「短い小説」岳 洋著

ひとり静かに過ごす、土曜の夜のひと時・・・

 時代が大きく変わろうとした終戦時に生きた
若いふたりの物話です。

「二通の手紙」寂しい終の訪れが・・5

2017-07-11 08:45:11 | 日記

すると、小さな街灯のある大きな家があった。

木製の厚いドアの前に立つと目線の高さのある所に四角い小窓があった。
傍らの呼び鈴に手をあてて押そうとしたが一瞬だが涼子をこんな正体不明の店に連れてきて良かったかと躊躇した。
紹介者の推薦の店だと自信をもって押した。
小窓が中から横にスライドして開いた。 男の目の処しか見えない。
借りて来たカードを見せると無言で厚い木のドアは内側から開いた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

と黒いスーツに身を包んだ男に迎えられた。

間違って炭鉱にでも紛れ込んだような岩肌の段差のある中を、男は案内をして地下に降りていった。 蟻の巣みたいだ。
岩をくり抜いた穴倉が小部屋で、いたる処にあった。

「こちらです。しばらくお待ちください」と

言うと戻っていった。

 余りにも想像との違いに戸惑った。
辺りを見渡すと、ほとんどが外国人夫妻で静かに会話を楽しみながら杯を傾けていた。

日本人の居酒屋での喧騒な雰囲気はなく落ち着きを感じた。
振り返って涼子を見ると、動じない落ち着いた予想外な反応に、むしろこちらの方が驚いた。
店内はグリル&バーの雰囲気で酒の弱い私には、この場の扱いに些か戸惑った。

 涼子はカクテルを中心に飲み、大いに楽しみ、このような場に慣れているようだ。

 「こんな高級なクラブに来たことあるの」

と、何となく気になり聞いてみた。
  
 「誰が連れてって呉れるの?」
 「小説の中に描かれていて、一度行ってみたいな~と思ったことがあったわよ」

少しカクテルに酔ったのか、いつもとは違って見えた。

日頃、クライアントや放送局の接待に仕事柄よく使うので場馴れしているとは言え、若いだけに少しばかり苦手だった。

「こんど、こんな高級クラブでなく、学生が集まるようなダンスのできる処に連れっていってくださらない」
グラスを置くと下から覗き込むように、涼子は甘え声で言った。

学生時代はダンスパーテイの花盛りで、いたる処からパーテイ券を頼まれた。
内気な性格でダンスはもっとも苦手だった。

「ねえ~・・・」

と言うと、いかにも嬉しそうな悪戯っ子の眼を、また下から覗き込んで笑っていた。


 弱い朝の陽ざしが地面に長い影絵を作っていた。 それを見るのでもなく、ぼんやりとしていた。 
車の時は涼子の家の近くの赤い丸い郵便ポストの前で待ち合わせていた。
 
「おはようございます」

明るい声で涼子は朝の挨拶をして助手席のドアを開けて座った。

「強羅ホテルに階段画廊と言うのかしら、ホテルの階段に著名な画家の油彩画が飾ってあるそうよ」

「フランスの雛段式庭園の強羅公園も近くにあるから・・」

早川の鉄橋を渡り箱根の山道を登り始めた。

 (つづく) 

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