静かに、ゆっくりと一段一段、階段を上り、時間をかけて鑑賞をした。 
こんなに時間をかけて絵の鑑賞は何年振りだろう。 
仕事に追われて絵の鑑賞どころでなかった。
ふと、或ることを思いだした。
  「強羅のしゃくり豆腐って知っている。豆腐をしゃくって採るから、しゃっくり豆腐と言うのだけど、折角だから食べて行く・・。立ち食いだけれどね」
  「聞いたことがあるわ。折角だから食べて行きましょう」
ホテルを出ると駅前の踏切を渡り左折をして直ぐ駅裏手の小さな「箱根銀豆腐」で一丁を二人で分けて口にした。美味しい。

日中の山の陽ざしが強く瞼を細め手で強い陽ざしを遮った。
芦ノ湖湖畔に突き出た山の上ホテルの喫茶ルームで憩の時間を取った。 数組しか人はいない。山の静寂な空気を肌に感じた。 
 
街路灯の灯が点り、宿泊客で賑わいをみせている箱根湯本の「治兵衛」で夜の食事をすませ一路、東京へと車を走らせた。

「お休みなさい」
いつもの通り、来週の約束をして笑みを浮かべて別れた。

(つづき)

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