Last Updated:Febuary 1st , 2024
フランス、英国やカナダ等における刑罰の選択性や代替刑ならびに再犯防止策についてわが国でもようやく一部で論じられるようになってきた。
その中で、8月8日に英国法務省(MOJ)から筆者の手元に届いたニュースで(1)「社会内刑罰」における外出禁止(curfew)時間を1日当たり最大12時間から16時間に拡大する、(2)その禁止期間についても最大6か月から12か月に拡大することで、社会の保護強化と犯罪者の再犯の予防を図るという政府案が公表された。
この改正案は英国の「法律扶助改正、裁判所による被告の刑罰処分権および新犯罪の追加に関する改革法案(Legal aid, Sentencing and Punishment of Offenders Bill Bill No 205 of 2010-12)」の一部であり、裁判所の権限強化は例えば週中や週末、当該日の中においてその変更を認めることなど弾力的運用案が織り込まれた。
現在英国内には社会内刑罰の対象者が約24,000人いるが、法改正後は常に電子的にモニタリング(筆者注1)される予定である。仮に犯罪者が外出禁止措置の条件を破るならば、更なる罰則を受けるため裁判所に送り戻されることになる。電子モニタリングについては、2005年以来、英国では2社がイングランドとウェエールズで的確に運用を行って入る。これらのベンダー企業の政府とのサービス提供契約は再競争が予定されている。
これだけの内容であれば、あえて本ブログで取り上げる必要性は低いかも知れない。しかし、英国の法律扶助や刑事司法改革法案そのものに関する重要ポイントの解説となると問題は別である。
筆者なりにわが国の解説でウェブ上で確認できる情報を検索してみた。しかし、皆無であった。また、英国法務省や議会の法案トラッキング・サイト等を読んで見たが、その内容は決して平易ではないし、英国刑事司法の専門家以外にとっては難解なものである。
そこで以前本ブログでも紹介した“politics .co.uk”のウェブサイトで調べてみたが、議会調査局の解説「Summary of the Bill」の方がより詳しく具体的であった。
本ブログは、これら調査結果等につき整理するとともに、フランス、英国やカナダ等における刑罰の選択性や再犯防止策に関するわが国における論文の検索情報を簡単にまとめた。
1.「法律扶助改正、裁判所による被告の刑罰処分権および新犯罪の追加に関する法案(Legal aid, Sentencing and Punishment of Offenders Bill Bill No 205 of 2010-12)」 (筆者注2)
法案トラッキング・サイトに基づき最新時点の法案審議状況や法案の重要ポイントを以下のとおりまとめる。
なお、わが国では英国議会の審議経過(三読会制)について正確な解説文が少ないのでここでは丁寧な説明に心掛けた。(筆者注3)
(1)上程、審議の進捗状況
6月21日の第一読会で上程、6月29日の第二読会で大法官および法務大臣ケネス・クラーク(Kenneth Clarke)により法案の趣旨説明と原則につき審議が行われた。審議後の発声表決(vote)では賛成(Ayes)295,反対(Noes)212で可決、公法案委員会(Public Bill Committee)での審議に移された。(筆者注4)
公法案委員会 (筆者注5)は、本法案につき毎週火曜と木曜に各条毎に検討を進めており、7月12日、19日に口頭証拠証言(oral evidence)(筆者注6)が発表され、今後は9月6日以降に委員会審議、10月13日には議会下院で委員会報告を行う予定である。
これと並行して、議会(委員会)は法案に対する関係者からの証拠書面意見(written evidence)の提出につき7月12日を期限として受け取ることとなった。
(2)法案要旨
本法案は多様な改革内容が盛り込まれており、4つの編(Parts)と16の附則(Schedules)から構成される。第1編は法律扶助(Legal Aid)、第2編は訴訟費用とコスト(Litigation Funding and Costs)、第3編は犯罪者への刑罰処分(Sentencing and Punishment Offenders)、第4編は最終規定(Final Provisions)である。なお、下院図書館(House of Common Library)も法案要旨(briefing paper)を作成、公表している。
主たる法案項目は次のとおりである。
①「1999年司法へのアクセス法(Access to Justice Act 1999:c.22)」(筆者注7)の規定内容を逆に改め、特に明確に除外されない限り適用可能であった民事法律扶助の原則を反対化した。すなわち、法案では法的扶助の一定のケースのみを取り出し、該当する場合のみ基金支援の適用資格を認めることとする。
②「法律サービス委員会(Legal Services Commission)」を廃止する。(英国の刑事司法制度改革については2011年2月26日付けの筆者ブログでも一部言及した)
③「ジャクソン報告」(筆者注8)において指摘、勧告された民事裁判における基金と費用に関する各種改善事項を政府として一段と進める。
④犯罪により犠牲者が損害や損失を被った場合に、次の場合のように裁判所が補償命令を出す権限を現行以上に緊急的に認めるべく刑罰規定を改正する。
