映画雑感

シネマテークたかさき   
  高崎映画祭事務局 より

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映画に護られて

2010年03月27日 | 日記
久しぶりの更新。

あと6時間で第24回高崎映画祭が開幕する。
毎年のことではあるが、開幕を迎えるまでの道のりの、
何と長いことか。
今年は常見事務局長が病のため入院したことで、
いつもとはかたちを変えた開幕となる。
(常見事務局長は本日退院することになった。
 常見さん、おめでとう!)

茂木さんのことも含め、
いつもそこにいた人がいない中での開幕は、
高崎映画祭そのものには定型がなく、
常にかたちを変えながら歴史を刻んできたという事実を
嫌でも浮き彫りにする。
映画作品の内容、映画を閉じ込めるメディア、そして映画を作る人たち、
映画を上映する僕ら、僕らを応援していただいている協賛団体の皆さま、
そして映画祭に集うお客様、
そのすべてが変わり続けてきた24年なんだろうと思う。

そして。
映画というジャンル、ただそれだけが変わらずにそこにある。
それがたぶん、真実だ。

失われつつあるこの映画というジャンルの灯を消さないよう…などと、
まるでその庇護者のように言われる僕ら映画祭スタッフであるが、
開幕を前にことさらに思うのは、
護られているのは映画ではなく、僕ら自身であるということだ。
たぶん、そのことに気づいている人は、それほど多くないのが現状だと思う。
もっと多くの人が気づいていれば、
いま映画は、もう少し彩りを帯びているはずだから。

また映画に護られながらの映画祭がはじまる。
お客様も、僕らスタッフも、
この映画祭での体験と、その経験に護られながら、
変化しつつも生き抜く強かさとともに、
これからの人生を歩くことになる。

一本の映画との出会いを大切に。

皆さまにいい出逢いがあることを祈って。
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『ブラス!』

2010年02月03日 | 日記
 京都・四条河原町の阪急百貨店閉店のニュースに驚かされたその日、めずらしく車内の整理をしていたら、「2/11 茂木さん」と表書きされたMDを見つけた。カーステレオでかけてみたら、12年前の"mogi.com"(かつて、ラジオ高崎で放送されていた茂木代表のレギュラーコーナー)だった。放送内容は第12回高崎映画祭開幕時のもので、意気込みを語る茂木さんの声がぴんぴんと張っていた。

 ちょうど1年前の「2/11」、僕らは茂木さんのお別れ会の会場でこのMDを流したのだ。茂木さんはこの放送の中で、第12回高崎映画祭を「挫折と再生の映画祭」だと紹介していた。当時は1998年の世紀末。時代が呼んだのか、はたまた求めたのか、第12回高崎映画祭は「挫折と再生」をテーマとした多くの映画が上映された。

 放送の中でうちの代表が「挫折と再生」の映画祭の象徴としてピックアップしていたのが『ブラス!』だった。『ブラス!』は先日僕らの劇場でも上映した『縞模様のパジャマの少年』のマーク・ハーマン監督作品で、当時、都内を中心にスマッシュヒットを記録したミニシアター史に残る傑作である。映画は、閉鎖目前となったイギリスの炭鉱町を舞台に、この街に根付いて活動してきた炭鉱夫たちの楽団・グリムリー・コリアリー・バンドの「挫折と再生」を描いている。劇中、楽団の華・グロリアがはじめて楽団に加わるときに演奏される「アランフェス協奏曲」や、コンクールの決勝の舞台での「ウィリアムテル序曲」、閉鎖が決まった故郷への帰路で奏でられる「威風堂々」の旋律が、シーン毎の感情の高鳴りとセットになって、僕の耳に焼きついている。今になってみれば、なんとそのテーマが映画や映画館、そして映画祭の現在形と重なることかと思う。残念ながら『ブラス!』上映当時の上映施設の多くが、今やもう目にすることができなくなってしまった。高崎でも東映、松竹電気館、東宝、オリオン座が消えた。十二支が一回りし、よもや僕らがそういった劇場の後を受けて劇場経営を行い、代表亡き後の映画祭運営を行っているとは思ってもみなかった。

 さて、いよいよ2月に入った。毎年恒例の高崎映画祭の開幕が来月に迫る。映画祭そのものが「恒例」行事としてあり続けてきた一方で、運営に携わる僕らにとってのそのような意識は、実はほとんどない。「映画館」の「挫折」は数あれど、「再生」への道程はほとんど示されていない現状で、「映画祭」が恒例であるとはどうしても言うことができないのだ。ましてや高崎映画祭は、行政(高崎市・群馬県)のほか、協賛企業・団体、後援団体、マスコミ各社、映画会社、芸能プロダクション、そして何よりお客様の多大なご支援あってこその、ボランティア運営の映画祭である。多くの皆様のお力で支えられている以上、自然に巡り巡ってくるという意味での「恒例」という意識にはなれない。代表亡き後、まさに1年1年が勝負であることを(映画祭が「恒例」ではないことを)、僕らはそういった多くの方々とのかかわりの中で強く実感している。

