<14>
さやかと信二は、次の撮影の打ち合わせのために、秀のマンションを訪れて
いた。
アイ・ポットをアイボリー色をしたスラックスの膝の上に開き、
「『MONA』の今年の秋服のテーマは『Close To Me』、”永遠に側にいて”よ。
この間のミーティングで話したわよね。」
「ああ・・・ ・・・」
秀は心ここにあらず、といった感じで答えた。
そんな彼に気を止めた風もなく、
「クライアントからのモデル指名は、特にないわ。私たちに任せるって。」
「問題は、そのモデルだな、秀。」
信二は頭の後ろで腕を組み、「日本の一流どころはほとんど使っちまったし
---新人を使うって手もあるが・・・ ・・・」
「駄目、使えないわ、駆けだしは。」
さやかは強く反対した。「『MONA』の秋服の発表はイタリアを封切に
プレタポルテよ。日本の新人じゃ、太刀打ちできないわ。身長(タッパ)も
足りないし。」
「それじゃ、仏人でも使えばいいだろ。」
秀は初めて打ち合わせの席で、発言をした。「シャンゼリゼ通りを一日中歩いてれば
卵でも駆けだしでも5-6人は見付かるだろうが。」
「それがね、駄目なのよ。」
さやかは一つ大きな溜息をついた。
「モデルはうちらに任せるって言ってるけど、一つだけ条件が付けられてね---
東洋美(エキセントリック)でいきたいんですって。ほら『MONA』って今まで
どちらかというと、マドモアゼル系だったじゃない?仏系や伊系を多くつかって。
一度米系を使ったことあったけど、ありきたりの宣伝効果で終わっちゃったから
クライアントも懲りちゃってるのよね。」
「確かに、『MONA』のイメージは”マドモアゼル”に定着しすぎてるな。」
信二が同意する。「あれじゃ、新地開拓は望めない。客層も自然、固定されるし
・・・ ・・・」
「そう!そうなのよね、彼らの心配ごとは。だから、ここで心気一転?
『女性』でもない『少女』でもない---極端に言っちゃえば『女』でもない『男』
でもない中性的な魅力を出したいっていうのよね。」
「まるで宝塚の世界だな。」
秀は思い余ったかのように白い天井を眺めた。「逆に今の日本のファッションの
流れは女性は女性らしく、男性は男性らしく、だからな。どこのプロダクション
覗いたって、身長はあってもそんな条件を備えた奴---・・・ ・・・」
そこまで言って、ふいに口をつぐむ秀。
記憶の中で一人の青年が振り返る・・・ ・・・
(あいつなら---和人ならきっと・・・ ・・・)
「どうしたの、秀?誰か心当たりでも?」
「・・・ ・・・いや。」
秀は苦笑して頭を振った。「・・・ ・・・佐伯 香でいこう。彼女は丁度
仏系ハーフだし、タッパも度胸もある。ミラノのステージを踏んだ経験も
あるから、うまくいくだろう。」
「あ、成程ね。」
さやかは明るい笑顔で彼の案に相槌を打った。「彼女なら、まだうちのオフィスで
使ってないわ、ラッキーな事に。」
「じゃ、早速スケジュール調整だな、秀。」
信二がさやかの入れたコーヒーを一気に飲み干し、明るい表情で秀に声を
かける。
「あと、よろしくな信二。」
彼は急に席を立ち、玄関へと向かった。
驚いた信二が、
「おい、秀!どこへ行くんだ---オフィスでの打ち合わせに参加しないのか?」
「そうよ、チーフがいなくてどうするのよ。」
秀のいつもの気まぐれが始まった、とでもいうかのように、ふくれっ顔のさやかが
抗議の声を発する。
「悪いね、ちょい野暮用があって。」
「もう夜の11:00なんだけど?」
「『24時間働けますか?』がモットーの秀さんだから。」
皮ジャンを抱えた秀が、玄関から顔だけこちらに覗かせる。「貴史の穴は『ガルボ』
の佐伯 俊に埋めてもらえ。話はもう通してある。それから、佐伯 香とのスケジュール
