(@DIME)
私は2013年に「FORMULA」という会社を立ち上げました。英語のformulaには解決策という意味もあり、製品化?量産化などで困っている方の手助けができればと思い、会社名にしました。この短期連載では、電子機器製造業(いわゆるODM?EMS)で10年以上、アップルやMotorola、ソニーやPanasonicという企業とモノづくりプロジェクトを遂行してきた経験から、製造を含むハードウェアの現状と、そこから見えるニッポンのモノづくりの可能性を考えてみようと思います。第1回目は「メーカーズ」というトレンドの落とし穴です。
「メーカーズ」は、アメリカの雑誌「WIRED」の元編集長のクリス?アンダーソン氏が、「ロングテール」「フリー」に続いて2012年に自身の著書で提唱したムーブメントです。オープンな創作環境(つまり無料)を利用し、デジタルDIYという感覚で誰でもアイデアをカタチにでき、カタチにしたものをオンラインで共有化しマーケティングや販売を行なえる、という内容です。彼はこのムーブメントを第3の産業革命とまで言っています。
■1台1台手作りで生産されていた『the dock』
photo/naonori kohira
まずは上の写真を見てください。
これは“QUILY WORKS & DESIGN”の『the dock』という製品で、木と樹脂とアルミでデザインされた『iPhone』用のスタンドです。
この『the dock』を製作した“QUILY WORKS & DESIGN”の桐原さんは、宮城県仙台市を拠点とするクラフトマンワークの感覚を持ったデザイナーで、日本はもとより、数々のイベント実績から海外での支持も非常に高い方です。約2年前のNY インターナショナル?ギフトフェアに出展した際に、NYタイムズに取り上げられた実績もあります。「the dock」は彼の代表作であり、現在も売れ続けているロングセラーモデルなのです。
桐原さんの製品はご本人が設計し、すべて手作りで製作されているのが特徴です。『the dock』の生産は、本人が最大限集中して作業し、最大限時間を使っても1日5台が精一杯。発表当時より、BEAMSやHerman Millerを通して販売されてきましたが、手作りに手作りを繰り返して、3年間で累計400台がやっとだったそうです。
一方、時間が経過しても製品の評判はすこぶる良く、海外のどの展示会に出展しても、「数百台?数千台規模の製作はできないか?」とオファーを受けるものの、そう言った手作り生産性の事情から、断り続けるしかなかったといいます。
『the dock』を手加工生産する桐原さん。
■新しい事業ステージへ
私が彼と知り合ったのはそんな悩みを抱えていた時期でした。お互いに議論を繰り返した後、昨年、彼は方向転換を決めました。
手作りから大量生産へ。
すなわち、私の立ち上げた「FORMULA」に量産体制の確立から量産までを一括で委託し、自らは新しい商品のデザインに専念するというプランです。
左: マシニング(データ)で木材を加工、右: マシニング設備。
私達は2013年夏頃より量産検討を開始し、11月に量産品出荷にこぎつけました。
今では、月産500~1000個が可能となり、桐原さんは現在新しい商品の設計開発を行なっています。先日ドイツで行なわれた世界最大級の国際消費財見本市 “ambiente”でも、いくつかの新しいデザイン商品を発表し、数々の新規納入顧客を獲得しました。新商品も今、量産化に向けて「FORMULA」で動いています。
世界最大級の国際消費財見本市 “ambiente”での桐原さん。
■「メーカーズ」と言うトレンドの落とし穴
さて、この事例から思い浮かぶことは何でしょうか?
それは、「最近では3Dプリンターなどで誰でもプロトタイプが簡単に作れるようになり、ハードウェアは簡単に生産できるという幻想が生まれている。だがそれは本当だろうか?」という疑問です。
たとえ素晴らしいプロトタイプが作れたとしても、現実は、桐原さんのように悩みを抱えているハードウェアベンチャーは少なくないのが現状です。
それは、製品をたったひとつしか製作しないことと、数千~数万個製作するのとでは、取り組み方が全く違うからです。
中国に発注すれば、大量生産も容易なのでは? そう考える人もいるかもしれません。しかし、それは大きなリスクを含んでいます。
私の経験では、すでに中国は世界の生産工場ではありませんし、たとえ数百台規模の生産を受け入れてくれる工場があったとしても、そこは売り上げ規模の小さい企業であり、製造能力も低いといえます。
実際、桐原さんも私と出会う以前、中国に発注したものの半年以上の苦労のあげく、結局、満足のいく製品ができなかった、という経験をお持ちです。
それはなぜなのでしょうか?
製品を量産するには、DFM(Design for Manufacturing)といった量産化設計を行なわなければ、実現できません。試作品のコピペでは量産品とは言えないのです。
また、コントロールするだけの品質向上ではなく、DFQ(Design for Quality)といった品質向上のための製品設計が必要です。他にもコストダウンのための設計DFC(Design for Cost Down、D2Cとも言います)などもあり、量産化設計には様々なノウハウが存在します。
こう言ったノウハウは通常、大手電気メーカーや、そこから受託開発?生産(いわゆるODMやEMS)をしている中堅~大手企業しか保有できていません。もちろん小規模~中堅工場でも保有している会社はありますが、ハードウェアを使ったベンチャーが、単独の知識や能力でそれを見極めことはできないのが実情でしょう。
コスト優先の感覚で中国の工場に発注し、納期が大幅に遅れ、あげく品質の悪い在庫品を抱えてしまう──。ITを簡単に駆使できるスマートなベンチャー企業にもかかわらず、ひとたびハードウェアの領域に踏み込んだがために、こうしたミスを犯してしまう現象が起きています。
加えて、ハードウェアベンチャー企業は、本来は品質上、非常に重要な部品を安易に考えることが多いのも実情です。例えば、最近の商品はバッテリーを搭載するケースが多くなってきましたが、こうしたハードウェアベンチャーはバッテリーの重要性を軽視する傾向があります。バッテリーは、自社で厳格な基準を設けているSonyやPanasonicといった大手企業でさえも、ひとたび問題が起これば、事業の存続を揺るがすほどのインパクトを持つ部品であるがゆえ、決して軽視はできないはずなのです。
ハードウェアベンチャーこそ、リスクは最小限にするべきですので、間違ったリスクヘッジではなく、本当にリスクの少ない正しい選択をしていただきたいと考えます。
第2回目は、あえて中国での生産を選ばず、日本で開発生産を行なってスムーズなサービスローンチを実現したプロダクトを例に、今後のハードウェア開発生産の選択肢をご説明いたします。
文/西野充浩
株式会社FORMULA代表取締役。大学卒業後、一旦は電子部材メーカーに就職したもののコミュニケーション能力に限界を感じ退職。ワーキングホリデーで訪れたニュージーランドでロッククライミングに傾倒し、帰国後もクライミングジムで働きながら、4年後にビジネスマンへの復帰を試み、Flextronicsに入社。Business Development Directorとして日系大手家電の製造下請けやODM下請け、クライアントのビジネス効率改善を行なう。その後、PCH Internationalにヘッドハントされ、大手企業の周辺機器開発?製造の受託やビジネスの効率化を推進。2013年に独立し、同年2月に株式会社FORMULAを設立。Lean Hardware向けにモノづくりを主体とした黒子として様々なソリューションを創出?提案する。
http://www.formula-inc.co.jp