MOON

オリジナルファンタジー小説と呟きサイトです。

MOON-3『WOLF MEET VAMPIRE』<14>

2010-06-30 10:08:15 | 日記
                <14>

 さやかと信二は、次の撮影の打ち合わせのために、秀のマンションを訪れて
いた。
 アイ・ポットをアイボリー色をしたスラックスの膝の上に開き、
 「『MONA』の今年の秋服のテーマは『Close To Me』、”永遠に側にいて”よ。
この間のミーティングで話したわよね。」
 「ああ・・・ ・・・」
 秀は心ここにあらず、といった感じで答えた。
 そんな彼に気を止めた風もなく、
 「クライアントからのモデル指名は、特にないわ。私たちに任せるって。」
 「問題は、そのモデルだな、秀。」
 信二は頭の後ろで腕を組み、「日本の一流どころはほとんど使っちまったし
---新人を使うって手もあるが・・・ ・・・」
 「駄目、使えないわ、駆けだしは。」
 さやかは強く反対した。「『MONA』の秋服の発表はイタリアを封切に
プレタポルテよ。日本の新人じゃ、太刀打ちできないわ。身長(タッパ)も
足りないし。」
 「それじゃ、仏人でも使えばいいだろ。」
 秀は初めて打ち合わせの席で、発言をした。「シャンゼリゼ通りを一日中歩いてれば
卵でも駆けだしでも5-6人は見付かるだろうが。」
 「それがね、駄目なのよ。」
 さやかは一つ大きな溜息をついた。
 「モデルはうちらに任せるって言ってるけど、一つだけ条件が付けられてね---
東洋美(エキセントリック)でいきたいんですって。ほら『MONA』って今まで
どちらかというと、マドモアゼル系だったじゃない?仏系や伊系を多くつかって。
一度米系を使ったことあったけど、ありきたりの宣伝効果で終わっちゃったから
クライアントも懲りちゃってるのよね。」
 「確かに、『MONA』のイメージは”マドモアゼル”に定着しすぎてるな。」
 信二が同意する。「あれじゃ、新地開拓は望めない。客層も自然、固定されるし
・・・ ・・・」
 「そう!そうなのよね、彼らの心配ごとは。だから、ここで心気一転?
『女性』でもない『少女』でもない---極端に言っちゃえば『女』でもない『男』
でもない中性的な魅力を出したいっていうのよね。」
 「まるで宝塚の世界だな。」
 秀は思い余ったかのように白い天井を眺めた。「逆に今の日本のファッションの
流れは女性は女性らしく、男性は男性らしく、だからな。どこのプロダクション
覗いたって、身長はあってもそんな条件を備えた奴---・・・ ・・・」
 そこまで言って、ふいに口をつぐむ秀。
 記憶の中で一人の青年が振り返る・・・ ・・・
 (あいつなら---和人ならきっと・・・ ・・・)
 「どうしたの、秀?誰か心当たりでも?」
 「・・・ ・・・いや。」
 秀は苦笑して頭を振った。「・・・ ・・・佐伯 香でいこう。彼女は丁度
仏系ハーフだし、タッパも度胸もある。ミラノのステージを踏んだ経験も
あるから、うまくいくだろう。」
 「あ、成程ね。」
 さやかは明るい笑顔で彼の案に相槌を打った。「彼女なら、まだうちのオフィスで
使ってないわ、ラッキーな事に。」
 「じゃ、早速スケジュール調整だな、秀。」
 信二がさやかの入れたコーヒーを一気に飲み干し、明るい表情で秀に声を
かける。
 「あと、よろしくな信二。」
 彼は急に席を立ち、玄関へと向かった。
 驚いた信二が、
 「おい、秀!どこへ行くんだ---オフィスでの打ち合わせに参加しないのか?」
 「そうよ、チーフがいなくてどうするのよ。」
 秀のいつもの気まぐれが始まった、とでもいうかのように、ふくれっ顔のさやかが
抗議の声を発する。
 「悪いね、ちょい野暮用があって。」
 「もう夜の11:00なんだけど?」
 「『24時間働けますか?』がモットーの秀さんだから。」
 皮ジャンを抱えた秀が、玄関から顔だけこちらに覗かせる。「貴史の穴は『ガルボ』
の佐伯 俊に埋めてもらえ。話はもう通してある。それから、佐伯 香とのスケジュール
調整の件、マネージャーを通して5月末から2週間キープしといた。あとは、直人
に青写真撮ってもらって、詰めてくれ---アングルと照明には十分注意しろよ、相手
は仏・伊だ。」
 「え・・・ ・・・」

