“貴戸祭り”に対する今の立場
このところ、“貴戸祭り”が大きくなってきた。R30さんのブログでもとりあげられ、貴戸さんの学問的には問題がなくても実務的・現実的な問題対処のまずさに対して厳しい意見が書かれている。
わたしとしては、当初飛び火を防ぐために「貴戸祭りをあおらないで」という奥地圭子さんへのメ-ルのコピペを当ブログに掲載しました。その後、この件をめぐってあまりにも本末転倒の議論がブログ上で行われていることを知りました。何と、これは自己理解ではなく他者理解についての争いだとするものです。話のテ-マをそらす、または混乱させるような議論にうんざりしたため、批判をしておきました。
今では、予想を超えて「貴戸祭り」が盛り上がりを見せてきたため、わたしの立場も明らかにする時期だと判断し、あえてこのわけのわからない祭りに参加しようと考えを改めました。なので、こういうエントリ-を書いているわけです。
調査こそ問題
さて、本題に入りましょう。今回、貴戸さんの調査倫理・調査方法をめぐって批判・非難が行われています。けれど、問題はそれだけではないのではないでしょうか?
おそらく、調査そのものが害毒なのです。
かつて文明批評家イリイチは、医原病(iatrogenesis desease)という問題を指摘しました。医療そのものが新しく病気を作り上げる、ということです。
それに似て、調査を原因とする病、つまり調原病(investigenesis desease)もあるのではないか。
今回、調査を受けた人たちが苦痛を覚え、必死になって訴えた理由は、貴戸さん個人のミスや洗練のされない調査スキルだけではなく、調査そのものが人にとって有害なものではないか? と考えるのです。
そもそも、調査とは、理系・文系を問わず、簒奪と愚行の歴史だったのではないでしょうか? 植民地支配と二人三脚を組んでいた人類学。調査の終わったあと、人間に近い仲間であるサルを撃ち殺して剥製にしていた生物学。今日の文化人類学、実証社会学なども、その系譜を引いています。 経験的に言って、「お弟子さんはお師匠さんに似る」。確か桑原武雄が伝統文化にからむエッセ-に書いていたと記憶していますが、人はなかなか自分の師匠や先輩と違うようにものを見ることはできない傾向があります。本人も気がつかないうちに影響をこうむっているところがあります。たとえ意図的に無視したり反発したりしていても事情は変わりません。
人の住むところ
それらの調査の伝統を学んだうえで貴戸さんも、文化人類学や実証社会学関連の調査者コミュニティのなかで修行をつみながら就職先を見つけようとしているのでしょう。この立場・環境では、知らず知らずのうちに、簒奪を簒奪だと感じない感受性が身につき、それ以外の世界が見えなくなるのではないか。ラテン語で言うhabito(住む)ところがちがう、すなわちハビトゥス(文化社会学者ブルデュ-の用語で「慣習」)が異なるのです。
一度、外の世界の常識と違うところに住み慣れると、別の世界の人間の持つリアリティがどんどん分からなくなってしまします。それが、R30さんも批判するように、学問世界においては正しくとも、外の世界からは「ヒドい」「不誠実」「卑怯」とも取れる文書の作成・公表につながったのではないでしょうか?
逆の視点から言うと、調査者のコミュニティにとって、外の世界の「仁義」「礼儀」「常識」は、理解しがたい無秩序に映るのかもしれません。つまり、立場を問わずわたしたちは、必然的にみなそれぞれに偏り、歪み、盲点をかかえている、ということです。
そうすると、住むところのちがうものどうし、「あわない」ことが多くなり、交際を絶つことになりがちです。そうするうちに、互いに互いを見えなくなり、同じ言葉を使ってもまるで別の意図やニュアンスを込めることになる。そうすると、対話の不可能性が大きくなってゆく。いわゆる分極化です。
この場合、研究者とそれ以外のコミュニティ、登校と不登校の間にも、そうとうな対話の不可能性、あるいは対話の困難性がある、ということです。
調査の害毒を減らすために
おそらく、人間がただひとつの真理を見つけ、自然や社会を変えうる、という考えが出てきたときに、調査による害悪は生まれたのでしょう。計画への崇拝、理性の過信、全体をつかむことへの憧れが、人を自然や他人に対する簒奪に駆り立てるのです。調査にはどうしても人を殺して剥製にしてしまうような側面がつきまとうのです。シュ-レの子の言葉を借りれば「貴戸さんが人をモノ扱いするような人ととは思わなかった」ということです。「貴戸さんは友達だと思っていた」というのは、自分たちを解剖したり、殺して防腐剤を注射してピンで留める昆虫採集型の調査の人とは思いたくなかった、というほどの意味だとわたしは解釈しています。(あくまでも推論ですが。)
注目したいのは、これは貴戸さんの調査方法のみならず、調査そのものを撃つ根底的な批判だということです。それに対して研究者のコミュニティはどう応じるのか? 周囲は傍観を決め込んでもよいのか? そこが問題だと思います。
ちなみにわたしは、R30さんのブログにこの件がとりあげられたことをきっかけに、傍観せずに批判をすることにしました。貴戸、シュ-レ双方に違和感があるため、それを表明したいのです。何よりもこのエントリは、シュ-レの子どもたちの言葉を
般の登校(受容)の子どもや大人たち、できれば研究者の方がたにも通じる言葉に翻訳する試みです。
調査とは何か? 誰のため、何のための調査なのか? 調査が本来的に害毒を孕むのならば、その害を減らすためにどうすればいいのか?