 冒頭で書いた"その日"の日付、それは先般の1/28だ。僕が偶然、例のMDを見つけたまさにその日、『ブラス!』を配給したシネカノン倒産のニュースが報じられた。かねてより不振を耳にしてはいたが、残念なことにやはりここでも映画にまつわる「再生」を目にすることはできなかった。『ブラス!』のラストで演奏される「威風堂々」のあの旋律を、作曲したエルガーの故郷・イギリスでは「希望と栄光の国」と呼ぶという。高崎映画祭、そしてシネマテークたかさきがずっとお世話になってきたシネカノンに、今僕はグリムリー・コリアリー・バンドが奏でる「威風堂々」を捧げたい思いでいっぱいだ。さて明日、第24回高崎映画祭の公式ポスターデザイン案が届けられることになっている。アートディレクターの長島さんに今年も感謝。言いようのない悔しさと「今年が最後」という思いを胸に、また今年も映画祭に臨むことになる。
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「邦画」の外へ

2010年01月30日 | 日記
 今年の高崎映画祭受賞者の一覧を眺めた時に一際目を引くのは、「外国人でありながら」最優秀主演女優賞に輝いたペ・ドゥナさんではないだろうか。第8回高崎映画祭で『月はどっちに出ている』のルビー・モレノさんが最優秀助演女優賞を受賞して以来、外国人俳優の高崎映画祭での受賞は2度目となる。しかも当時のモレノさんは活動の軸足を日本に置いていた訳だから、主に外国で活躍されている俳優さんの受賞は今回がはじめてとなる。このことについては僕の周囲からも「外国の俳優さんにも賞を出すことがあるんだね」といった声が数件あがった。実際、高崎映画祭の各賞は日本人が対象であるという何となくの思い込みがスタッフの中にもあったし、同じことがお客様の中にもあったのかもしれない。

 ペ・ドゥナさんに限らず、台湾からリー・ピンビンさんが撮影に参加したことも含めて、『空気人形』は純粋な意味での「邦画」枠の外側に位置する作品となった。僕はこの映画のこの位置取りが好きだ。こういう曖昧な位置に立つ映画がどんどん生まれればいいと思うし、「邦画」の定義の輪郭がもっとぼんやりしたものになればいいとさえ思っている。もちろん、「邦画」であることをもっと追求した映画が生まれたっていい。しかし、その一方で、純日本的な服を脱ぎ捨てた映画づくり、たとえば日本の映画人によるアジアの一員としての映画製作が、ある程度のボリュームで行われるべきなんだろうと思う。

 他の産業を見渡しても、アジアを「圏外」と見なして経済活動を行っている企業はいまや珍しくなってきた。よりいいものを生み出すために、より強かに生き抜くために、各産業がアジアと連携していく動きはこれからも強くなっていくだろうし、映画産業はそんな各国間の架け橋となっていく可能性を秘めていると思う。たとえば韓国では隠れ失業者と最賃以下で働く労働者の割合が人口の10%に達していると言われているし、台湾では日本以上の少子化が年々クローズアップされている。そこに日本と同様の社会病理があるならば、共感しあえる映画は生まれてしかるべきだし、そんな映画が生まれてこなければ映画の未来を語ることはできないとも思う。

 これからも、アジアを内側にとらえた『空気人形』のような日本発の映画が生まれてくれることを願っている。第24回高崎映画祭は、そんな是枝監督とスタッフ、キャストの皆さんの"挑戦"に最優秀作品賞を贈らせていただいた。ただ、それは是枝監督にとって"挑戦"などではなく、"空気"が風となって世界を駆け巡るような、そんな極々自然な試みだったのかもしれない。『空気人形』を観終わった直後の僕が、「素晴らしい!」の声を自然に発したのと同様に。そんな作り手側の自然な試みと観客の自然な思いが、いまだもってこの国が隣国とのあいだで抱える"わだかまり"さえも溶かしていくとすれば、どんなに素晴らしいことだろうか。

 あれは、先日の当館舞台挨拶のとき。「今回の(海外のスタッフ・キャストとの)仕事で、新しい世界が見えちゃったんじゃないですか?」という僕の何気ない問いかけに、間髪を容れず「それはあるね」と答えてくれた是枝監督の声に何のためらいも感じられなかったことが、僕には嬉しかった。
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「食」

2010年01月25日 | 日記
 人間とはつくづく「不完全」な存在だと思う。毎日毎日食事をし、栄養なるものを摂り続けなければならないのだから。食欲が本能として人の日常のあり方に深くかかわっているのは、その不完全さをなるべくすみやかに補うために仕組まれた「神の仕業」か。そして人間は長い時間をかけ、そんな本能としての「食」に文化的な意味を付与してきたのだけれど、食べ物であふれかえったこの国で、今やその「神の仕業」が脅かされていることに気づいている人は少なくない。また「食」のあり方については、特に食育の観点から、独りで食事を摂ることの是非が論じられる機会も多い。現在上映中の『eatrip』というドキュメンタリー映画が生まれてきた理由もおそらくはそのあたりにある。『eatrip』は「食」という所作と文化、それを支える背景や精神について、多面的かつ挑戦的な探りを入れている。「人に良い」と書く「食」。『eatrip』は良き「食」に含まれる意味の奥行きをまざまざと見せつけてくれる体験的映画だ。
 
