東埼玉病院 リハビリテーション科ブログ

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運動麻痺を回復させる脳卒中リハビリテーション戦略ーpart1 赤核と上肢機能ー【専門職向け】

2016年11月30日 | リハ科勉強会
「赤核からみた脳卒中リハビリテーション〜運動麻痺そのものを回復させる理論的根拠と戦略〜」
というテーマで実施した2016年7月15日リハ科勉強会の資料(要約版)です.
症例検討の部分は省略しています.
スライド画像そのまま使っている部分がほとんどです.
長いので前後2つに分けます.これはその前半です.
細かくはスライドに記載していて,文章はその補足の意味合いが強いです.
理論の解釈には議論があるかもしれませんが,あくまで考え方の一つとして捉えていただければと思います.
では,目次から



まず運動麻痺を回復といっても,ここではある程度随意運動が可能な状況を想定します.
つまり,痙縮はあってもよいですが,完全に弛緩した状態は考慮しないこととします.
そして,最初に上肢について考えていきましょう.

では,随意運動が生じにくくなる要素として筋緊張の亢進に目をつけてみます.
上肢屈曲緊張が高まる理由としては,錐体路の障害ではなく錐体外路の影響であるということはよろしいでしょうか?
錐体路の純粋な障害では単なる弛緩性麻痺となります.
錐体外路系(ここでは上肢により関与する赤核脊髄路を考えます)がγ運動ニューロンを(相対的に)促通することで筋緊張は亢進します.
これは後にもう少し別の視点から触れますが,とりあえず「赤核脊髄路の作用が強まれば筋緊張が亢進する」と理解してください.



では,次に赤核脊髄路について掘り下げてみますが,まずはそもそも赤核(や関連伝導路)について詳細に理解している方がどれだけいるでしょうか?
教科書や解剖学の本などを開くと以下のようなことが書かれています.
• 脳幹の中脳に存在
• 鉄分を多量に含み赤色を呈する
• 黒質と並んで運動系における重要な中継点
• 新しい大細胞赤核と古い小細胞赤核からなる
• 筋緊張,姿勢と歩行運動を調整する
• 上肢の屈曲緊張を促通する

これだけだと,具体的な機能がよくわからないですね.
上肢の屈曲緊張を促通するのはどうやら本当らしいですが,そもそも何をしているのかを掘り下げてみます.
そこで,脳内でどのようなことが生じているかを赤核に着目して切り取った回路で説明します.
下の図は,生後まもなくの赤ちゃんの上肢が成長するに従い屈曲優位の姿勢パターンから開放され,脳卒中片麻痺者で再び上肢屈曲優位の肢位になるという推移を説明しています.
ここで重要なことは,赤核自体の働きではなく,赤核へ投射するより高次中枢からの促通信号にみえます.
赤核へ投射する信号が強まれば強まるほど抑制信号が強化され,より原始的な伝導路と考えられている赤核脊髄路が抑制されることで定型的な筋緊張パターンからの逸脱が可能であるということを説明しています.
つまり,大脳皮質1次運動野や補足運動野からの投射線維が赤核まで至っているかどうかが非常に重要なことを示しています.
この促通と抑制の回路は,後々にも重要となってきますので押さえておいてください.



先ほどの図をさらに拡大して,赤核に関連する神経回路の概略を示します(参考文献により若干の齟齬がありますので参考程度に).



ここで赤核が2種類あり,それぞれが違う働きをしてそうだということがわかります.
そこで,大細胞性赤核と小細胞性赤核に分けてわかりやすく整理したものが下の図になります.
すると,いわゆる皮質−赤核−脊髄路に関与するのは大細胞性赤核らしいことがわかります.



では,皮質−赤核−脊髄路の位置づけを考えてみるために,遠心性伝導路を整理してみます(下表).
といっても,この辺はお詳しい方が多いと思いますが….
ここでもやはり赤核脊髄路は,どうやら四肢の屈曲に作用するようです.

理学療法士が神経解剖を考えるときによく出てくる用語として外側下行路系と内側下行路系があります.
最近の勉強会ではニューロリハビリテーションなど中枢神経の機能を重視した考え方が多い印象があります.
そこでは,内側下行路系の重要性がよく強調されます.
ここで,経験の浅いセラピストに誤解してほしくないのは,外側下行路系は対して重要ではないのではないか,という点です.



外側下行路系のうち外側皮質脊髄路(いわゆる錐体路)が障害されている場合は,随意運動の回復は難しいのでしょうか?
もちろん,網様体脊髄路などの内側下行路系が代償できるといった報告もありますが,錐体路に影響を及ぼしやすいのは赤核脊髄路だと思われます.

