
ケビン・ベーコンの共演者、そのまた共演者、そのまた・・・と辿ると、およそ6次で全世界の俳優が網羅される。このときの"6"を「ベーコン指数」という。きっとご存知の方も多いだろう。これは社会心理学で言うところの「スモール・ワールド現象」に由来している。友だちの友だちの友だち・・・と辿ると、世界中の人びとは6次の隔たりだけで網羅されるという、いわゆる「世界は狭い」という理論だ。この理論はmixiなどのSNSのベースになっている。
だけど、網目のように「狭い」間隔で人と人とが結ばれた社会で、なぜこうもそこからこぼれ落ちてしまうこと(人)が後を絶たないのだろう。日々の報道に耳を傾けていると、高度にネットワーク化された社会のはずなのに・・・、と思わされることがあまりにも多い。今年、日韓を代表する映画作家2人が、まさに眼をつけたのはそのあたりではないかと思う。是枝裕和監督の『空気人形』とポン・ジュノ監督の『母なる証明』は、互いに共鳴しあっているように、僕には感じられる。
「弱い紐帯の強み」という言葉がある。高度なネットワーク情報社会では肉親のような強いつながりよりも、弱いつながりの人から得た情報の方が逆に強い。つまり、よく知る人よりも、顔の見えない誰かの方が思いもよらない価値ある情報を届けてくれるという理論だ。なるほど、確かにそうなのかもしれない。ただし、そういった見えない関係で結ばれたネットワークには、必ずや落とし穴もある。
どうやら僕らは人と人との関係をネットワークの理論で語りすぎているんじゃないだろうか。人と人はケーブルで繋がっているんじゃないのに。まるでそれぞれに、IPアドレスが埋め込まれているように語られることが少なくない。そもそも人と人は、つながっていなければいけない訳じゃないし、弱い紐で網目のように結ばれた社会がすばらしいなんて思っちゃいけない。『空気人形』と『母なる証明』はそれぞれに別のアプローチをかけてはいるけれど、それぞれがそんなネットワーク社会へのアンチテーゼとして屹立している。本年の邦画と洋画を代表する作品である。この2作品が同時期に発表されたことに、僕はどうしても因縁を感じてしまう。そして今月、2009年の締めくくりに同じタイミングでこの2作品を上映できる喜びを、映画ファンのひとりとしてこの上もなく感じている。
※是枝裕和監督舞台挨拶はあさって13日・日曜日(要予約)。









