恩師「長尾弘」先生御著書・御講演

愛しき我が子よ幸せに生きよ健やかに生きよ。
自らを浄め自らを高め自らの神我に目覚めよ。

恩師「長尾弘」先生御垂訓

2014-08-12 05:10:10 | 日記

       恩師の御著書「真理を求める愚か者の独り言」より


            第一章 或る愚か者の生涯


         ◆織物業における成功と商売の極意◆


二十五歳の時に土地を買い、二十六歳の時には独立して織物業を創業しました。
昭和三十二年のことです。
はじめは賃織りといって、下請けの仕事でした。
その後、原料を仕入れて商売するようになります。
もちろん借金で始めました。
織物業をやめる昭和五十七年までの二十五年間にずいぶん儲けさせてもらいました。
商売は儲けることが大事で、失敗したらその事業は的を射ていなかったということです。
人生は的を射ることが大切です。
しかし、今から考えると、
この儲けは明らかに今日のご奉仕活動のために蓄えておかなくてはならない分として、
天より与えられたものだったようです。

というのも、考えられないような幸運なことが次々と続いたからです。
神様のお助けがあって、私の商売もいろいろな難事にもかかわらず、
成功に導かれたのでしょう。
日本がまださかんに新幹線や高速道路の工事をやっていた頃に、
建設現場の作業員の寝具を貸し出す地方のリース会社と御縁がありました。
布団、毛布、枕の一式を一日いくらで貸す会社ですが、
そこの営業部長が私の友達を通じて来てくれまして、商売の話を持ちかけてくれました。
当時は手形が常識でしたが、そこは現金で取引きしてくれるというのです。
夢のような話でした。

手形は短くて三カ月、お産手形といって長いものなら十月十日です。
私のところでは毛布の製造をしていたので、それを売るわけです。
手形商売とは百万円なら百万円の品物を売ると引き換えに手形をもらいます。
そこに期日が書いてあって、期日が来たら現金が入ってきます。
でも、資金繰りのことがありますから、
金利を支払って手形を割ってもらうことになります。
つまり、銀行からお金を借りて先に代金を受け取るということになります。
四分の金利でしたから、百万円から四万円が差し引かれ、
こちらに入るのは九十六万円になります。
ところが、現金取引をしてもらえば、それだけの金利を取られないですむわけです。
「こちらでは手形取引が常識になっていますから、私は買い上げていただいた全金額の
二分を部長さんに感謝の気持ちとして送らせていただきます」

そう言って、私は仕入れ部長さんに売り上げの二パーセントを還元させてもらう約束をしました。
売り上げが一億ならば二百万円ということになります。
これが政界の方なら賄賂の問題につながっていまいたいへんですが、
あくまでも商取引のうえでのことで、私の感謝の気持ちを表現したまでのことです。
さて、仕入れ部長さんと約束した後で見本の毛布二、三枚をさげて地方に赴きました。
いろいろな世間話をした後にそろそろ商売の話に入りましょうということになり、
私は地元で売っている原価で十分です。
ただし、送料と梱包代だけはおたくのほうでもってもらったら結構です。
と話しますと、わかりましたということで、話は一分か二分ですんでしまいました。
それで、以後二十年もその会社との取引は続きました。
なんの不都合もトラブルもありませんでした。
その件で地方に行ったのは、それ一回限りでした。
昭和四十八年にオイルショックで日本全国の物価が暴騰しました。
それで値段を倍に上げてもらいました。
それ以来、糸の原価は下がりましたが、その価格で買っていただいたため、
えらく儲けさせていただきました。


               ~ 感謝・合掌 ~