できるかぎり多様な立場からの声を交わし、互いに自己を知りつつ、調査の害毒を小さくする方向に歩いてゆきたいものです。
なお、その際に、情報の生産力・影響力において大きなものは、小さなものに配慮するひつようがあるでしょう。たとえば子どもの訴えをよく検討もせずに「感情的」「主観的」「言葉がない」などと決めつけずに、何を言っているかだけではなく何を言いたいのかにも焦点を当てて理解する努力が必要でしょう。狭義の言葉だけではなく、点字・音楽・絵画・その他いろいろな表現形式を尊重することが肝要です。一方、これまで公の席でものを言う機会を与えられなかったグル-プは、意見を言う練習をしたほうがいいかもしれません。
あまりにも忙しい・抑圧が深いといった理由によって意見を言えない人がいることにも十分注意するべきです。
完璧というのはムリですが、目指す方向性としては、モノフォニ-よりもポリフォニ-、それも不公平なポリフォニ-よりも公平なポリフォニ-といったところでしょうか。
もうひとつは交際することです。トクヴィルは「フランス2月革命の省察」(岩波文庫)のなかで、革命期の対立する党派のあいだには、あまりに交際がなさすぎた、と記しています。交際がなさすぎたために、革命後の壮絶な党派の争いにつながったのではないか、と。たとえ敵対していても、何かの交際があり情報を尋ねあうことでもあったなら、血みどろの事態は回避できたかもしれない。
そこまでいかなくても、調査するものとされるものとが、敵対しつつも一時それを忘れて交際をするサロンのような場が必要なのではないでしょうか?
なぜ調査そのものの廃止を訴えないのか
人間は、科学技術によって自然を左右する力を持ってしまいました。統治することによって他人や社会の命運を左右する力を握る勢力もいます。多様な種や言語を消滅させるのも人間、そしてそれに対抗できるのも人間なのです。今や科学は地球の神殿に祭られる神となり、一部の研究者は政府の審議会に呼ばれることによって神官の役目をはたしています。人や自然に関することも、自然と同じと考えられます。
とすれば、今日の社会は調査ぬきではやってゆけない。ならば、より害毒の小さな調査をめざすべきです。
たとえば、ツキノワグマは「害獣」と呼ばれて、人と出会うごとに駆除されている。けれどもツキノワグマの殺傷能力はヒグマよりも小さい。それどころか、イヌよりも小さい。なのにイヌは「害獣」と呼ばれず、ツキノワグマだけが害獣と呼ばれている。なぜか?
もともと動物の住んでいたところに人間がおしかけたからだ。
ニホンカモシカも「害獣」と言われている。スギ・ヒノキの被害が大きいから。それはどうしてか? 雑木林を無理やりスギ・ヒノキ林に変えたからだ。
そうしたことは調査を通じて分かってきます。また科学的な調査なくして社会的な同意が得られにくいのも実態です。
おそらく人間の社会についても同じことが言えるだろう。だったら、ある程度の調査はやむをえない。ただし、害毒を減らす努力は必要だ。調査という必要悪と片利共生ではなく相利共生できる状態にもってゆかないといけない。
もちろん、被調査者は、いやなら調査を断ってもいい。たとえ相手が国の権威・権力であっても。調査者は、相手の意向を尊重する義務がある。
調査病とつきあう技術を磨くことが、今求められている。とわたしなら考えますが、読者はどうですか?
