「短い小説」岳 洋著

ひとり静かに過ごす、土曜の夜のひと時・・・

 

駅の改札口  ・・10

2018-01-31 23:12:12 | 日記
名刺に仮寓のマンションの電話番号を書き加えて渡した。

 久しぶりに自宅に帰るつもりで出てきたが、時間も遅くなり栃木市に戻ることにした。
何故か若やいでいる自分に気がついた。

 赴任して初めての新年を迎え、来客の応対そして挨拶まわりと時間が過ぎた。 
自宅から車で夜遅く戻ってきていつしか一週間が過ぎていた。
 
夜、仮寓のマンションでテレビを観ていると電話が鳴った。
 
   「はい。もしもし・・」

   「洋子です。今晩は。この間はとても楽しかったわ。
    ありがとうございました
    ところで、この間のお話に甘えて、そちらに伺っても宜しいですか」

いきなり、洋子には驚いたが何か嬉しい響きに聴こえた。

   「勿論ですよ。で、何時、来られるの・・」

   「今週末の土曜日はいかがですか」

と洋子の声が弾んでいるように聴こえた
 
   「いいですよ。交通の便がいい東北本線の小山駅にしましょう。
    駅の中央改札口にしましょう。
    時刻は洋ちゃんの都合の良い時刻でいいですから決めたら
    連絡をください。
    楽しみにして待っています」

する洋子は

   「栃木市の文化を観に行くのですから、
    両毛線で行かせてくださらない」

寂しそうな駅の改札口を想い浮かべた。

この時、重要な意味を持つとは夢想にしなかった。
 
   「改札口は一カ所しかないから、直ぐに分かるよ」

そう返事をすると、暫し間をおいて、その通りかなと思った。

当日の朝を迎えた。

下野の冬は冷える。

 やはり、学生時代最後のスケート旅行も、この時期だった。

 昨晩、自宅から取り寄せておいた懐かしいスケートに行った時のアルバムをソファーのテーブルの上に置いておいた。 

 今朝のモーニングはミルクとフランスパンで軽くすませた。             ひとり住まいだから何もすることもないので、せめて珈琲ぐらいは毎朝、ミルで豆を挽きドリップしている。部屋中に漂う珈琲豆の香りは眠気覚ましには最高だと思っている。出来立ての珈琲に石のように固い珈琲シュガーをスプーンで二杯半入れて掻き回し、暫し思考した。 

 足利と益子も案内するとなると二~三日は必要だ。もしかしたら、この機会限りの訪問かも知れない。 なら余計に益子と隣り合わせの笠間も入れた案内をして上げたい。    しかし、泊まる処は紹介できるほどの満足する魅力ある処はない。
やはり、ここ栃木市の蔵屋敷だけにするしかないか。

その後は洋子と話をして決めよう

つづく

追記:この話の半分ぐらいになりました。時代は昭和40年代で、いかにも「昭和です」。
このまま続けても…中断か休憩をしたいと思います。ご意見を頂ければ幸いです。

駅の改札口   ・・9

2018-01-26 00:04:53 | 日記
 以前寄ったことのある私好みのフランス人画家Aizviriのリトグラフ石板画でなく油彩画を展示している画廊を左に観ながら会場に着いた。
 
受付をすませ名前札を胸に付け人で込み合う会場に入った。

奥から手を上げている友人が見えた。 
軽く手を挙げて、歩こうとした時、右の方で軽く会釈された気がして顔を向けた。

友人が先日話題にした彼女だった。立ち止まって思わず言った。

   「随分久しぶりだね。お変わりないですか」

友人から聞いて知っているのに惚けて聴いてしまった。

   「そちらこそ、お変わりご在いません。私の方は昨年の春先に
    永らく闘病生活をしていた主人を見送りましたわ」

   「それは知らず、ご愁傷さまです。お悔み申し上げます」

お悔みを言っているところに、友人が寄ってきて別な話題に移った。
停年を迎えた同期の出席が多く、話は尽きなかった。

会は進み、幹事の中締めで三々五々に会場を去っていき始めた。

彼女の事が気になり会場内を眼で探すと窓際に外を一人で観ている姿を見つけた。 
手にしていたカクテルグラスをテーブルに置き静かに歩み寄り声を掛けた。
   
   「洋ちゃん」

学生時代に皆が愛称で呼んでいた呼び名で声を掛けた。
 
   「驚いたわ。何年ぶりかしら。こんな呼び方をされたのは・・。
    懐かしい響きね」

   「良かったら、場所を移してお茶でもどうか・・な・・」

   「そうね」

ふたりして会場を後にして裏通りにある小さなCafé店に入った。

大都会の銀座のど真ん中だけに、辺りは昼間のように明るい。栃木市とは違う。
と、ふと思った。
 
店の奥の方に座った。 いつもの癖のようだ。

何時しか、ふたりの会話は学生時代に戻り、時間を忘れ遅くまで語りあった。

   「自由な時間ができたなら、栃木市の蔵屋敷など案内するよ。
    ここに電話をください」

名刺に仮寓のマンションの電話番号を書き加えて渡した。

久しぶりに自宅に帰るつもりで出てきたが、時間も遅くなり栃木市に戻ることにした。
何故か若やいでいる自分に気がついた。

つづく

駅の改札口   ・・8

2018-01-20 23:15:16 | 日記
そして、山々の尾根を岳人の歌を唄いながら隊列を組み縦走をした。
合宿最後の夜は、満点の星空の下で広場に丸太を組み、大きなキャンプフアイヤーを五十人ほどの部員でフオークダンスに興じ青春を謳歌した。
 歌声は山の冷気を跳ね返す勢いで木霊していた。 大きな篝火はあかあかと燃えたぎり空に昇っていった。 青春真っ盛りであった。 