最近では,動物実験ではありますが,伊佐教授らの研究チームによる皮質赤核路からのアプローチでの運動麻痺回復の報告がありました.
これは,赤核へと投射する線維を賦活することで赤核脊髄路をコントロールしやすくして,運動麻痺を改善する考え方に基づくものと思われます.
つまり,抑制が外れた赤核脊髄路を再び抑制して,相対的に錐体路の働きを生じやすくするということになります.



運動関連皮質からの投射をみてみると,運動指令は一次運動野だけでなく,それに隣接する補足運動野と運動前野も一次運動野の投射を修飾することが考えられます.
特に,補足運動野は大脳基底核,運動前野は小脳と関連するといわれています.
下図の左は正常時での投射を示しますが,α運動ニューロンへの運動指令だけでなくγ運動ニューロンへの抑制も機能的に働いています.
右の図は,下降性投射が脳梗塞などの理由により障害された場合のイメージです.
α運動ニューロンへの運動指令は失われ,代わりにγ運動ニューロンの本来持っている筋緊張パターンが脱抑制により生じることがわかります.
赤核への投射は補足運動野も重要であることが示されています.
ここまでの赤核と大脳皮質との関連をまとめると,一次運動野だけでなく補足運動野からの投射が赤核の抑制に重要であるということです.



さらに(これはだいぶ勝手なイメージが含まれますが),時系列でみた一次運動野と補足運動野によるαとγ運動ニューロンへの作用を整理すると下の図のようになります.
補足運動野が事前にγ運動ニューロンを抑制することで,よりα運動ニューロンの活動が促通されやすくなると考えられます.



ここで出ている補足運動野について復習してみます.
• 大脳皮質において中心前皮質のうち吻側の運動前皮質と尾側の一次運動皮質に分類され,運動前皮質はさらにより外側の運動前野とより内側の補足運動野に分類される
• 補足運動野はさらに尾側の(固有)補足運動野と吻側の前補足運動野(pre-補足運動野)に分けられる

さらに,補足運動野のポテンシャルについて,先行研究から情報を集めます.
• 一部の補足運動野の遠心性神経は,運動ニューロンと単シナプス接続する(Macpherson et al. 1982a, etc)
• 補足運動野には身体部位地図が存在するものの,一次運動野ほど精密でなく,各部位は比較的均一に分布している(Principles of Neural Science 5th. 2010)=可塑性に富んでいる?
• C7レベルでの皮質脊髄投射の起源は補足運動野が多くを占める(Morecraft et al. 2002)
• 比較的低い補足運動野への電流で四肢運動を誘発することができる(Macpherson et al. 1982b, etc)
ここから,補足運動野は単体でも随意運動に作用すること,広い範囲に投射するために完全な障害は逃れやすい(可塑性に富む)可能性が読み取れます.

続いて,補足運動野からみた運動麻痺の機能再建について考えてみます.
サルの一次運動野損傷後にボタン押し課題直前の補足運動野の神経活動が損傷前よりも上昇したことにより, 一次運動野損傷後に補足運動野における神経の再組織化が生じることを示唆し,機能回復に補足運動野が関わる可能性が推測されるという報告(Aizawa et al., 1991)があります.
つまり,補足運動野からの下降性線維が損傷を受けていなければ,一次運動野と運動前野の機能を置換することが出来る(McNeal et al. 2010)と考えてよさそうです.

これまでの話をまとめると,一次運動野や補足運動野や赤核への抑制が障害されることで,随意運動が生じにくくなっていることから,補足運動野からの赤核の投射を再度賦活することで随意性の回復に役立つのではないかという話になります.
それに加えて,補足運動野を賦活するだけでもα運動ニューロンを促通することができる可能性を考えます.
このような点から,補足運動野に焦点を絞って機能回復の鍵を探っていきます.



ただし当然のことながら,この考えがすべての脳卒中者に適応できる訳ではありません.
では,次のステップとして適応患者を見極めるためにはどうしたらようかを考えていきます.





画像所見に加えて,反射検査からの知見も含めて考えてみます.



以上のことから,補足運動野からの投射路が残存しているかをスクリーニングしてみると良さそうです(根拠はないですが).

やっとここまで来ましたが,運動麻痺回復のためにどうしたらよいか?
という本題に立ち返ってみると,補足運動野を賦活させるということが一つ答えになりそうです.
では,補足運動野賦活理論をニューロサイエンスの視点から考えてみると下スライドのようになります.



勉強会ではこれに基づいた症例検討の結果を示しますが,ブログでは割愛します.
この恣意的な戦略を確認するためには,ケーススタディでの検討継続が必須ですが,まだこれからですね.

後半は下肢の随意性改善のための戦略を考えてみますが,次の記事にします!→少々お待ちを

M1(PT)

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