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印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで

2013-12-01 18:00:55 | 美術展
「印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」
(国立新美術館 2013年10月4日~12月23日)

会期も半ばを過ぎた11月下旬、日展と合わせて見に行った。

展覧会の英題は"DIVISIONISM from Van Gogh and Seurat to Mondrian"。

展示会場入ってすぐに掲示されている「御挨拶」のなかでは"Divisionism"と"Pointillism"の違いに言及されていた。
曰く、"Divisionism"の狭義概念として、"Pointillism"は定義づけられる。
訳すならば、前者は「分割主義」、後者は「点描技法」(すなわち主義というよりは一種の技法)といったところか。

両者の定義に関してはWikipediaの該当ページのリンクを貼っておこう。
http://en.wikipedia.org/wiki/Divisionism
http://en.wikipedia.org/wiki/Pointillism

定義の問題と軽視することなかれ。
本展の構成は、新印象派の旗手スーラの革新的絵画に主にスポットライトを当てつつ、その前後に位置する印象派のモネやピサロから、後期印象派のゴッホやゴーギャン、果てはモンドリアンといった抽象画家までを扱うものである。

「点描」というと、しばしばスーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」が条件反射的に思い浮かぶが、その技法の萌芽はすでに印象派にみられるのである。
そうした文脈のなかで、モネやピサロら印象派の絵画が展示されていた。

新印象派以後の「分割主義」に関しても言及しておこう。
スーラらの「点描技法」の斬新さに感動を覚えた後期印象派を代表する画家ゴッホの場合、その技法に影響を受けた作品を何点か遺しているものの、純粋にその技法を受け入れて、ただ真似るということはしなかった。
いわば、スーラの「静」に対して、ゴッホの「動」である。

話は脱線するが、スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」は、大英博物館に展示されている有名な「エルギン・マーブルズ」に影響を受けているという。大理石の「静けさ」がスーラの作品に受け継がれているのである。

閑話休題。
本展最後に展示されているモンドリアンの抽象画は、印象派から新印象派、後期印象派へと発展を続けてきた「分割主義」が、調和のとれた宇宙的な世界観のなかで結実したものである。

展示作品の解説に関しては、一部物足りないようにも感じた。
一番気になったのは、通し番号で言うところの56番と57番である。

どちらも同じ画家(テオ・ファン・レイセルベルヘ)によって描かれており、前者のタイトルが「《ソニア》あるいは《眠る女》」、後者が「《ギーシアとオダリスク》あるいは《陽光》」である。
この2作品は並べて展示されており、構図的にも対照的で興味深いものであった。

参考のために画像が載っているページを貼り付けておこう。
http://www.oilpaintingsreplica.com/sonia--1904_33078.html
http://www.oilpaintingsreplica.com/odalisque-(gischia)-or-sunbeam---1906_33074.html

こうしたポーズをとる裸婦像でいえば、西洋絵画の歴史を振り返れば、ティツィアーノの《ウルビーノのヴィーナス》から、アングルの《グランド・オダリスク》、ゴヤの二つの《マハ》、そして近いところではマネの《オランピア》など、枚挙にいとまがない。

今回は音声ガイドは借りなかったため、もしかしたらそちらで解説していたのかもしれないが、少なくとも展示作品の横には説明文はなく、また展覧会場で販売している公式図録でも、記述はないに等しかった(《ギーシアとオダリスク》の解説でなぜか逆ポーズの《オランピア》に言及されていた)。

レイセルベルヘという画家がどういった人物なのかは寡聞にして知らない。
しかし展示されている彼の二つの印象的な裸婦像を見た者ならば、少なからずそれ以前に描かれた裸婦像からの影響が気になるものであろう。
その点の解説がほしかった。


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