intoxicated life

『戦うやだもん』がお送りする、画日記とエッセイの広場。最近はライブレビュー中心です。

視点・論点「松本清張の「遺言」」

2009-06-04 | opinion
NHK「視点・論点」で佐藤卓己さんがテレビで喋っているの初めて見かけた(「輿論と世論の複眼的思考に向けて」5/26放送)と思ったら、その数日後に原先生も担当されていたらしい、という話を耳にする。検索をかけると5/29放送分だったことが判明。うーん、見たい。


そこで昨年12月に始まったNHKオンデマンドをのぞいてみると……あるではないか。10分番組で105円はやや高いと思いつつ、会員登録を済ませて視聴する。再三バッファ(イーモバイル・クオリティ)に泣かされながらも、元はとってやろうと二時間弱かけて書き起こしてみました。


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未完の大作
こんにちは、原武史です。

今年は国民作家といわれる松本清張の生誕100年にあたります。言うまでもなく清張は、『点と線』『砂の器』に代表される推理小説の書き手であるとともに、『日本の黒い霧』『昭和史発掘』のような優れたノンフィクション作品も数多く残しています。

しかし、最後の作品となったのが、400字詰め原稿用紙で1700枚を費やしながら、死去のため未完におわった『神々の乱心』であったことはあまり知られていないように思われます。

『神々の乱心』は、小説でありながら、戦前の宮中で実際にあった動きを十分に踏まえています。いや、それだけではありません。戦後の宮中で実際にあった動きまでも踏まえている可能性があります。

清張が執筆していた当時には、そうした動きに注意を払っていたプロの学者や歴史家はほとんどいなかったにもかかわらず、戦前・戦後を一貫する宮中の世界を、あたかも目に浮かぶように、ありありと描いているのです。


小説家でありながら、ノンフィクションの手法を用いて昭和史や天皇制に迫った清張の仕事を、先駆的なものとして評価している。清張を国民作家たらしめたのは、小説のテーマに比してその文章の平易さにあると思うが、こうした読みやすい筆致についても評価されるべきだろう。


王権のありかを映す「鏡」
この小説が複雑なのは、さまざまな鏡が登場し、内行花文鏡とされた八咫鏡(やたのかがみ。三種の神器のひとつ)のほかに、多紐細文鏡(たちゅうさいもんきょう)と呼ばれる満州出土の凹面鏡が重要な役割を果たしているからです。ここには、邪馬台国をはじめとする清張の古代史研究の成果も活かされています。

月辰会の本部には「聖暦の間」と呼ばれる最も聖なる空間があり、そこでは、満州にいたときに教祖と駆け落ちし、月辰会で斎王代と呼ばれるようになった女性が、乩示(チシ)という神がかりの儀式を行います。凹面鏡はここに置かれているのです。

凹面鏡を設定したことで、王権におけるシャーマンや女性の問題がはっきりと捉えられています。皇位継承権を男子だけに定めた明治以降の皇室典範だけでは説明できない問題が、天皇制のなかにあることに、清張は気づいていたのではないでしょうか。

三段目の「問題」は、『昭和天皇』(岩波新書)で詳述されている。昭和天皇、秩父宮、貞明皇后の三角関係や、高谷朝子『宮中賢所物語』などをきっかけとした宮中祭祀における女官への注目から、現代の天皇制(特に女性天皇・女系天皇への皇位継承)の問題に迫る手法は、この清張の着眼点に啓発されたものと読める。


未完の「遺言」
わたくしは政治学者ですが、小説をよく読みます。それは、優れた小説の中に、学者には到底思いつくことのできない優れた着眼点が、たとえ法話的な形であるにせよ、認められることがあるからです。

しかし、その先駆けとなる小説を書いた作家こそ、松本清張であったことを忘れてはなりません。清張は『神々の乱心』という未完の大作を、いわば「遺言」として書きました。松本清張を単なる国民作家として見るのではなく、今なお解明されない天皇制の深層を見据えようとした、スケールの大きな思想家として見ることが必要だと思います。

松本清張の「遺言」は、今なお完全に読み解かれてはいないのです。


「法話的な形であるにせよ」という部分には賛否両論あるだろうが、この「遺言」を受け継ぐ最近の小説として、桐野夏生『女神記』、奥泉光『神器』を挙げている。たしかに、たとえば前者の場合、主題としてはこれまでの桐野ファン(『OUT』など)には馴染みにくい部分もあったと思われる。だが、清張と共通しているのはやはりその読みやすさだ。奥泉さんの小説はまだ読んだことがないので断言はしないが、同じことがあてはまるに違いない。



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【補記】
なお番組タイトルは今月発売の新著よりとられている様子(抜け目なし…)。


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