最近、わんこちゃんやにゃんこちゃんをお連れ下さるご家族の方々の
多くにみられる現象がある。この仕事をはじめて四半世紀になるが、
病気の内容と同じくご家族の様子も20数年前とは大きく様変わりしている。
世相を反映していることは間違いない。
「先生、わたしこの子がいないと生きていけません。何とかして下さい。」
心不全と腎不全を併せ持っている巨大なチワワを抱いたアラサーの女性
である。服装は質素な感じで髪や化粧をみてもどちらかというと地味目
だ。真面目にお仕事をし、趣味も彼氏もなく、お給料の多くをこの
わんちゃんに費やしているであろう事は、簡単に想像できる。
わんちゃん命のタイプだ。
舌の色が紫色、チアノーゼになっていて、呼吸がかなり苦しそうだ。
8歳の時に心臓が悪いことが発覚し、それ以後いろいろと手を変え品を買え
何とかここまで持ちこたえ現在12歳である。その間生活習慣の指導を強く
薦めたのだが、この方はそれにいっさい応えてはくれなかった。
この子が歩きたくないのでといっていつもだっこしていた。食べたい物は
何でも好きなだけ与えていた。特に好きだったのがわんちゃんのおやつの
定番であるササミジャーキーとアイスクリームである。
心不全と腎不全は治療が相反する。心臓の負担を軽くしたり、心不全に伴い
肺に水が溜まる肺水腫を防ぐために身体から利尿剤をつかって水を抜くこと
が治療の柱となる。
逆に腎不全は高窒素血症といって、血液が老廃物で汚れてしまうことで
吐き気や重度の倦怠感などかなり具合が悪くなる。治療は点滴で血液の汚れ
を洗い流してあげることである。人は血液透析があるが、動物の場合、透析
を行うとなるとその都度全身麻酔をかけなければならず、現実には
一般的治療にはなりにくいのである。
心臓の治療を行えば、腎不全の症状が悪化し身体全体が辛くなる。
腎臓の治療を行えば、肺に水が溜まって息が苦しくなる。究極のジレンマ
なのだ。
肺の音を聴診してみると、明らかに肺が水浸しになっている音がする。
心臓の雑音もかなりのものだ。
「呼吸がつらそうですよね。少しでも楽な状態にしてあげるには、酸素室に
入れてあげないと・・・・・。」
「それって入院ですか!いやです!わたしいやです!わたしこの子と離れたく
ありません!」
「入院するかしないかはまたご相談するとして、ひとまずこの子を酸素室に
いれてあげたいのですが、よろしいですか。」
「・・・・・・・。注射かなにかでよくなりませんか。」
「注射もおそらく必要です。でも注射だけで状態を良くすることは難しいと
思います。」
「どうしたら治るんですか。」
「治ることは難しいです。この状態を良くしてあげるということです。」
「いやです。治してほしいんです。この子が病気はいやなんです。」
完全にパニックに陥っている。
何度も繰り返し病態についてなされた説明を、理解できる知能は充分
お持ちであるはずの善良でやさしいこの女性を、精神学者や神経学者たち
はどう診断するであろう。
ペット依存症、コンパニオンアニマル依存症、動物依存症、僕はそう
診断する。
タイプは様々ではあるが、あらゆる世代でこの依存症に陥っている飼い主
の方が年々増えてきている。みなさん善良で真面目にお仕事をされている
方々だ。
ではなぜこのような現象が現れてきたのであろう。
ここで米国の心理学者マズローが提言した人間の5段階欲求についてお話
する必要がある。
人の欲求は5つの段階にわけられ、第1段階が安全の欲求である。食べ物や
飲み水があることや戦場でないことなど、生存するための最小限必要な欲求だ。
戦争難民はこの欲求を満たされていない。
第2段階は生活の欲求で、衣食住の安定欲求である。世界各国に存在する
スラム街に住んでいる多くの人はこの欲求を満たされていない。
第3段階は所属の欲求で、家族、友達、仲間を得るために、グループの
一員になる欲求である。引きこもりや登校拒否の子ども達はこの欲求を
満たされていない。
第4段階は承認の欲求で、地位、名誉、名声、お金、権力などの欲求である。