・刑罰を科すにあたり裁判所に求められる詳細な理由説明の要件を減じさせる。
・裁判所に対し12か月の刑罰を最大2年に延長することを認める。また拘禁刑の期間延長の権限を認める。
⑤社会内刑罰である有罪犯罪者の外出禁止令期間につき、現行の6か月から12か月に拡張する権限を認める。
⑥「2003年刑事司法(Criminal Justice Act 2003)」において治安裁判所(magistrate’s court)が最高刑を6か月から12か月に拡大できるとする規定を「廃止」する。
⑦不必要に拘留施設へ再拘留される者の数を減じさせるため、保釈(bail)と再拘留(remand)に関する規定を改正する。
⑧18歳未満の者を拘留施設の再拘留させるとき、多くは地方公共団体の宿泊施設移送されるが、その保証措置に関する規定を設ける。
⑨囚人(prisoner)の釈放(release)と更迭(recall)に関する規定を改正する。
⑩囚人の雇用、賃金支払、賃金からの差し引き控除(deduction)に関する刑務所規則の定める権限を法務大臣に新たに与える。これらの条項の目的は囚人が被害者への支援にかかる支払を円滑になさしめることである。
⑪教育的視点からの選択条件付罰則通知(penalty notice)および関係する検察官への事件と関連性を要せずに条件付警告に関する権限をあたえる規定を設ける。
⑫重大な身体的危害の緊急的リスクを引き起こす刃やとがったもの(point)をもつ攻撃的武器や物による脅迫的犯罪を新たな犯罪とする。これらの犯罪に対し最低6か月の拘禁刑が科される。
(3)法案策定の根拠となる文書類
英国の法案作成手続の公開性を指し示す例としてここで詳しく説明しておく。特にわが国で参考とすべき法案策定時のアセスメントの充実度は米国等と同様参考にすべき点であろう。
A.法案作成の背景となる書面
① 内閣府のウェブサイトにおける「連立政権における合意事項書面(Coalition Agreement)」の第6項目「犯罪と刑事司法政策(crime and policing)」中の第3番目の項目(We will seek to spread information on which policing techniques and sentences are most effective at cutting crime across the Criminal Justice System. )をさす。
②次の政府による司法改革に関する公開諮問文書
・Proposals for the Reform of Legal Aid in England and Wales
(公開日: 15 November 2010 、提出期限日: 14 February 2011 )
・悪循環を断ち切るための施策(Breaking the cycle: effective punishment, rehabilitation and sentencing of offenders )
(公開日: 07 December 2010 、提出期限日: 04 March 2011 、政府からの回答期限日: 21 June 2011 )
・Proposals for reform of civil litigation funding and costs in England and Wales
(公開日:05 November 2010 、提出期限日:14 February 2011 、政府からの回答期限日: 29 March 2011)
・ ジャクソン報告
・法律サービス委員会(Legal Services Commission)の廃止( Legal Services Commission move to Agency Status (Business Case))
・上院委任権および規則改正委員会の法務大臣に対する委任権限に関するメモ( Delegated Powers Memorandum prepared by the Ministry of Justice
for the House of Lords Delegated Powers and Regulatory Reform Committee)
B.影響度調査(Impact Assessments)
・法律扶助
・刑罰処分
・ジャクソン報告
C.社会平等性から見た影響度調査(Equality Impact Assessments)
・法律扶助
・刑罰処分
・ジャクソン報告
D.プライバシー影響度調査
・法律サービス委員会の廃止(2011年6月)
・個人情報の出入り口(Information Gateway)( 2011年6月)
2.フランス、英国やカナダ等における刑罰の選択性や再犯防止策に関するわが国における論文の検索情報
アトランダムに収集しかつオンラインで入手・閲覧可能な者をピックアップした。わが国における「代替刑」論議等を考える上で参考となろう。
①網野光明「フランスにおける再犯防止策―性犯罪者等に対する社会内の司法監督措置を中心にー」(レファレンス2006年8月号)
②網野光明「フランスにおける選択刑制度-拘禁刑の代替刑としての公益奉仕労働・日数罰金刑等-」レファレンス2007年5月号4頁以下