 生物学者である青学大の福岡伸一教授は、昨年話題になった著書『世界は分けてもわからない』の中で、「飽食」について記している。飢餓に適応するようにつくられている人間は飽食に耐えられない。結果として飽食は糖尿病を招いた、と。『eatrip』全体を貫く「食」についての考察は、こうしたシンプルさを欠いた現代の「食」に対し「あるべき姿」としてのスタイルを提示している。決してそこには断定的要素は含まれていないが、飽食が人間の「不完全さ」を満たすものではないことをあきらかに示唆している。

 そういえば、先日高崎映画祭の協賛企業としてお世話になっている(株)レストランスワンのS専務と久しぶりにお会いしたときも「食」の話題になった。お話の中で印象的だったのは、専務が食育について真剣に考えざるを得ない時代になったとおっしゃっていたことだ。酸味、苦味、甘味、辛味、鹹味(かんみ=塩味)のことをよく「五味」というが、本来であれば3歳までに確かな経験として身につけなければならない本来の「五味」の感覚が飽食によって蔑ろにされているのだという。こうした危機感はレベルの違いこそはあれ、誰もが抱きながら生かされているというのが、このご時世の本当のところではないか。豊かさの基準がわからなくなっている、まさにそんな世の中だ。

 本作の中では、茶人・千宗屋氏が浅野忠信さんを茶室でもてなすシーンがある。千氏は言う、「天地自然すべての恵みに人は、生かされている。茶事とは、そうしたことへの敬意を亭主と客人とのあいだで確認し合う儀式」だと。「茶」絡みで言えば、岡倉天心の名著『茶の本』ではこう述べられている。「茶道の要義は"不完全なもの"を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企て」だと。「食」と「人生」は「不完全な」人間が天地自然のすべての恵みを追い求める旅(=eatrip)として説明がつくのだとしたら、その行為そのものを「業(ごう)」と決めつけてしまってはいかにも芸がない。僕も妻に勧められるがままに、ここ3~4年は玄米食を続けているのだが、この映画と出会ったことで、米一粒一粒に吹き込まれた目に見えぬその力に、あらためての敬意を抱くことになった。こんな欠陥だらけで「不完全な」僕の、そのからだの一部となってくれることに対して。
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"ジム・ジャームッシュ"という存在

2010年01月15日 | 日記
 映画を観続けてきた人それぞれにとって、ジム・ジャームッシュとはカリスマであり、やっかいな存在でもあるのではないか。僕にとっての"初・ジャームッシュ体験"は19歳のときで、『パーマネント・バケーション』と『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の2本連チャンのビデオ観賞だった。印象としてはまさに"やっかいな"映画に出会ったという感じ。そのとき得た感覚を心のどこかしかるべきに場所に整理しようと思っても、当時の僕はそんな"棚"も"引き出し"も持ち合わせてはいなかった。ただし、にもかかわらず感じてしまった何とも言えぬ心地の良さを今でも忘れることができない。なぜならジャームッシュは、映画を観るということに必要以上にヒートアップしていたこの頃の僕を、見事"適温"まで冷やしてくれたからだ。う~ん・・・、このことは本当に忘れられない記憶だ。

 肺尖を病んでいつも微熱気味の梶井基次郎が、京都・寺町通りの果物屋で買った"檸檬"の冷たさを「快いもの」と書いたように、当時のジャームッシュ作品(特に『ストレンジャー・ザン・パラダイス』)は僕にとってのまさに"檸檬"だった。ジャームッシュ作品の冷たさは、僕から映画を観ることへ熱狂を奪い、同時に目の前に広がる現実がモノクロであることに気付かせてくれた感がある(当時、日本は「失われた10年」の入口にあった)。冷えた檸檬は、映画を見続けていくという当時の僕のあやふやな決意の上に仕掛けられた"爆弾"だったのだ。ただ、それはきっと僕だけに当てはまることではなかったと思う。ジャームッシュはデビュー当時の80年代、ハリウッド全盛の映画界と現実世界との溝にすでに檸檬爆弾を仕掛けていた。以降、映画の観客は、嫌でも目に入ってくるレモンイエローの塊から伝わる冷気を感じずにはいられなくなってしまったのだ。

 さて、そんなジャームッシュの新作『リミッツ・オブ・コントロール』が上映中である。この作品の放つ匂いは、僕にそんな当時のことを思い起こさせてくれた。"子供だまし"的な興行戦略が横行している映画界の熱気に、ほとほと気だるさを感じている僕にとって、『リミッツ・オブ・コントロール』の冷たさは実に「快かった」。恐ろしいまでに筋書きに熱がない。しかしながら熱を持たないままかというと決してそうではなく、映画の終わり間際、「想像力」によって"導火線"に火がつけられるのだ・・・。

 現代風に言えばこの映画は「200Q」年にリトルピープルがこしらえた「空気映画」と言えるかもしれない。この映画の空に月が2つ浮かんでいても、おかしくはない。ともかく、映画の中に何が仕掛けられているかは、あなたの眼で確認してもらうしかない。
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