越えることが非常に困難なステージでもある。権力にしがみついているひと、
羨み、妬みの感情が強いひと達はこの欲求を満たされていない。
経営コンサルタントは経営者達に、従業員のモチベーションを上げるために
この欲求を刺激することを薦める。中学生や高校生まではこの欲求がその
ひとのステージを引き上げる大きなモチュベーションになることは確かであるが、
大人になってもこの欲求が強いひとが多いと、現代のような荒んだ世の中になってしまう。
第5段階は自己追求の欲求で、自分のポテンシャルを全て引き出したい欲求である。
芸術家、職人、アスリート、科学者、学者などがこの欲求を追い求めている。
実はマズローではない心理学者が第6段階を付け加えた。自己超越の欲求である。
自分のもてる力や愛情を全て他のために使いたいと感じられる人たちで、
マザー・テレサやマハトマ・ガンジーなどがそうである。
なぜマズローの前置きが必要であるかというと、先ほどの動物依存症に
陥っている方々の共通点と関連があるからである。
つまり動物依存症の方は、マズローの第3ステージもしくは第4ステージに
属する方なのだ。
第3ステージの方はご家族や職場に所属しているにもかかわらず、会話や
心の交流がないために、常に孤独を感じている。
例えば専業主婦でご年配のご婦人の場合、ご主人との会話や心の交流もなく、
お子様たちがすでに自立されていれば、かなりの孤独を感じていても
不思議なことではない。所属の欲求を満たすために、動物が所属の対象となるのだ。
わんちゃんはいつもおかあさんを慕ってしっぽを振って迎えてくれるし、暖かい温もりを
与えてくれる。その状態が数年も続けば依存症になるということだ。
第4ステージの方は、仕事において常に大きなストレスを感じていて、
家に帰ると動物から大きな癒しを与えてもらえる為、依存症になってしまう
パターンが多くみられる。
第5ステージを越えた人達は、相対評価をすることは究めて少ない。
ほぼ絶対評価で物事を判断する。つまり自己が確立しているため、何かに
または誰かに依存することはほとんどない。
第4ステージをクリアし、第5ステージに到達したものが、本当の成熟した大人であるといえる。
大人であるから判断と決断ができる。決断したことからぶれたりしないし、決断に対して
責任を取ることができる。正しく議論ができるので、建設的にものごとを進めていける。
何とか他人に責任を押しつけることもしない。
政治家や官僚の方々が第4ステージを突破された方々であることを切望する。
少なくともこのことを知っておいてほしいものだ。
先のジャイアントチワワに話しを戻す。
「僕もこの子が病気であったり、苦しむのはいやです。だからなんとか
してあげたいと心の底から思っています。もし僕になんとかさせてもらえる
なら、○○さんに少し我慢してもらいたいのです。」
「どんな我慢ですか。この子のためならどんな我慢もできます。」
「ありがとうございます。それでは数時間この子を酸素室に入れて様子を
みさせて下さい。数時間この子と離ればなれになってしまいますが、
我慢していただけますか?」
「わかりました。それくらいなら我慢できます。お願いします。」
大急ぎで注射を数本と処置を施し、酸素室にいれて経過観察。
それからこの方のカウンセリングを行いつつ、今晩は入院治療が必要なこと。
入院治療を施しても、状態が改善せぬまま死亡する可能性もあること。
もしこのまま連れて帰れば、呼吸が苦しいまま死亡してしまう可能性が究めて高いこと。
などを理解し納得し入院治療を判断し決断するところまでお付き合いする。
もちろん、それでも連れて帰りたいといった場合はお連れいただくのであるが、
あまりにも苦しむわんちゃんを見ていられなくて舞い戻ってくるケースがほとんどだ。
このチワワのケースは、落ち着きを取り戻した飼い主さんが、入院治療に同意してくれた
お蔭で、なんとかクリアすることができた。
動物の治療を成功させるために、動物と一緒に暮らす人達のメンタルをケアーすることが
