世界をスケッチ旅行してまわりたい絵描きの卵の備忘録と雑記
魔法の絨毯 -美術館めぐりとスケッチ旅行-
ストーリーと芸術
私の亡き友人はグッド・ピアニストだった。
私たちが散歩した川原で、彼はよく歌を口ずさんだ。もう随分と親しくなった頃には、音楽は父親の呪いだと嘆いていた彼が、本当は音楽を愛していたことが、容易に見て取れるようになった。
川辺を歩くときには、穂ススキや猫ジャラシを手折って、それを機嫌よく振りながら、また川端に腰かけるときには、軽快に足拍子を取りながら、彼は70年代のポップスや、私の知らないが懐かしい、詩情あふれる美しい歌を、冴え冴えとしたテナーで歌った。彼の声は高いほうだった。
彼の歌声は実に心地好かった。この上なく美しい旋律に耳を傾け、彼が歌いやむのを待って、私は尋ねる。
「それはなんの曲?」
「シューベルトのピアノ・ソナタ13番だよ」
……その曲を知らなかった私は、その日以来、一日中ラジオを流して、その曲を探し続けたっけ。
いつしか彼の歌は、哀愁を帯びた切ない曲調へと移ってゆく。
「それもシューベルト?」
「いや、今のは僕が勝手に作った曲」
「わあ! もう一度歌ってみて」
「何を? 何だっけ、もう忘れてしまったよ」
そうやって、彼は幾つもの曲を即興で歌い捨てた。それらは五線譜に書きとめられることもなく、世界中でたった一人、私の心を震わせたきり、そのまま風のまにまに消えていった。
To be continued...
画像は、ドービニー「川岸」。
シャルル=フランソワ・ドービニー(Charles-Francois Daubigny, 1817-1878, French)
Next
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 女ともだち(続) | ストーリーと... » |