③内閣府男女共同参画局 内閣府男女共同参画局推進課暴力対策専門官 土井真知 「Ⅲ 海外現地調査に基づく制度の運用状況に関する報告―イギリスにおける加害者更生に向けた取組」(62ページ以下)“community sentences:社会内刑罰”の解説資料
④カナダ連邦司法省「Community-Based Sentencing: The Perspectives of Crime Victims」解説(原文で読むしかないが内容は参考になる)
⑤法務省総合研究所研究部報告28「英国の保護観察制度に関する研究―社会内処遇実施体制の変革と地域性の再建―」広く英国の保護観察制度につき歴史的経緯も含め詳細に解説している(筆者注9)
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(筆者注1) 英国で1999年以降行われている受刑者の監視システムである「電子モニタリング・システム」 につき議会科学技術局が2008年5月にまとめた「保護観察の代替方法」の解説資料から抜粋する。このような監視システムは米国では一般的であり、最近では「IMF前専務理事が保釈 足首に電子監視装置つけ軟禁へ」いった記事も出ている。なお、この問題につきわが国では「代替刑」問題として法務省等で議論になっている。この問題も「社会内刑罰」問題と並行して論じるべき問題といえよう。
「受刑者への電子モニタリング命令処分」
保釈または刑務所からの早期出所の条件を満たす場合に用いられるもので有罪判決に基づく量刑として電子モニタリング処分を科すことが出来る。 1999年に全英国で導入され、電子モニタリングを使用するとする「地域社会奉仕命令(community orders)」は、犯罪者が予め指定された期間において、24時間監視の上で特定の住所地に滞在することを命じるものである。
この2つの電子モニタリング方法につき、両方とも受刑者の足首の上に‘タグ'を固定する。①RFIDタグによる監視システムでは自宅から離れるなど域外に出るとモニタリング会社のシステム上の警報が鳴る。②GPSシステムを使い受刑者の行動をトラッキングし、自宅からはなれることをチェックする方法である。
英国内務省の電子モニターの評価によると、80%の犯罪者が外出禁止令の期間を無事終了しているが、2年間でみた「再有罪」率は73%となり高い数値を示した(拘禁刑の場合の66%と比較して)。
なお、わが国では2007年4月、山口県美祢(みね)市に初犯の受刑者を収容する「美祢社会復帰促進センター」という名称の刑務所が新設された。その特徴として、(1)コンクリート塀や鉄格子のない刑事施設、(2)センターヘの入場者(受刑者・刑務官・民間職員・来訪者等)に無線タグを装備し、位置情報をリアルタイムに把握するというものである。
(筆者注2) 同法案は2012年5月1日に成立、2013年4月1日施行されている。なお、同法案の訳語については、筆者が法案の内容に基づき一部意訳した。
(筆者注3) 英国議会における法案審議過程については、2010年3月国立国会図書館調査及び立法考査局政治議会課 那須俊貴 (調査資料2009-1-b)「主要国における議会制度(イギリス)」を参考にした上で、議会サイトの解説に基づき補筆した。
なお、下院の「発声表決」とは 議長の呼びかけに対し、賛成の者は「Aye」、反対の者は「No」と答え、議長は、その声量の大きいほうに従って可決または否決を判断し、宣告するものである。
三読会制のポイントを見ておく。下院の場合、第一読会は法案名を読み上げる。第二読会は法案の説明趣旨と原則につき審議し、その後表決を行い否決された場合は廃案となる。第二読会では法案そのものの修正はできないが、野党は影の大法官および法務大臣が反対を述べた修正案を提出し、政府提出法案に対する反対を行うことができる。
公法委員会(法案の付託ごとに委員が選任され、本議会への報告が終了すると解散する)に法案が付託され、逐条審査が行われる(原則公開)。
委員会の報告を受けた本会議での法案審議では、修正案の提出が認められる。
第三読会は委員会報告の直後に開催、法案に対する最終審議が行われ、字句修正を除き、修正は認められない。賛否のみの討論が行われる。
(筆者注4) 6月29日の第二読会の模様は議会テレビで見ることができるし、また、下院の公式議会審議録(Common Hansard)で確認できる。これらデータの充実や公開性は米国議会と同様進んでいる。
(筆者注5) 英国下院の委員会は、一般委員会(general committees)と特別委員会(select committees)に区分することができ、法案審査は主として公法案委員会(public bill committees)等の一般委員会、政府の政策および活動等に関する調査は特別委員会が行っている。(国立国会図書館 政治議会課 奥村牧人「英国下院の省別特別委員会」から抜粋した。)
なお、英国議会での法案は(1)公法案(public bills)、(2)私法案(private bills)および(3)両者の性格を兼ね備える混合法案(hybrid bills)に大別される。ほとんどの法案が「公法案」に当たる。公法案は税金、公共支出等政策に関する事柄を扱い、政府大臣等が提出し、一般的法的な性格を有する(常に下院から初めに審議される)。公法案には、大臣以外の議員や大法官が提出する法案である”private member’ bills”が含まれる。