必要な時代となってしまった。
多くにみられる現象がある。この仕事をはじめて四半世紀になるが、
病気の内容と同じくご家族の様子も20数年前とは大きく様変わりしている。
世相を反映していることは間違いない。
「先生、わたしこの子がいないと生きていけません。何とかして下さい。」
心不全と腎不全を併せ持っている巨大なチワワを抱いたアラサーの女性
である。服装は質素な感じで髪や化粧をみてもどちらかというと地味目
だ。真面目にお仕事をし、趣味も彼氏もなく、お給料の多くをこの
わんちゃんに費やしているであろう事は、簡単に想像できる。
わんちゃん命のタイプだ。
舌の色が紫色、チアノーゼになっていて、呼吸がかなり苦しそうだ。
8歳の時に心臓が悪いことが発覚し、それ以後いろいろと手を変え品を買え
何とかここまで持ちこたえ現在12歳である。その間生活習慣の指導を強く
薦めたのだが、この方はそれにいっさい応えてはくれなかった。
この子が歩きたくないのでといっていつもだっこしていた。食べたい物は
何でも好きなだけ与えていた。特に好きだったのがわんちゃんのおやつの
定番であるササミジャーキーとアイスクリームである。
心不全と腎不全は治療が相反する。心臓の負担を軽くしたり、心不全に伴い
肺に水が溜まる肺水腫を防ぐために身体から利尿剤をつかって水を抜くこと
が治療の柱となる。
逆に腎不全は高窒素血症といって、血液が老廃物で汚れてしまうことで
吐き気や重度の倦怠感などかなり具合が悪くなる。治療は点滴で血液の汚れ
を洗い流してあげることである。人は血液透析があるが、動物の場合、透析
を行うとなるとその都度全身麻酔をかけなければならず、現実には
一般的治療にはなりにくいのである。
心臓の治療を行えば、腎不全の症状が悪化し身体全体が辛くなる。
腎臓の治療を行えば、肺に水が溜まって息が苦しくなる。究極のジレンマ
なのだ。
肺の音を聴診してみると、明らかに肺が水浸しになっている音がする。
心臓の雑音もかなりのものだ。
「呼吸がつらそうですよね。少しでも楽な状態にしてあげるには、酸素室に
入れてあげないと・・・・・。」
「それって入院ですか!いやです!わたしいやです!わたしこの子と離れたく
ありません!」
「入院するかしないかはまたご相談するとして、ひとまずこの子を酸素室に
いれてあげたいのですが、よろしいですか。」
「・・・・・・・。注射かなにかでよくなりませんか。」
「注射もおそらく必要です。でも注射だけで状態を良くすることは難しいと
思います。」
「どうしたら治るんですか。」
「治ることは難しいです。この状態を良くしてあげるということです。」
「いやです。治してほしいんです。この子が病気はいやなんです。」
完全にパニックに陥っている。
何度も繰り返し病態についてなされた説明を、理解できる知能は充分
お持ちであるはずの善良でやさしいこの女性を、精神学者や神経学者たち
はどう診断するであろう。
ペット依存症、コンパニオンアニマル依存症、動物依存症、僕はそう
診断する。
タイプは様々ではあるが、あらゆる世代でこの依存症に陥っている飼い主
の方が年々増えてきている。みなさん善良で真面目にお仕事をされている
方々だ。
ではなぜこのような現象が現れてきたのであろう。
ここで米国の心理学者マズローが提言した人間の5段階欲求についてお話
する必要がある。
人の欲求は5つの段階にわけられ、第1段階が安全の欲求である。食べ物や
飲み水があることや戦場でないことなど、生存するための最小限必要な欲求だ。
戦争難民はこの欲求を満たされていない。
第2段階は生活の欲求で、衣食住の安定欲求である。世界各国に存在する
スラム街に住んでいる多くの人はこの欲求を満たされていない。
第3段階は所属の欲求で、家族、友達、仲間を得るために、グループの
一員になる欲求である。引きこもりや登校拒否の子ども達はこの欲求を
満たされていない。
第4段階は承認の欲求で、地位、名誉、名声、お金、権力などの欲求である。