             ばたん・・・ ・・・

 茫然とする2人の目の前で、鉄の扉は重い音を立てて閉じられた。
 「・・・ ・・・悪いな、みんな。」
 屋上へと通じる階段をゆっくりと昇りながら、秀は呟いた。
 仲間たち一人一人の姿が目に浮かぶ。
 「もう---お前たちの所へ戻れないかもしれない。」
 最後に、貴史の笑顔が浮かんだ時---

             キー・・・ ・・・

 屋上の扉が、秀の手によって開かれた。
 強い上空の風が、彼の黒髪を揺らめかせる。
 眼下には、イルミネーションが散りばめられた夜景。
 遥か天空には、星々の瞬きを従えた満月が浮かんでいる---
 長いこと秀は、その青白い光を満身に浴びたことはなかった。
 もう一人の『自分』を目覚めさせるその『月光』を、秀は今まで避けて来た。
 それを---彼は今、再び浴びようとしている。
 「満月よ・・・ ・・・俺に力をくれ。」
 秀は固く目を閉じて、両手を広げた。
 吹き付ける夜風に身を任せ、思う存分その月光(エナジー)を体中で
吸い取る---
 「貴史の敵を、あいつらを倒す力を俺にくれ。今こそ---!」
 月が。
 彼の願いに答えるかのように、一瞬、大きく揺らめいた。
 強い青白い閃光が彼の全身を包む。
 「---・・・ ・・・」
 光の洪水の中で、秀はゆっくりと目を開いた。
 前方の闇を見つめる、その赤い輝きの瞳。
 「---そこか。見えた。」
 秀は口元に笑みを浮かべた。
 「今度は容赦しねぇ---吸血鬼(ヴァンパイア)ども。」
 右足を軸に、天空へと飛翔する秀---
 彼の体は新宿上空の気流へと乗った。

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MOON-3『WOLF MEET VAMPIRE』<13>

2010-06-30 09:22:40 | 日記
                  <13>

 いつからか、秀は求めていた。
 オフィス以外の『安らぎ』の場所を・・・ ・・・
 秀が秀で入れる場所を・・・ ・・・
 それが、何処にあるのかわからない。
 『安らぎ』とはどんな感情をいうのかも、自分の心は忘れてしまっている---
 もう一人の『自分』に、気付いてから。
 
 子供の頃、母親に抱き締められた時に感じた、あの甘酸っぱい気持ちなのだろうか?
 風邪をひいて熱を出した時、医者の父が自分の手をとり、
 「大丈夫だ、秀。父さんが側にいるから。」
 そう言ってくれた時の、ほっとした気持ちなのだろうか・・・ ・・・
 しかし、今は---もう誰も彼の側にいない。
 それは、彼自身が選んだ道なのだけれど・・・ ・・・

   ヒトリデイルニハ サミシスギルヨ
   コモ マチ デハ・・・

 そう心の中で誰かが呟いている。

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MOON-3『WOLF MEET VAMPIRE』<12>

2010-06-26 16:39:29 | 日記
                    <12>

 澄んだ春風が一陣、室内に流れ込んだ。
 和人の髪をしなやかに揺らす---
 「---とりあえず、”あれ”が吸血鬼(ヴァンパイア)だって事は認めよう。
”見ちまった”もんは、しょうがないからな。」
 12畳ほどある和人の洋室で、ベッドの端に腰かけた秀が言った。「しかし、それとお前の関係は?
貴史はあんたを尋ねて行って、あいつらに殺されたんじゃないか?」
 