一方、私法案は、地方自治体や民間企業団体や個人等特定の利害等に関わる法案である。この法案に対しては利害関係者たる個人や団体は議会に対し陳情したり委員会や議員に対し反対意見を提示できる。このため、“private bills”については新聞広告(newspaper adverts)や地方版官報(official gazettes)で公開するとともに関係者に書面での通知が義務づけられる。
この両者の性格を併せ持つ法案を「混合法案(hybrid bills)」という。その例としては「英仏海峡トンネル法案(Channel Tunnel Bills)」や「英国鉄道網法案(Crossrail Bill)」があげられる。同法案に対しては、特定の個人やグループは陳情したり特別委員会で意見を陳述できる。
(国立国会図書館「主要国の議会制度(2010年3月)」19頁以下から抜粋したうえで、英国議会サイトの解説文に基づき筆者が大幅に加筆した)
(筆者注6) 議会は政府の政策等について恒常的に精査している。とくに、下院では、省に対応して特別委員会(Select Committees)が設置されており、対応する省の支出、管理、政策について調べている。具体的には、審理する内容について決定したのち、DIUS 内のみならず関係者・関係機関から、書面による証拠(written evidence)や、証人として委員会に召喚することによって得られる口頭による証拠(oral evidence)に基づいて、報告書を作成し本院に報告するとともに、報告書を公表している。
(筆者注7)「イギリスの法律扶助制度はよく整備され,西欧諸国の中で最も多くの金額を支出しているとも言われている。資力がなくても国からの援助を受けて訴訟活動ができる反面,国から援助を受ける当事者にとっては,訴訟費用を抑制する動機に欠けるという指摘もある。すなわち,法律扶助の受給者にとっては,訴訟費用がどれだけ高額化しても自己負担がないため,弁護士に対して訴訟活動を効率的・短期的に行うよう要求する必要性がない。一方,弁護士の側からすれば,上記のような時間制で報酬が定められているため,こちらも訴訟活動を短期化する動機に欠ける。したがって,このような状況においては,法律扶助制度もまたイギリスの平均審理期間を長期化させてきた要因の1つであろう。」(最高裁「裁判の迅速化に係る検証に関する検討会(第20回)」平成19年(2007年)5月11日(金)参考資料2から一部抜粋。この法律扶助制度の根拠法となるのが「1999年司法へのアクセス法」である。
この問題については「諸外国における民事訴訟の審理期間の実情等の概観」が解析している。
なお、参考までに「1999年司法へのアクセス法」の各編のタイトルを筆者なりに見ておく。
第1編 Legal Services Commission
第2編 Other Funding of Legal Services
第3編 Provision of Legal Services
第4編 Appeals, Courts, Judges and Court Proceedings
第5編 Magistrates and Magistrates’ Courts
第6編 Immunity and Indemnity
第7編 Supplementary
(筆者注8) ここでいう「ジャクソン報告」とは次の報告をさす。その18頁から26頁が要旨部分であるが、現行英国の民事裁判のかかえる問題のうち、弁護士費用の敗訴者負担制度、法律扶助制度等具体的に踏み込んだ内容である。機会を見て体系的に取上げたい。
2009年12月21日 「民事裁判における費用の見直し問題(最終報告)( Review of Civil litigation Costs―Final Report―)」(代表:Rupert Jackson英国イングランド・ウェールズ高等法院判事)(全584頁)
(筆者注9) 法務省総合研究所研究部報告28「英国の保護観察制度に関する研究―社会内処遇実施体制の変革と地域性の再建―」14頁以下から関係部分を抜粋する。
「英国保護観察サービスが実施する社会内命令(Community Order)の名称も大幅に変更され,さらに今後,社会内命令の枠組みそのものにも大きな変革が加えられようとしている。
社会内命令の名称は,前述の諮問文書『公衆保護のための矯正・保護の力の結集』における勧告を受け,『2000年刑事司法及び裁判所業務法』の規定により,それぞれの社会内命令の機能と目的とを分かりやすく表した語に変更された。従来の「保護観察命令」(probation order)は「社会内更生命令」(community rehabilitation order)に,「社会奉仕命令」(community service order)は「社会内処罰命令」(community punishment order)に,そして,「結合命令」(combination order)は「社会内処罰及び更生命令」(community punishment and rehabilitation order)に,それぞれ名称が変更された。
1世紀近くに及ぶ歴史を持つ保護観察(プロベーション)という語や,日本においてもよく知られている「社会奉仕命令」(community service order)という語は,2001年4月以降,処分の名称としては使われなくなった。」
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