4月4日 孫ちゃん2のお宮参りでした。
12月に 安産祈願をお願いした府中の大國魂神社での 祈祷が とてもよかったので
お礼も兼ねて お宮参りも 大國魂神社にしたのですが…
なんと お昼すぎの祈祷は 混雑していて 一度に十数組が一緒になってしまいました。
結果 安産祈願の時とは比べようもなく。
時間を ずらすべきでした。
とくに 交通安全の祈願も一緒だったのには 少々興ざめしてしまいました。
これなら 川崎大師がよかったかな なんて 思ったりもして。
川崎大師は 交通安全の祈願は 別にあります。
お宮参りの日どりの都合を お嫁ちゃんから連絡があり 一週間ほど前に決まったのですが、
その時、孫ちゃん1が 「着物を着たがっているけど いいでしょうか」 とのことでした。
その着物とは 七五三用に私が縫ったもので 日の目を見なかったものです。
2008年の9月から10月の始めのことです。
私が仕立てはじめ 「じきに仕立て上がります」と トトの母さまに電話で再三説明していたものの
「そんな苦労することないじゃない」の一言を最後に 一式送られてきました。
あの有名な発現小町にトピをたてると いかなる反響がおきるかや の出来事でした。
しかし 私の姑様となってもうすぐ三十年です。
噴き上げてくる思いを ぐっと飲み込み 母さまの言葉通りに受け止めることにしたのでした。
私の苦労は 中途半端に終了させ 孫ちゃん1の七五三には ひいばぁばが準備した祝い着を着せたのでした。
お正月やひな祭りに着せることもあるだろうと 肩揚げ 打ち揚げをしたまま おいておいたものの
なかなか着せる日もありませんでした。
ところが 孫ちゃん1が 自分から 着物が着たいと言い出したというのです。
私が仕立てた着物を 自ら着たいと言ってきた孫ちゃん1に
「ばぁばの縫った着物をきてくれるなんて ほんとにありがとう」 と 心から口にしてしまいました。
さて 4日 パパに連れられてきた孫ちゃん1に 着物を着せ 少々肌寒い日だったので
私のカシミヤのストールを二重に巻いて いざ出発です。
車で行こうよと言っても 電車で行くといいはり 小一時間かけて 府中まで行きました。
途中で 草履がなんども脱げても 愚痴も言わず 「靴に履き替えてもいいのよ」と言っても
「でも ばぁば 着物に靴は似合わないでしょ」と 根性見せていました。
もちろん 祝いの食事の時も エプロンを着せたものの 日頃と打って変わり お行儀よく 何一つこぼしたり 粗相もせず、
帰りも電車で帰ると言い 半日以上 着物で頑張りました。
帯は 兵児帯を蝶結びにしただけだったのもよかったのかもしれません。
帰り着いてから 一枚 家の中で 孫ちゃん1 ひとりだけの写真を撮ってあげました。
孫ちゃん1が 着物を着なければ もちろん 私は ここぞとばかりに 着物着たかったのですが、
介添えに徹して 自分が着るよりも 嬉しい楽しい一日になりました。
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