調整の件、マネージャーを通して5月末から2週間キープしといた。あとは、直人
に青写真撮ってもらって、詰めてくれ---アングルと照明には十分注意しろよ、相手
は仏・伊だ。」
「え・・・ ・・・」
ばたん・・・ ・・・
茫然とする2人の目の前で、鉄の扉は重い音を立てて閉じられた。
「・・・ ・・・悪いな、みんな。」
屋上へと通じる階段をゆっくりと昇りながら、秀は呟いた。
仲間たち一人一人の姿が目に浮かぶ。
「もう---お前たちの所へ戻れないかもしれない。」
最後に、貴史の笑顔が浮かんだ時---
キー・・・ ・・・
屋上の扉が、秀の手によって開かれた。
強い上空の風が、彼の黒髪を揺らめかせる。
眼下には、イルミネーションが散りばめられた夜景。
遥か天空には、星々の瞬きを従えた満月が浮かんでいる---
長いこと秀は、その青白い光を満身に浴びたことはなかった。
もう一人の『自分』を目覚めさせるその『月光』を、秀は今まで避けて来た。
それを---彼は今、再び浴びようとしている。
「満月よ・・・ ・・・俺に力をくれ。」
秀は固く目を閉じて、両手を広げた。
吹き付ける夜風に身を任せ、思う存分その月光(エナジー)を体中で
吸い取る---
「貴史の敵を、あいつらを倒す力を俺にくれ。今こそ---!」
月が。
彼の願いに答えるかのように、一瞬、大きく揺らめいた。
強い青白い閃光が彼の全身を包む。
「---・・・ ・・・」
光の洪水の中で、秀はゆっくりと目を開いた。
前方の闇を見つめる、その赤い輝きの瞳。
「---そこか。見えた。」
秀は口元に笑みを浮かべた。
「今度は容赦しねぇ---吸血鬼(ヴァンパイア)ども。」
右足を軸に、天空へと飛翔する秀---
彼の体は新宿上空の気流へと乗った。
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さやかと信二は、次の撮影の打ち合わせのために、秀のマンションを訪れて
いた。
アイ・ポットをアイボリー色をしたスラックスの膝の上に開き、
「『MONA』の今年の秋服のテーマは『Close To Me』、”永遠に側にいて”よ。
この間のミーティングで話したわよね。」
「ああ・・・ ・・・」
秀は心ここにあらず、といった感じで答えた。
そんな彼に気を止めた風もなく、
「クライアントからのモデル指名は、特にないわ。私たちに任せるって。」
「問題は、そのモデルだな、秀。」
信二は頭の後ろで腕を組み、「日本の一流どころはほとんど使っちまったし
---新人を使うって手もあるが・・・ ・・・」
「駄目、使えないわ、駆けだしは。」
さやかは強く反対した。「『MONA』の秋服の発表はイタリアを封切に
プレタポルテよ。日本の新人じゃ、太刀打ちできないわ。身長(タッパ)も
足りないし。」
「それじゃ、仏人でも使えばいいだろ。」
秀は初めて打ち合わせの席で、発言をした。「シャンゼリゼ通りを一日中歩いてれば
卵でも駆けだしでも5-6人は見付かるだろうが。」
「それがね、駄目なのよ。」
さやかは一つ大きな溜息をついた。
「モデルはうちらに任せるって言ってるけど、一つだけ条件が付けられてね---
東洋美(エキセントリック)でいきたいんですって。ほら『MONA』って今まで
どちらかというと、マドモアゼル系だったじゃない?仏系や伊系を多くつかって。
一度米系を使ったことあったけど、ありきたりの宣伝効果で終わっちゃったから
クライアントも懲りちゃってるのよね。」
「確かに、『MONA』のイメージは”マドモアゼル”に定着しすぎてるな。」
信二が同意する。「あれじゃ、新地開拓は望めない。客層も自然、固定されるし
・・・ ・・・」
「そう!そうなのよね、彼らの心配ごとは。だから、ここで心気一転?