越えることが非常に困難なステージでもある。権力にしがみついているひと、
羨み、妬みの感情が強いひと達はこの欲求を満たされていない。
経営コンサルタントは経営者達に、従業員のモチベーションを上げるために
この欲求を刺激することを薦める。中学生や高校生まではこの欲求がその
ひとのステージを引き上げる大きなモチュベーションになることは確かであるが、
大人になってもこの欲求が強いひとが多いと、現代のような荒んだ世の中になってしまう。
第5段階は自己追求の欲求で、自分のポテンシャルを全て引き出したい欲求である。
芸術家、職人、アスリート、科学者、学者などがこの欲求を追い求めている。
実はマズローではない心理学者が第6段階を付け加えた。自己超越の欲求である。
自分のもてる力や愛情を全て他のために使いたいと感じられる人たちで、
マザー・テレサやマハトマ・ガンジーなどがそうである。
なぜマズローの前置きが必要であるかというと、先ほどの動物依存症に
陥っている方々の共通点と関連があるからである。
つまり動物依存症の方は、マズローの第3ステージもしくは第4ステージに
属する方なのだ。
第3ステージの方はご家族や職場に所属しているにもかかわらず、会話や
心の交流がないために、常に孤独を感じている。
例えば専業主婦でご年配のご婦人の場合、ご主人との会話や心の交流もなく、
お子様たちがすでに自立されていれば、かなりの孤独を感じていても
不思議なことではない。所属の欲求を満たすために、動物が所属の対象となるのだ。
わんちゃんはいつもおかあさんを慕ってしっぽを振って迎えてくれるし、暖かい温もりを
与えてくれる。その状態が数年も続けば依存症になるということだ。
第4ステージの方は、仕事において常に大きなストレスを感じていて、
家に帰ると動物から大きな癒しを与えてもらえる為、依存症になってしまう
パターンが多くみられる。
第5ステージを越えた人達は、相対評価をすることは究めて少ない。
ほぼ絶対評価で物事を判断する。つまり自己が確立しているため、何かに
または誰かに依存することはほとんどない。
第4ステージをクリアし、第5ステージに到達したものが、本当の成熟した大人であるといえる。
大人であるから判断と決断ができる。決断したことからぶれたりしないし、決断に対して
責任を取ることができる。正しく議論ができるので、建設的にものごとを進めていける。
何とか他人に責任を押しつけることもしない。
政治家や官僚の方々が第4ステージを突破された方々であることを切望する。
少なくともこのことを知っておいてほしいものだ。
先のジャイアントチワワに話しを戻す。
「僕もこの子が病気であったり、苦しむのはいやです。だからなんとか
してあげたいと心の底から思っています。もし僕になんとかさせてもらえる
なら、○○さんに少し我慢してもらいたいのです。」
「どんな我慢ですか。この子のためならどんな我慢もできます。」
「ありがとうございます。それでは数時間この子を酸素室に入れて様子を
みさせて下さい。数時間この子と離ればなれになってしまいますが、
我慢していただけますか?」
「わかりました。それくらいなら我慢できます。お願いします。」
大急ぎで注射を数本と処置を施し、酸素室にいれて経過観察。
それからこの方のカウンセリングを行いつつ、今晩は入院治療が必要なこと。
入院治療を施しても、状態が改善せぬまま死亡する可能性もあること。
もしこのまま連れて帰れば、呼吸が苦しいまま死亡してしまう可能性が究めて高いこと。
などを理解し納得し入院治療を判断し決断するところまでお付き合いする。
もちろん、それでも連れて帰りたいといった場合はお連れいただくのであるが、
あまりにも苦しむわんちゃんを見ていられなくて舞い戻ってくるケースがほとんどだ。
このチワワのケースは、落ち着きを取り戻した飼い主さんが、入院治療に同意してくれた
お蔭で、なんとかクリアすることができた。
動物の治療を成功させるために、動物と一緒に暮らす人達のメンタルをケアーすることが
必要な時代となってしまった。