「短い小説」岳 洋著

ひとり静かに過ごす、土曜の夜のひと時・・・

 時代が大きく変わろうとした終戦時に生きた
若いふたりの物話です。

「二通の手紙」寂しい終の訪れが・・7

2017-07-13 08:03:59 | 日記
 四月の始め頃、
箱根の強羅駅から桜がほころぶ並木を辿り、中強羅で右手に折れ道なりに下り、湧き水の小さな滝を横目に荒れた山道を揺られて仙石原に抜けた。
「ちょっと、最初は不安だった・・この道が近道なのね」
と涼子は箱根の山道に詳しいのに驚いていた。

  仙石原で店の入り口に水車を廻している田舎屋風の小さな庵に車を止めた。
「ここは旨いよ」
古い小さな一軒の古民家風の店である。 
狭い勝手口のようなところから靴を脱いで板の間に上がり、囲炉裏の近くに空いている席を見つけ座った。 
「ここは初めてだね。開拓したばかりなんだ」
「こうゆう素朴な店って何か寛げるわね」
涼子は余ほど気にいったのか、目線で店内の造りを探索していた。

「強羅の桜並木は見事だったわ。染井吉野でなく山桜と言うのかしらね」
箱根の山には慣れているとは言え数時間は掛かる距離だ。 
だが、誰にも見られる心配はない。
季節の変わり目には移り行く自然の営みを肌で感じられるので、いつしか、箱根の山は二人のドライブコースになっていた。
 
 箱根の山々が紅葉に彩られてきた。 
新緑の頃より落ち葉が風に舞う静けさが好きだった。
 
 涼子と付き合い始めてもう三年近くになった。
そろそろ、結婚を意識するような気で考え始めている自分に気が付いていた。
涼子なら両親も喜んでくれるだろう。
戦後の教育で封建的な格式は崩壊したものの、まだ、明治生まれの親たちには殻は残っている。 わたしも涼子も戦時中の教育を受けている。

 箱根湯本温泉で表通りから脇に反れた早川の湯本橋の袂にある老舗の蕎麦屋「はつ花」で昼食をすませた。店には江戸時代のおしながきが残っていた。旧道を登り途中で箱根細工を記念に買い、峠の茶屋で甘酒と団子を食べ、忠臣蔵の講談話の駕籠をみて芦ノ湖湖畔に向かった。

 話が噛みあわない。上の空だ。
今日は折角の山が晩秋に見せる紅葉のショーだと言うのに・・・。
晩秋の山の魅力は紅葉に包まれた彩の中で見せる。
落ち葉の風に舞う素朴な山の佇まいが何とも言えず好きだ。
薄日差しの中、さっきから風がある。
「具合でも悪いなら、このまま戻ろうか」
いつもの見せる笑みの陰に暗いものを感じた。
「う~ん。大じょうぶ」と、
言うと笑みを無理して繕う姿を感じた。
 
 何とかこの場を繕うとしている努力に水を差したくはない。
受け入れて何もなかったふりをするのが良策だと思った。
「ここまで来たのだから、涼子さんには女だから興味はないと思うが一度は観ても損はないよ。」
ここで、涼子に反応があった。
「何なの・・。」
何時もの顔に戻った。
「戦国時代の兜を展示している箱根武士の里美術館が仙石原にあるよ。」
「仙石原の箱根湿生花園の前にあるから、ここからだと直ぐだよ。」
涼子は眼を合わせて頷いた。だが、仙石原は近くはない。 これから十国峠に向かい、峠を熱海に下り、そこから海岸沿いを走る計画を止めれば良い
(つづく)。



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