『女性』でもない『少女』でもない---極端に言っちゃえば『女』でもない『男』
でもない中性的な魅力を出したいっていうのよね。」
「まるで宝塚の世界だな。」
秀は思い余ったかのように白い天井を眺めた。「逆に今の日本のファッションの
流れは女性は女性らしく、男性は男性らしく、だからな。どこのプロダクション
覗いたって、身長はあってもそんな条件を備えた奴---・・・ ・・・」
そこまで言って、ふいに口をつぐむ秀。
記憶の中で一人の青年が振り返る・・・ ・・・
(あいつなら---和人ならきっと・・・ ・・・)
「どうしたの、秀?誰か心当たりでも?」
「・・・ ・・・いや。」
秀は苦笑して頭を振った。「・・・ ・・・佐伯 香でいこう。彼女は丁度
仏系ハーフだし、タッパも度胸もある。ミラノのステージを踏んだ経験も
あるから、うまくいくだろう。」
「あ、成程ね。」
さやかは明るい笑顔で彼の案に相槌を打った。「彼女なら、まだうちのオフィスで
使ってないわ、ラッキーな事に。」
「じゃ、早速スケジュール調整だな、秀。」
信二がさやかの入れたコーヒーを一気に飲み干し、明るい表情で秀に声を
かける。
「あと、よろしくな信二。」
彼は急に席を立ち、玄関へと向かった。
驚いた信二が、
「おい、秀!どこへ行くんだ---オフィスでの打ち合わせに参加しないのか?」
「そうよ、チーフがいなくてどうするのよ。」
秀のいつもの気まぐれが始まった、とでもいうかのように、ふくれっ顔のさやかが
抗議の声を発する。
「悪いね、ちょい野暮用があって。」
「もう夜の11:00なんだけど?」
「『24時間働けますか?』がモットーの秀さんだから。」
皮ジャンを抱えた秀が、玄関から顔だけこちらに覗かせる。「貴史の穴は『ガルボ』
の佐伯 俊に埋めてもらえ。話はもう通してある。それから、佐伯 香とのスケジュール
調整の件、マネージャーを通して5月末から2週間キープしといた。あとは、直人
に青写真撮ってもらって、詰めてくれ---アングルと照明には十分注意しろよ、相手
は仏・伊だ。」
「え・・・ ・・・」
ばたん・・・ ・・・
茫然とする2人の目の前で、鉄の扉は重い音を立てて閉じられた。
「・・・ ・・・悪いな、みんな。」
屋上へと通じる階段をゆっくりと昇りながら、秀は呟いた。
仲間たち一人一人の姿が目に浮かぶ。
「もう---お前たちの所へ戻れないかもしれない。」
最後に、貴史の笑顔が浮かんだ時---
キー・・・ ・・・
屋上の扉が、秀の手によって開かれた。
強い上空の風が、彼の黒髪を揺らめかせる。
眼下には、イルミネーションが散りばめられた夜景。
遥か天空には、星々の瞬きを従えた満月が浮かんでいる---
長いこと秀は、その青白い光を満身に浴びたことはなかった。
もう一人の『自分』を目覚めさせるその『月光』を、秀は今まで避けて来た。
それを---彼は今、再び浴びようとしている。
「満月よ・・・ ・・・俺に力をくれ。」
秀は固く目を閉じて、両手を広げた。
吹き付ける夜風に身を任せ、思う存分その月光(エナジー)を体中で
吸い取る---
「貴史の敵を、あいつらを倒す力を俺にくれ。今こそ---!」
月が。
彼の願いに答えるかのように、一瞬、大きく揺らめいた。
強い青白い閃光が彼の全身を包む。
「---・・・ ・・・」
光の洪水の中で、秀はゆっくりと目を開いた。
前方の闇を見つめる、その赤い輝きの瞳。
「---そこか。見えた。」
秀は口元に笑みを浮かべた。
「今度は容赦しねぇ---吸血鬼(ヴァンパイア)ども。」
右足を軸に、天空へと飛翔する秀---
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