今日の料理(こだわりがないのがこだわり)

フードリテラシーに沿いつつも、なるべく夢のある料理や飲食をジャンル・国境・時代・時間をボーダレスに越えて書いています。

料理と調理は違う。その2

2010年01月28日 | 飲食業
自分は「食物」を楽しめない。

色々な店で料理や調理をさせて頂いたからなんだが。
俺は、味を覚える時、色で覚える事にしている。自分の中に色の付いたバロメーターがあって、口に入れたものは「バロメーターのこの色に近い」という型で覚えると一度口にしたモノは忘れない。(勿論、年と共にその能力は衰えるだろう)

ただ音楽の絶対音感じゃないけれどこの10数年間食事を楽しんだ事が1~2回くらいしか無いんだ。
口に入れた瞬間に意識していなくても舌の上で分解するから、レシピや厨房の人の動き回る姿、皿洗いの人(その人の洗剤で荒れた手)、レシピ通りに作らねばと怖がっている味、自信のある味、迷っている味、優しい味、それら全てを一度に感じてしまう。
まるで俺も一緒に厨房に立っている様に。

同じものを再現出来たら勝ちで出来なかったら負け、常に毎食毎食が勝負だった。
多分、自分ちの店で牛モツ煮込みを小鍋にかける時、煮詰ると濃くなるので、初めに蒸発する事を想定した水分を1回1回足すのだが、例えお腹が痛くても、風邪をひいて味覚が鈍っていても瞬時に自分の体調を差し引いて計算し+1とか+2とか水分を足すという10年の作業で鍛えられたのだと思う。

タレの調合など水1滴で味って大きく外見が変わるんだ。
なんでも1滴が大事。

本物を知りたくて、パリを旅していた時(金無かったけれど)、きっと国によって味覚のポイントが違うんだな?って痛感した。
だから人によってもそれぞれ味覚のポイントが違うというのも日本に帰ってきてから心に叩き付けた。
オーダーするのを見ていると、この人の味覚のポイントはここだなっていうのが解る気がする。

いつも出された料理に美味い不味い意外に何か感じますか?

最新の画像もっと見る