アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

『私のプリンス・エドワード』で思い出したこと

2023-05-21 | 香港映画

5月19日(金)から公開された香港映画『私のプリンス・エドワード』こちらでもご紹介したので、この土・日に見に行って下さった方もいらっしゃると思います。地下鉄の太子駅(プリンス・エドワード)付近が舞台で、駅の南詰にあるビル金都中心(ゴールデン・プラザ)の地下にある結婚衣装店で働くフォンこと張莉芳(ステフィー・タン)と、同じく地下にウェディング・フォト専門店を構えるエドワードこと殷俊榮(ジュー・パクホン)のカップルが主人公です。このカップルはゴールデン・プラザの上階にある部屋で同棲していて、エドワードの母(バウ・ヘイチン)はこの部屋を大家さんから買い取り、二人が結婚した暁にはここにずっと住んでもらおうと考えています。いかにも香港人のおせっかいなお母さん、という感じで、一人息子についあれこれ干渉してしまう母親に対し、フォンは遠慮もあって面と向かっては意見を言えないことがのちのちのトラブルの元となります。

©2019 MY PRINCE EDWARD PRODUCTION LIMITED. All Rights Reserved.

実はもう一つ、フォンはトラブル案件を抱えていました。実はフォンが働いている結婚衣装店は、高校時代の親友アイー(香港電影金像奨の主題歌賞を受賞した歌手のイーマン・ラム)の母がオーナーで、アイーも一緒に働いているのですが、この二人は10年前、報酬につられて中国大陸の男性と偽装結婚をしたことがあるのです。「香港居民」の資格が取れれば香港のパスポートが取得できるため、香港女性と結婚したことにする偽装結婚が横行し、ブローカーが相手の香港女性を探していたので、「数年経つと向こうが離婚手続きをする」という話を信じてお金をもらい、戸籍を渡したのでした。今回、エドワードとの結婚がにわかに具体化しそうになり、フォンが調べてみるとまだ離婚手続きがなされていないことがわかりました。アイーの方はとっくに離婚が成立していたので、何か手違いがあったようです。何とか相手と連絡を取って離婚してもらわなくちゃ、とあせるフォンでしたが、相手の連絡先もわかりません。それなのに、エドワードはフォンには黙ってサプライズで婚約式を敢行してしまいます...。

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何と軽はずみな! と見ている方もフォンの偽装結婚にあきれるのですが、その後事態は二転三転して、観客もハラハラドキドキすることになります。一つウソをつくと、それを糊塗するためにまた次のウソをつかねばならず...と、中国の公安まで相手にしてウソをつく羽目になるフォン。実に巧みな脚本で、観客をあっちに引っ張り、こっちに引っ張りしてくれます。携帯電話やペットショップの亀とその餌入れといった小道具も効果的に使われ、新人監督ノリス・ウォンの長編劇映画デビュー作とはちょっと信じられないほど。脚本も彼女自身で書いています。香港電影金像奨の新人監督賞と共に、香港電影評論学会賞では脚本賞も受賞しています。まだ36歳なので、これからが楽しみですね。

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ちょっと悲しかったのは、字幕翻訳者が木村佳名子さんだったこと。中国語や広東語の字幕翻訳をしていらした方なのですが、2021年に亡くなってしまわれたのです。まだお若かったのに...。一度、手がけられた作品の中にインド関係の言葉が出てきたとかでお問い合わせがあり、お答えしたら、とても丁寧な御礼のお言葉とお品をいただいたことがありました。その後、ほんの2,3回お話しただけですが、今回スクリーンでお名前を見て、胸を突かれました。広東語と中国語のセリフ処理にちょっと苦戦しておられるように感じた字幕もあるので、体調があまりよくなかった時に2020年の大阪アジアン映画祭の字幕として引き受けられたのかも知れません。中国語圏の言語が専門の方で字幕のできる方はまだあまり多くないので、早世なさったのは本当に残念です。

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ところでプリンス・エドワード、つまり太子あたりは、私が1993年に4ヶ月ほど香港に住んでいた時、格好の散歩道でした。滞在していたのは油麻地駅に近いYWCAで、休日にはそこより北に向けて歩き、散歩して昼ご飯を食べることが多かったので、界限街(バウンダリー・ストリート)以南はあちこち歩きました。界限街はかつてイギリスが中国から九龍半島南部を割譲させた時、その境界線が引かれた所で、現在の九龍地区と新界地区の境界線はもう少し北になります。油麻地駅と界限街の間には旺角駅と太子駅があるのですが、太子駅と界限街の間には花墟道という通りがあって、そのあたりには花屋さんがいっぱい集まっているのです。切り花もあれば鉢物もあって、お店がずらーっと並んでいる様は壮観でした。そのほか、旺角駅近くには金魚をビニール袋に入れて吊るし、売っている店が続いたりして、歩いていて退屈しない一角でした。

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もう一つ思い出したのは、金都のすぐ近くにあるホテル京港酒店に2回ほど泊まったことがあるのですが、ここからは大陸直通バスが出ていたため、中国大陸からの旅行者がよく泊まっていたのでした。京港酒店は今は維景酒店と名前を変えたようですが、この映画の中で中国の福州に行くバスに金都の前から乗るシーンを見て、今もあのあたりから直通バスが出ているのだな、と思ったりしました。香港と中国の関係は、1997年の香港側から言うと「返還」、中国側から言うと「回帰」以来、毎年刻々と変わってきていて、この先どうなるのか見通せないところがあります。こうなっては中国化一直線、という見方が大勢を占めるとは思いますが、まだまだ紆余曲折がありそうな...。そんなことも考えさせてくれた、『私のプリンス・エドワード』でした。香港に関心のある方は、ぜひご覧になることをお勧めします。最後に、先日貼り付けた予告編は今回の2本、『私のプリンス・エドワード』『縁路はるばる』の込み込み予告編だったので、香港版ですが『私のプリンス・エドワード』の単独予告編を付けておきます。

OAFF2020『私のプリンス・エドワード/ My Prince Edward / [金都]』予告編 Trailer

 


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