 学校近くの駅前に「Passy」と言う名の喫茶店がワンダーホーゲル部の溜まり場であった。小遣いがないと一杯のコーヒーを砂糖だけで薄め我慢していた。
砂糖はテーブルに必ず置いてあった。休講があると自然と、この喫茶店に集まった。
彼女もよくここにきていた。 
彼女は気づくと、いつも一歩後についてきていた。気づいているのに、気づかぬ振りしていた。明るい茶目っ気な半面、もの静かな女性だった。

 就職先が決まり、学生生活最後の旅行をした。スケートのバスツアーである。     新年の松飾りが取れる頃、新橋駅前を出発した。上州の静かな大沼のスケートリンク場だった。 
信州生まれであったのでスケートは得意だった。彼女も参加メンバーにいた。 
   「教えてください」
と、えくぼのある笑顔で氷上をヨタヨタとへっぴり腰で同行の女性と一緒になって寄ってきた。
その時、「可愛いな。美人だ。」
と、より愛しく思ったことをいまでも鮮明に覚えている。

そして、卒業した。
それ以来彼女と会っていない。

何度も連絡をしようと思ったことか。若かっただけに勇気がなかった。
そして、四十数年が過ぎた。

 お互いに結婚を前提に、お付き合いをした訳でもなく、ただ心を密かに寄せ合っていたかも知れない。

何故か謝りたい気持ちが強い。
会いたい。想い出を語りたい。
 
夕食後、ソファーに腰を掛けながらワンダーホーゲル部の卒業名簿を開いた。
そこには旧姓もあり住所も電話番号もあった。電話をしたい衝動に駆られたが理性がそれを許さない。
部屋の窓越しに眼を外に転じた。近くの公園の梢が寒々とした空風に揺れているのが観えた。 
今日は風が強いようだ。何故か、ひとり住まいのせいか寂しい。
単身赴任だからか・・。何時しかソファーにうたた寝をしてしまっていた。
肌寒さに眼が覚め慌ててベッドに潜りこんだ。

鳥の囀りに眼を覚ました。                                       朝の鈍い陽射しが窓から差し込んでいた。
余り食欲もなく、ミルク一杯だけを飲みマンションを出た。
 地方都市のラッシュとは言え長閑な雰囲気だ。「ひとり思考に」に更けているうちに車は会社に着いた。

駐車場に車を止め自分の部屋に入った。 
机の上の未処理の決済箱にある書類と書簡等を手にして仕訳をした。
ワンダーホーゲル部OBの集いの案内が未処理になっているのに気がついた。
カレンダーと行事案内を比べた。会合には行けそうだ。 
早速、出席の返事を書いた。
机の上の電話が鳴った。
友人からであった。 「勿論出席しますよ。・・」と朝の暫しの会話を交えて電話を切った。先日、訪ねて来てくれた友人からの電話であった。 

当日、昼近くの両毛線で上野に出て、銀座へと乗り換えた。
銀座とはまだ数か月しか、ご無沙汰していないのに、数年ぶりの懐かしさを感じた。   地下鉄から地上に出て銀座通りをウインドショッピングしながら交詢社通りを右に曲がった。 以前寄ったことのある私好みのフランス人画家Aizviriのリトグラフ石版画でなく油彩画を展示している画廊を左に観ながら会場に着いた。 
受付をすませ名前札を胸に付け人で込み合う会場に入った。

つづく

駅の改札口   ・・7

2018-01-16 09:21:45 | 日記
折り畳みの傘をたたみながら、ひとり言い訳をしていた。
 
改札口を抜けると駅の階段を降りた。
 
ホームを歩きながら彼女の顔を見つめて

   「きょうは、男の人の膝に座っては駄目だよ」

彼女は負けじと笑みを浮かべて口を尖らせ言った。

   「座ろうかな~」

思いもかけない反撃に

   「座ったら」

ふたりして思い出し笑いをしながら訳の分からない会話を楽しんでいるうちに渋谷に着いた。 駅構内の人混みを避けながら駅から文化会館に繋がる高架道を渡った。
映画館は屋上にプラネタリュームのある複合ビルで、その二階にあった。 