 『和人を尋ねて来た、あいつが悪いのさ!』

 あの時の彼女の台詞。

 『和人は我らの宿敵---九桜様を倒した憎んでも余りある奴!』

 そして、何故か心の中で違和感を感じない『帝王』という名称---

 『あんな『人間』に侵された奴、我ら闇の一族の帝王に相応しくないわ!』

 「あいつら---お前の事、帝王にふさわしくないだの、何だのと言っていたが・・・ ・・・」
 「・・・ ・・・」
 「吸血鬼(ヴァンパイア)と知り合いなんて、お前、一体何者なんだ?もしかして、
貴史を殺した連中の仲間なんじゃないのか?」
 「仲間なんかじゃない!」
 秀の言葉を強い口調で否定する、和人。
 一瞬、その眼差しが翳りを帯びる。
 見る者全ての心を引き込む、哀しみを宿した瞳---それを押し隠すかの様に長めの前髪
を右手でかき上げ、俯く。
 「---俺は、誰も巻き込むつもりはなかった・・・ ・・・。信じてくれ、秀。」
 「・・・ ・・・」
 秀は、それ以上和人を詰問する事が出来なかった。
 デスクの脇の椅子に身を任せる和人の姿が、妙に儚く、秀の目に映る---
 Gパンに青色のシャツ。
 街を歩けば、何処にでもいる普通の若者と同じ姿なのに・・・ ・・・
 何故か時折、彼はそのまま『消えて』しまいそうに感じる。
 しなやかな黒髪と、男性の秀が見ても一瞬息を飲んでしまう程、整った顔立ち---
 じっと見つめると、彼の瞳の色は碧色に輝く。
 そのせいなのだろうか・・・ ・・・。
 否---『消える』という生易しいものではない。
 彼はいつでも『永遠』の一歩手前の時間を紡ぎ、かろうじて『存在』しているのでは
ないだろうか。
 秀にはそう思えてならない。
 あの夜---桜並木の下で、和人を逃してしまった時のように、秀は次の『瞬間』に
移ることを恐れた。
 だから---何も言えず、ただ彼の姿を見つめていた。
 「どうした、秀。」
 無言の秀に気付き、和人は声をかけた。
 「---・・・ ・・・いや。」
 秀は『現実』に戻るため、一度、頭を振った。
 それから、
 「お前さ・・・ ・・・もしかして俺といるの嫌?自分の事、根掘り葉掘り
突っ込まれるから---他人に干渉されたくない?」
 「---・・・ ・・・」
 肯定とも否定ともとれる表情で、和人は微笑した。
 「お前を巻き込みたくないだけだよ。このままずっと、今まで通り『普通』の生活を
送っていて欲しいだけさ。」
 「自分の中のもう一人の『自分』?」
 秀は苦笑した。「何て事ないさ、長い『付き合い』だもんな・・・ ・・・
今更、どうこうなるもんでないし---たまには役に立つ。」
 「それで十分だ---昨日の夜の事はもう、忘れろ。」
 「ただ---」
 秀は、心の奥底にいつでも潜んでいた不安を、和人に打ち明けた。「もし、”あれ”が
『人』を襲ったらどうする?昨日の血に飢えた吸血鬼(ヴァンパイア)のように・・・
・・・『あれ』はあいつらと『同類』らしい。”俺”には”あれ”をセーブする事が
出来ない。」
 「大丈夫だよ、秀。今までもそうやって生きて来たんだろう?」
 安らぎを与える和人の深く澄んだ色の眼差し---「それとも、もう一度『記憶』を
消してやろうか?」
 「いや---やめとくよ。」
 秀は、ベッドから立ち上がって言った。「お前の事、忘れたくないからな。」
 「・・・ ・・・」
 笑顔を残し、和人の前を静かに通り過ぎる秀。