このところ、“貴戸祭り”が大きくなってきた。R30さんのブログでもとりあげられ、貴戸さんの学問的には問題がなくても実務的・現実的な問題対処のまずさに対して厳しい意見が書かれている。
わたしとしては、当初飛び火を防ぐために「貴戸祭りをあおらないで」という奥地圭子さんへのメ-ルのコピペを当ブログに掲載しました。その後、この件をめぐってあまりにも本末転倒の議論がブログ上で行われていることを知りました。何と、これは自己理解ではなく他者理解についての争いだとするものです。話のテ-マをそらす、または混乱させるような議論にうんざりしたため、批判をしておきました。
今では、予想を超えて「貴戸祭り」が盛り上がりを見せてきたため、わたしの立場も明らかにする時期だと判断し、あえてこのわけのわからない祭りに参加しようと考えを改めました。なので、こういうエントリ-を書いているわけです。
調査こそ問題
さて、本題に入りましょう。今回、貴戸さんの調査倫理・調査方法をめぐって批判・非難が行われています。けれど、問題はそれだけではないのではないでしょうか?
おそらく、調査そのものが害毒なのです。
かつて文明批評家イリイチは、医原病(iatrogenesis desease)という問題を指摘しました。医療そのものが新しく病気を作り上げる、ということです。
それに似て、調査を原因とする病、つまり調原病(investigenesis desease)もあるのではないか。
今回、調査を受けた人たちが苦痛を覚え、必死になって訴えた理由は、貴戸さん個人のミスや洗練のされない調査スキルだけではなく、調査そのものが人にとって有害なものではないか? と考えるのです。
そもそも、調査とは、理系・文系を問わず、簒奪と愚行の歴史だったのではないでしょうか? 植民地支配と二人三脚を組んでいた人類学。調査の終わったあと、人間に近い仲間であるサルを撃ち殺して剥製にしていた生物学。今日の文化人類学、実証社会学なども、その系譜を引いています。 経験的に言って、「お弟子さんはお師匠さんに似る」。確か桑原武雄が伝統文化にからむエッセ-に書いていたと記憶していますが、人はなかなか自分の師匠や先輩と違うようにものを見ることはできない傾向があります。本人も気がつかないうちに影響をこうむっているところがあります。たとえ意図的に無視したり反発したりしていても事情は変わりません。
人の住むところ
それらの調査の伝統を学んだうえで貴戸さんも、文化人類学や実証社会学関連の調査者コミュニティのなかで修行をつみながら就職先を見つけようとしているのでしょう。この立場・環境では、知らず知らずのうちに、簒奪を簒奪だと感じない感受性が身につき、それ以外の世界が見えなくなるのではないか。ラテン語で言うhabito(住む)ところがちがう、すなわちハビトゥス(文化社会学者ブルデュ-の用語で「慣習」)が異なるのです。
一度、外の世界の常識と違うところに住み慣れると、別の世界の人間の持つリアリティがどんどん分からなくなってしまします。それが、R30さんも批判するように、学問世界においては正しくとも、外の世界からは「ヒドい」「不誠実」「卑怯」とも取れる文書の作成・公表につながったのではないでしょうか?
逆の視点から言うと、調査者のコミュニティにとって、外の世界の「仁義」「礼儀」「常識」は、理解しがたい無秩序に映るのかもしれません。つまり、立場を問わずわたしたちは、必然的にみなそれぞれに偏り、歪み、盲点をかかえている、ということです。
そうすると、住むところのちがうものどうし、「あわない」ことが多くなり、交際を絶つことになりがちです。そうするうちに、互いに互いを見えなくなり、同じ言葉を使ってもまるで別の意図やニュアンスを込めることになる。そうすると、対話の不可能性が大きくなってゆく。いわゆる分極化です。
この場合、研究者とそれ以外のコミュニティ、登校と不登校の間にも、そうとうな対話の不可能性、あるいは対話の困難性がある、ということです。
調査の害毒を減らすために
おそらく、人間がただひとつの真理を見つけ、自然や社会を変えうる、という考えが出てきたときに、調査による害悪は生まれたのでしょう。計画への崇拝、理性の過信、全体をつかむことへの憧れが、人を自然や他人に対する簒奪に駆り立てるのです。調査にはどうしても人を殺して剥製にしてしまうような側面がつきまとうのです。シュ-レの子の言葉を借りれば「貴戸さんが人をモノ扱いするような人ととは思わなかった」ということです。「貴戸さんは友達だと思っていた」というのは、自分たちを解剖したり、殺して防腐剤を注射してピンで留める昆虫採集型の調査の人とは思いたくなかった、というほどの意味だとわたしは解釈しています。(あくまでも推論ですが。)
注目したいのは、これは貴戸さんの調査方法のみならず、調査そのものを撃つ根底的な批判だということです。それに対して研究者のコミュニティはどう応じるのか? 周囲は傍観を決め込んでもよいのか? そこが問題だと思います。
ちなみにわたしは、R30さんのブログにこの件がとりあげられたことをきっかけに、傍観せずに批判をすることにしました。貴戸、シュ-レ双方に違和感があるため、それを表明したいのです。何よりもこのエントリは、シュ-レの子どもたちの言葉を
般の登校(受容)の子どもや大人たち、できれば研究者の方がたにも通じる言葉に翻訳する試みです。
調査とは何か? 誰のため、何のための調査なのか? 調査が本来的に害毒を孕むのならば、その害を減らすためにどうすればいいのか?
