#8 記憶喪失
「やあ、気がつきましたね。よかった」
がっしりした長身のドクター・エミリオ・ガートナーは、収容から一週間と三日を過ぎてようやく
意識を取り戻した女性の顔を注意深くのぞき込んだ。
「ここは病院ですよ、難民キャンプのね。あなたは助かったんですよ」
物憂げな瞳が訝しそうに彼を見上げる。
長い髪が囲むハート型の顔、白磁の肌、碧緑の瞳、珊瑚の唇。
(こりゃ美人だな)
思わず顔を綻ばせかけたドクターは形のいい眉を顰められ、慌てて表情を引き締めた。
「どこか痛みますか?ああ、そうだ、あなたの名前は?」
くだんの美人はドクターの内心を見透かした訳でもなく痛みにでもなく、彼の問いに対してその眉を顰めていた。
その様子に不安を覚えたドクター・ガートナーが名前に続いて、年齢は?家族は?住まいは?…と、
立て続けに発した問いにも困惑した表情の彼女は、長い髪を揺らして首を振るばかりだった。
回診を終えてカルテを整理していたドクター・オーウェンは、第三捜索隊が別の場所で発見したという
生存者の女性がようやく意識を取り戻した、との知らせをナースから受けて医務室を飛び出して行った
ドクター・ガートナーが、足取りも重く戻って来たのを怪訝そうに迎えた。
「どうしたんだい?エム。意識が戻ったんじゃないのか?」
「それが…」
口ごもる相手にドクター・オーウェンは掛けていた回転椅子ごと向き直った。
「彼女も似たような状況だったんだろう。身に着けていた衣服や靴は焼け焦げや煤だらけで、
裂けたりもしていた。彼同様、火傷や重い傷がなかったのが奇跡だな」
ドクター・ガートナーは担当している患者のカルテを自分のデスクに戻しながら言った。
「こちらもベルトのバックルだけが頼りの『ミスJ』だ。発見場所は異なるが
二人とも炎の中を逃げ回った揚句に記憶喪失だなんて、怪我が軽かったとはいえ可哀想に」
ドクター・ガートナーの声が重く沈んだ。
「災に追われて山の中を逃げ回った記憶など、思い出したくもないだろうね」
痛ましそうに首を振るドクター・オーウェンに
「でも、国際科学技術庁の発表にあったように科学忍者隊のおかげで、遂にギャラクターは
滅び去り、ようやく地球に平和が来たんだ。これから復興が進んでいけば気持ちも落ち着いて、
いずれはブロックされた記憶も取り戻せるんじゃないかな?」
ドクター・ガートナーは強いて明るく言った。
「そうだね。まだ若い人たちだし、きっと元気になるよ」
これといった根拠はないものの、ドクター・オーウェンもドクター・ガートナーに合わせて、
自分自身の気持ちを引き立てるように応えた。
ドクター達は男女ふたりの生存者の記憶喪失をPTSDと推測していた。
地球的規模の厄災ともいえる戦いが遂に終結した今、そういった症状を示す者は
珍しくはなかったから…。
キャンプの人々もドクター達も、世界中の誰もが心に傷を負っていた。
「やあ、気がつきましたね。よかった」
がっしりした長身のドクター・エミリオ・ガートナーは、収容から一週間と三日を過ぎてようやく
意識を取り戻した女性の顔を注意深くのぞき込んだ。
「ここは病院ですよ、難民キャンプのね。あなたは助かったんですよ」
物憂げな瞳が訝しそうに彼を見上げる。
長い髪が囲むハート型の顔、白磁の肌、碧緑の瞳、珊瑚の唇。
(こりゃ美人だな)
思わず顔を綻ばせかけたドクターは形のいい眉を顰められ、慌てて表情を引き締めた。
「どこか痛みますか?ああ、そうだ、あなたの名前は?」
くだんの美人はドクターの内心を見透かした訳でもなく痛みにでもなく、彼の問いに対してその眉を顰めていた。
その様子に不安を覚えたドクター・ガートナーが名前に続いて、年齢は?家族は?住まいは?…と、
立て続けに発した問いにも困惑した表情の彼女は、長い髪を揺らして首を振るばかりだった。
回診を終えてカルテを整理していたドクター・オーウェンは、第三捜索隊が別の場所で発見したという
生存者の女性がようやく意識を取り戻した、との知らせをナースから受けて医務室を飛び出して行った
ドクター・ガートナーが、足取りも重く戻って来たのを怪訝そうに迎えた。
「どうしたんだい?エム。意識が戻ったんじゃないのか?」
「それが…」
口ごもる相手にドクター・オーウェンは掛けていた回転椅子ごと向き直った。
「彼女も似たような状況だったんだろう。身に着けていた衣服や靴は焼け焦げや煤だらけで、
裂けたりもしていた。彼同様、火傷や重い傷がなかったのが奇跡だな」
ドクター・ガートナーは担当している患者のカルテを自分のデスクに戻しながら言った。
「こちらもベルトのバックルだけが頼りの『ミスJ』だ。発見場所は異なるが
二人とも炎の中を逃げ回った揚句に記憶喪失だなんて、怪我が軽かったとはいえ可哀想に」
ドクター・ガートナーの声が重く沈んだ。
「災に追われて山の中を逃げ回った記憶など、思い出したくもないだろうね」
痛ましそうに首を振るドクター・オーウェンに
「でも、国際科学技術庁の発表にあったように科学忍者隊のおかげで、遂にギャラクターは
滅び去り、ようやく地球に平和が来たんだ。これから復興が進んでいけば気持ちも落ち着いて、
いずれはブロックされた記憶も取り戻せるんじゃないかな?」
ドクター・ガートナーは強いて明るく言った。
「そうだね。まだ若い人たちだし、きっと元気になるよ」
これといった根拠はないものの、ドクター・オーウェンもドクター・ガートナーに合わせて、
自分自身の気持ちを引き立てるように応えた。
ドクター達は男女ふたりの生存者の記憶喪失をPTSDと推測していた。
地球的規模の厄災ともいえる戦いが遂に終結した今、そういった症状を示す者は
珍しくはなかったから…。
キャンプの人々もドクター達も、世界中の誰もが心に傷を負っていた。