             ばたん・・・ ・・・

 目の前で閉じられた、茶色い扉を和人は無言で見つめていた。
 「お邪魔様!」
 扉一枚向こうから、秀の明るい声が聞こえてくる。
 「あら、もう帰っちゃうの?」
 引き留める朝子の声。「せっかくだから、お夕飯食べてけばいいのに・・・ ・・・」
 「いんや、悪いね。仕事があっからさ、また今度ね、朝子ちゃん。じゃ。」
 最後の言葉は、鉄の扉を閉める音と重なって和人の耳に届いた。
 「---・・・ ・・・」
 ふいに、和人は席を立ち素足でベランダへと飛び出した。
 間もなく8階下の路上にマンションを後にした、秀の姿が現れる。
 「!秀・・・ ・・・」
 と、呟く様に彼の名を呼ぶ。
 しかし---振り返る事もなく、秀は一人歩いていく。
 「届く訳ないじゃない、こんなとこから。」
 黒い手すりを握りしめる両の手に力を込めた時、背後から朝子の声がした。
 「朝子・・・ ・・・」
 「何よ、その顔。まるで、母犬に捨てられた子犬の様よ。」
 朝子は微笑し、ベランダに立ち尽くす彼と並んで立った。
 心地よい午後のそよ風が、彼女の長い茶色の髪を大きく揺らしている---
 両肘を手すりに付き、朝子は和人を振り返り見た。
 「逃がしたくなかったら、素直にそう言えばいいのに---違う?和人。」
 「・・・ ・・・」
 和人は既に姿を消した秀の軌跡を追うかの様に、眼下の路上を見つめた。
 「彼・・・ ・・・ もう、来ないつもりよ、あなたの所に。」
 「---その方が、あいつにとっていいだろ?」
 彼は呟いた---視線はそのままに。「俺と関わったら、否応なしにあいつの
『闇』の血は目覚めさせられる。そうしたら、もうあいつは今まで通りの生活を
送れなくなるかもしれない。『昼の住人』としての---」
 「『送れなくなるかも』でしょ?」
 朝子は答えた。「そんなこと、和人が決めることじゃないわ。秀が決める事よ。」
 「そうだけど・・・ ・・・」
 「そうだけど?何?」
 朝子は小首を傾げる様にして、和人の顔を覗き込んだ。「言い訳でしょ、そんなの。
あなたが自分自身の心を誤魔化すための。」
 「---」
 「ほら、図星!本当、素直じゃないなぁ、和人は---」
 白く細い指先を彼の髪に絡ませて、ゆっくりと自分の額に彼の額を引き寄せる。
 5cm程上に位置する、和人の瞳をじっと見つめ、「本当は、気になって仕方ないん
でしょ、秀の事・・・ ・・・そうよね、たった一度会っただけのあなたを新宿中
探し歩いて見つけ出してくれたんですもの---」
 「朝子・・・ ・・・」
 「そんな人、今までいた?長いこと『永遠』と隣り合わせの生活をしてきて、
一人で寂しくなかった?」
 静かに朝子は問いかける。「『人』の一生は短いものよ。私だって・・・ ・・・
あなたより先に逝ってしまう『存在』なんだから---彼もそうかもしれない。でも、
それだったら尚更、あなたの『永遠の一瞬』を大切にしなくちゃ・・・ ・・・
果て世の後まで、孤独だった思い出だけを背負って生きていくつもり?」
 「---・・・ ・・・」
 和人は左手を上げ、彼女の体を引き寄せた。
 胸元に、朝子の心地良い髪の香りを抱きながら、
 「---朝子の言う通りかもしれない。初めてあいつに会った時---あの夜、桜の樹の下で
・・・ ・・・あいつは、俺と同じ目をしていた。別れた後も、妙に気になって仕方なかった。」
 「うん。」
 「『FESTA』のマスターから俺を探している奴がいると聞いた時も、またいつもの
興味本位の人間だと思っていた、会う気などなかった---なのに・・・ ・・・」
 和人は静かに目を伏せ、「・・・ ・・・俺は秀の友人と会った、彼が奴らに殺される
直前に。あいつは名前さえ知らない俺の事をずっと探してたって・・・ ・・・
俺は気になっていたのに・・・ ・・・探そうとはしなかった。」
 「・・・ ・・・知られるのが、怖かったから?吸血鬼(ヴァンパイア)一族の長
---闇の世界を統べる『帝王』としての本当の姿を。」
 和人は頷いた。
 「たぶんね。」
 「それもね、和人。」
 朝子は、和人の顔を見上げ、「秀が決める事。あなたじゃないわ---新宿中走りまわって
あなたを見つけ出した程の人だもの。きっと『帝王』としてのあなただって受け止めて
くれるわ。」
 朝子は和人から離れ、白い雲がかかる新宿のビル群を眺めた。
 「そんな気がする---ね、和人。そろそろ一族を守るためだけじゃなくて、自分のために
生きてみたら?」
 「・・・ ・・・」
 「この青空の下を、歩いてみたいと思わない?彼の様に、『昼の住人』としてこの空の
下を、この街の中を・・・ ・・・」
 朝子の言葉が春風に乗って、和人の耳に届く。
 『安らぎ』という『昼の住人(ひと)』のみが持つ気持ちを、彼の心に伝えるために・・・ ・・・


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MOON-3『WOLF MEET VAMPIRE』<11>