できるかぎり多様な立場からの声を交わし、互いに自己を知りつつ、調査の害毒を小さくする方向に歩いてゆきたいものです。
なお、その際に、情報の生産力・影響力において大きなものは、小さなものに配慮するひつようがあるでしょう。たとえば子どもの訴えをよく検討もせずに「感情的」「主観的」「言葉がない」などと決めつけずに、何を言っているかだけではなく何を言いたいのかにも焦点を当てて理解する努力が必要でしょう。狭義の言葉だけではなく、点字・音楽・絵画・その他いろいろな表現形式を尊重することが肝要です。一方、これまで公の席でものを言う機会を与えられなかったグル-プは、意見を言う練習をしたほうがいいかもしれません。
あまりにも忙しい・抑圧が深いといった理由によって意見を言えない人がいることにも十分注意するべきです。
完璧というのはムリですが、目指す方向性としては、モノフォニ-よりもポリフォニ-、それも不公平なポリフォニ-よりも公平なポリフォニ-といったところでしょうか。
もうひとつは交際することです。トクヴィルは「フランス2月革命の省察」(岩波文庫)のなかで、革命期の対立する党派のあいだには、あまりに交際がなさすぎた、と記しています。交際がなさすぎたために、革命後の壮絶な党派の争いにつながったのではないか、と。たとえ敵対していても、何かの交際があり情報を尋ねあうことでもあったなら、血みどろの事態は回避できたかもしれない。
そこまでいかなくても、調査するものとされるものとが、敵対しつつも一時それを忘れて交際をするサロンのような場が必要なのではないでしょうか?
なぜ調査そのものの廃止を訴えないのか
人間は、科学技術によって自然を左右する力を持ってしまいました。統治することによって他人や社会の命運を左右する力を握る勢力もいます。多様な種や言語を消滅させるのも人間、そしてそれに対抗できるのも人間なのです。今や科学は地球の神殿に祭られる神となり、一部の研究者は政府の審議会に呼ばれることによって神官の役目をはたしています。人や自然に関することも、自然と同じと考えられます。
とすれば、今日の社会は調査ぬきではやってゆけない。ならば、より害毒の小さな調査をめざすべきです。
たとえば、ツキノワグマは「害獣」と呼ばれて、人と出会うごとに駆除されている。けれどもツキノワグマの殺傷能力はヒグマよりも小さい。それどころか、イヌよりも小さい。なのにイヌは「害獣」と呼ばれず、ツキノワグマだけが害獣と呼ばれている。なぜか?
もともと動物の住んでいたところに人間がおしかけたからだ。
ニホンカモシカも「害獣」と言われている。スギ・ヒノキの被害が大きいから。それはどうしてか? 雑木林を無理やりスギ・ヒノキ林に変えたからだ。
そうしたことは調査を通じて分かってきます。また科学的な調査なくして社会的な同意が得られにくいのも実態です。
おそらく人間の社会についても同じことが言えるだろう。だったら、ある程度の調査はやむをえない。ただし、害毒を減らす努力は必要だ。調査という必要悪と片利共生ではなく相利共生できる状態にもってゆかないといけない。
もちろん、被調査者は、いやなら調査を断ってもいい。たとえ相手が国の権威・権力であっても。調査者は、相手の意向を尊重する義務がある。
調査病とつきあう技術を磨くことが、今求められている。とわたしなら考えますが、読者はどうですか?
↓をごらんください。
http://www.jca.apc.org/gendai/20-21/index.html
ひとつはイタリアがエチオピアから文化財を簒奪した例。もうひとつは旧大日本帝国が朝鮮半島から文化財を強奪した例です。
ちなみに太田昌国さんは、「父親が語る登校拒否」の著者・編集者でもあります。昔彼の息子さんが東京シュ-レに通っていました。
ちんこもみもみ も~みもみ
\\ ちんこもみもみ //
+.\\ も~みもみ/+
/⌒\ +
+ + ( ) +
. | | +
+ /⌒\ | | ./⌒\ +
∩^人^ .) (・∀・ ∩( ・∀・)
+ ヽ ⊂ ) )つヽノ .(つ つ )) +
(_)し' . し(_) (_)_)
やはりイタリアのピザ野郎とエチオピアのたこ焼が争っているから商売はうまくいかないんですよ。
やはり山形のJリーグはチーム名をちちもんでたよ山形に変えるべきではないか。