映画はヒッチコックの作品だった。ロードショウ館は座席指定で楽ができた。
 
見終えて、人の波に押されるように映画館をでた。
もう辺りは街灯が点り、夜のとばりが落ち始めていた。 宮益坂の広い交差点で信号待ちをしながら・・・
 
   「夕食にロシア料理はどう・・サモワールと言う店だけど・・」誘ってみた。
 
   「ロシア料理って行ったことがないの。連れて行ってくださらない・・・」

   「道玄坂の方だから、ここからは少し歩くけどね」

    洋ちゃんはきっと好きだと思うよ」

ここで初めてワンダーホーゲル部内で呼んでいる愛称で呼んだ

何時しか山手線のガード下を潜っていた。
交番のある駅前交差点を渡り、道玄坂を左に観て右手の広い路を歩んだ。
以前に友人と食事に入ったことのある鯨屋の前を通り過ぎて、細い坂のある路地を左に折れた。 
薄暗い感じが漂う小路の角に二階建ての洋風の店がある。 店の入口のショウウインドの中には何故か一羽の鶏がうずくまっていた。 辺りの店とは雰囲気が異なる店の佇まいである。
「ここです。ちょっと、面白い店構えの店でしょう」
得意然として、苦笑しながら扉を押して中に入った。 


店内に入ると、薄暗く、だが、この暗さが二階建てのロシアン風の店の雰囲気と融合し気にいっている店のひとつだ。
 彼女はまだ興味深く辺りを眺めまわしていた。
 
いつも好んで座る奥の角の席に座った。
初めてふたりだけの会話を楽しみながらの食事をいつしか時間を忘れて遅くまで店にいた。  

この辺りはゆるやかな坂の小路が多くあり餃子の眠眠も直ぐ奥にあった。 
終戦直後の名残の共同便所もまだあるのが何故か印象的だった。 

食事を終えて店の外にでると辺りは気温が下がり肌寒さを感じるほどだった。 
話の続きを楽しみながら歩き、鋳造の忠犬ハチ公像の前に来ると、またの機会を約束して別れた。



 小諸と小淵沢を結ぶ小海線の清里駅前はワンダーホーゲル部の合宿する学生で賑わっていた。 
   「行くぞ~」
この号令のひと声で、三々五々に散っていた学生はリュックを背負い、友と語り合い歩き始めた。 

合宿は南アルプス連峰を背景に山裾にテントを張りベースキャンプを作ることから始まった。 そして、山々の尾根を岳人の歌を唄いながら隊列を組み縦走をした。
合宿最後の夜は、満点の星空の下で広場に丸太を組み、大きなキャンプフアイヤーを五十人ほどの部員でフオークダンスに興じ青春を謳歌した。歌声は山の冷気を跳ね返す勢いで木霊していた。 
 
大きな篝火はあかあかと燃えたぎり空に昇っていった。 青春真っ盛りであった。

つづく
お詫び:抜けていたページがあり申し訳ありませんでしいた。

駅の改札口  ・・6

2018-01-07 12:38:47 | 日記
ふと、彼女を想い浮かべた。
 
彼女とは部室でも、喫茶店でも数日顔を合わせてなかった。
 
 朝から今日も雨だ。 梅雨の時期に入り鬱陶しかった。
 
部室の扉の向こうの廊下から聴こえる大きな声で「雨って嫌いよ・・・」と、女性の一団がお喋りをしながら部室に入って来た。 その後ろに一緒に付いてきたかのように彼女も笑みをたたえて入ってきた。 互いに目線が合い会釈を交わした。 
部室は鬱蒼とした木々に囲まれた本館の外れにある古ぼけた校舎の四階にあった。 
雑然として整理の行き届かない部室の隅では新役員が夏の合宿の打ち合わせをしていた。 
誰かが大きな声で「もうすぐ合宿だぞ」と奇声を張り上げていた。 
彼女は雨で濡れた衣服を手で雨粒を叩いて払っていた。 
珍しくひとりでいたので勇気を奮って声を掛けた。
 
   「ロードショウの映画の切符を貰ったので、どう行かない」

と、周りに憚りながら低い声で聞いてみた。

 この数か月前に、樹々の彩が深まりだした頃、春の大学祭の打ち合わせがあり彼女と他大学に打ち合わせに出かけたことがあった。

その日、電車のつり革に掴まりふたりで初めて話をしていた。 
その時、私の立っている前の席の男性が席を立った。
席が空いたので「レデイーフアストだよ」と笑みを浮かべて席に座るよう彼女に勧めた。 彼女はちょっと躊躇したが、笑みを浮かべて「お言葉に甘えて・・・」と囁くほど小さな声で言うと身体をクルリと回転させ席に座ろうとした。
彼女は「キャ」と叫んで立ち上がった。                       何と横滑りで座った中年男の膝に腰掛けてしまったのだ。
可笑しくて笑いそうになるのを堪えるのに苦労した失敗談が二人の間を縮めた。

パントマイムよろしく指でOKサインをして茶目っ気な笑みで返してくれた。 
たまたま、ふたり揃って休講が重なり、駅の改札口で待ち合わせることになった。 
先程まで降っていた小雨も止んだ。 
遠くに歩いて来る姿が見えた。
 
   「ごめんなさい。 呼び止められてしまって逃げて来るのに
    ちょっと、手間どって・・・ね」

折り畳みの傘をたたみながら、ひとり言い訳をしていた
。 
改札口を抜けると駅の階段を降りた。

つづく