2010-06-26 10:38:52 | 日記
<11>

 大京町のマンションに着いたのは午前10:00を少し廻った頃だった。
 「あら、あなた・・・ ・・・」
 「どうも。お久しぶり。」
 白い扉を開いて2人を出迎えた女性は、例の歌舞伎町で知り合った彼女だった。
 朝子という。
 「だから、いつも言ってるでしょ、和人!」
 広い室内に2人を導き、開口一言、朝子は和人に向かって言った。「レバーを食べなさいって、レバーを!」
 「レバーぁ?はぁ・・・ ・・・?」
 朝子の言葉に頭を抱える和人の代わりに答えたのは、秀だった。「何でそこで”ればー”
が出てくるの、朝子ちゃん。」
 「低血圧なのよ、和人ったら。」
 朝子は呆れた様に腰まである長い髪をかき上げ、「土台、好き嫌いが多すぎるのよね、この人は。せっかく人が栄養のバランス考えて作ってあげてるのに、めったに食べようともしない。食べるものと言ったらキリマンぐらいじゃない。」
 「ちょっと待て---」
 眉間に皺を寄せ、頭を抱え込む秀。「・・・ ・・・お宅、何食って生きてんの?よくそこまで育ったねぇ。」
 と、横目で和人を眺める。
 「馬鹿。ちゃんと食ってるよ。」
 食生活に関して他人に干渉される事を、和人はあまり好きじゃないらしい。
 不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。
 「あなたのは、『食べる』じゃなくて『つつく』って言うの---さ、ソファに座って。本当に死んじゃうわよ!」
 大袈裟だな---と思いつつ秀は、朝子の手に引っ張られ、無理矢理白いソファに座らされる和人を目で追う。
 「あなたもそこに座ってて。今、コーヒー入れて来るから。」
 明るい笑顔を残して、カウンター・キッチンへ入って行く朝子。
 「何か、『恋人』っつーより『母親』っていう感じだな、彼女。」
 「せめて『お姉さん』にしておいてくれないかなぁ。」
 キッチンの向こうから、朝子のはしゃいだ声が返ってくる。「私、そんな歳じゃないもーん!」
 「大変、失礼をばしました。」
 秀は素直に、深々と頭を下げた。
 「しかし、いつから朝子と知り合いなんだ、お前。」
 頭を上げた秀に向かって、和人は手元の雑誌を見るともなく眺めながら、不思議そうに尋ねた。
 「一か月くらい前かな?歌舞伎町でお前さんと間違われて。」
 和人を指差しながら、にっこりとほほ笑み、「2人でお茶した。一回ぽっきりだけど。」
 「あ。そうなんだ。」
 彼はそっけなく答えた。
 秀は和人の反応に慌てて、
 「お前なぁ、”あ。そうなんだ。”って納得してお終いはないでしょ。少しは”じぇらしー”っつーもんを抱いてやらなきゃ。」
 と、耳打ちする。
 「はぁ?ジェラシー?・・・ ・・・何で、俺が。」
 眉を顰める和人。
 秀は、彼に向き直り、
 「彼女はお前の事好きで---少なくとも、同じ屋根の下で暮らしてんだろうが。知らない男と彼女がお茶したってゆーたら『俺の彼女なんだけど』の一言ぐらい言ってあげたってバチは当たりゃしないぜ。」
 「---・・・ ・・・」
 和人は絶句して俯いてしまった。
 これも苦手分野の一つらしい。
 「駄目よ、この人に”ジェラシー”っていう感情を求めても。」
 木製の茶色いトレイに白いカップを3つ乗せ、朝子は彼らの前の席に腰を降ろした。
 「和人がそんな感情持ったら、お隣のリカちゃんに何かあったらすっ飛んでくわよ。」
 白いカップを秀に勧めながら、朝子はきっぱりと言い切る。
 「あ、なんだ。」
 秀は納得したように香ばしいコーヒーを口に含んだ。「彼女がいたのか。じゃ、俺が四の五の言うこたないか。」
 そんな秀の台詞に和人が呟く様に答える。
 「あのなぁ。隣のリカって、メスのマルチーズなんだけど。」
 「ぶっ!!」
 秀は思い切りコーヒーを吹き出した。「お前は犬まで愛情の許容範囲なのか?」
 「馬鹿言え!朝子が時々預かって来るんだよ。家の人が旅行とかで長いこと家を留守する時にっ!」
 「私より、あなたの方がリカちゃん、可愛がってくれるわよね。そういう時」
 朝子も熱いコーヒーを一口飲み、「そんな時私がリカに抱く感情って”ジェラシー”そのものだわねぇ。」
 「・・・ ・・・。あまりに複雑な人犬(にんけん=にんげん)関係に俺は着いて行けない・・・ ・・・」
 秀は天井を見上げ、溜息を漏らした。


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MOON-3『WOLF MEET VAMPIRE』<10>

2010-06-26 09:33:36 | 日記
                <10>

 鮮やかに、記憶の中に甦るのは---
 あれは、小学生の時。
 家の近くには、何匹かの野犬がいた。
 学校にはそれらには十分注意するよう生徒は教師に言われ、登下校の際はいつも数人で歩いていた。
 何度か地域の保健所の職員が捕獲を試みた結果ほとんどが捕獲されたが、最後の一匹だけは取り逃してしまった。
 梅雨の時期だった。
 小雨の中、いつものように家の近くの曲がり角で友人と別れ10分の道のりを一人帰路についたが、彼が一人になった途端、それを待ち構えていたかのように例の最後の野犬が、幼い秀に襲いかかって来た。
 突然だった。
 人気のない、神社裏の陰から飛び出してきた野犬は、秀の細い右腕に鋭い牙を食い込ませた。

            バシャ・・・ ・・・!

 水たまりに倒された秀は、大人の助けを求めようと、声を出そうとする---が、獲物を求める野犬の牙は、秀の右腕だけでは物足りず、再び路上の彼に向かって襲いかかってきた。
 (やられる・・・ ・・・!)
 そう思った瞬間---

            ざー ざー ざー

 「・・・ ・・・」
 どれだけの時が過ぎたのだろうか。
 ふと、気が付いた時には、秀は雨足を強めた雨の中、一人立ち尽くしていた。
 何が起こったのだろうか・・・ ・・・
 確かにあの時、俺はあの野犬に殺されていただろうに---
 生臭い血の臭いが鼻をつく。
 ゆっくりと、足下に目をやる---そこには、鋭い”刃物”で四肢を引きちがれた野犬が、水たまりをどす黒い血の色で染め横たわっていた。
 その姿に思わず吐き気をもよおし、口元を両手でふさぐ。
 ふいに手の平に、何か生ぬるいものが伝わった。
 口の中が、妙に”鉄”の味っぽい。
 そっと、口元から離した手の平を見てみる。
 すると、両手いっぱいに赤い血が広がっていた。
 だが、秀には口の中を切った痛みがない。
 それどころか、先ほどの野犬に噛みつかれたはずの右腕にも何の痛みもなく、自由に動かすことが出来る。
 秀は、野犬の屍から離れ、家に向かって走り出した。
 どこをどう走ったかは、全く覚えていない。
 気が付くと、雨と血の滴で全身を染め、茫然と玄関に立ち尽くす秀を、母親が夢中で抱きしめていた。

       イッタイ ナニガ オコッタノダロウ・・・ ・・・

 自分の中に潜む、得体の知れないもう一人の『自分』を、秀は成長するにつれ次第に自覚していった。
 それは、何か危険が自分の身に迫った時。
 バイクでトラックと正面衝突した時も掠り傷だけで済んだ、高校生の時。
 あれは、大学の卒業を控えた春休みの最中であっただろうか・・・ ・・・
 人文科の友人たちと蓼科にある大学の寮を借り切って、卒業コンパを開いた時---
 真夜中自室を抜け出した秀は、八ヶ岳上空に浮かぶ満月を、無言でいつまでも見つめていた。
 煌々と照り輝く、青白い月の光が自分の体を包み込む---
 いや、逆に自分の体が、月光の全てを余すことなく満身で吸収しているようだった。
 一呼吸、それらを吸い込む度に体中に『血(エナジー)』が満ちる。
 秀の不在に気付いて探しに来た友人が、自分に声をかけるまで彼はそんな自分に気が付かなかった。
 「何でこんなトコにいるんだ、俺は。」
 「聞きたいのは、こっちの方だ。飲みすぎじゃないのか、秀。」
 呆れ顔の友人に「さぁ。」と、両手を上げて首を傾げて見せる---
 その頃には既に秀は、大学病院の院長を務める父のもとから離れ、都内のマンションで一人暮らしをしていた。
 父は息子の『特異体質』に気付いていただろうか・・・ ・・・
 医者である父に、知られるのが怖かったのか、家を出て以来、秀は父とも同じ医師である一つ違いの兄とも会っていない。
 時々、兄から「たまには帰って来いよ。」と留守電に入っているが、帰る気にはならなかった。
 そして、あまり長いこと特定の人と場所を同じくしたり、深い付き合いをすることもなくなっていた。
 いつか、ばれる---俺の中の『俺』。
 そんな不安が、いつしか秀を一人の生活に慣れさせていた。

      モトメテイル ワケジャナイケド---
      オレノ ”イバショ” ハ ドコニ アルノ ダロウ
      ヤスラギノ ”バショ”ハ ドコナノダロウカ・・・ ・・・

      ドレダケ ネムレバ キミニ アエル・・・?

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