ギリシャ神話あれこれ:ヘクトルの死(続々々々)

 
 アキレウスはヘクトルの両脚の踵から踝にかけて穴をうがち、そこに皮帯を通す。この皮帯は、かつてヘクトルが大アイアスとの一騎打ちの後に、剣と交換に大アイアスから譲り受け、以来身に着けていたものだった。
 アキレウスは皮帯に繋がれたヘクトルの亡骸を戦車の後ろに括りつけると、剥ぎ取った武具を積み込んで戦車に乗り、2頭の神馬に鞭を振るって走り去る。
 戦車に曳かれるヘクトルの亡骸は土埃を巻き上げ、その黒髪はバラバラに乱れて、秀麗な姿は砂塵にまみれる。こうしてアキレウスはヘクトルの屍を曳きずって平原を疾駆し、船陣へと凱旋する。
 ……憐れ、ヘクトル。
 
 城壁の上から一部始終を見守っていた父王プリアモスと母ヘカベは、半狂乱で泣き叫ぶ。トロイアの町じゅうが、痛ましいヘクトルを悼んで激しく嘆く。ああ、大いなる誇りを失ってしまった!
 老王は、遮る人々を押しのけながら嘆願する。あの無法なアキレウスに息子の亡骸を返すよう頼みに、単身ギリシア船団へ行くのを、どうか引き止めてくれるな、と。

 ヘクトルの妻アンドロマケは、このとき館の奥で、やがて戦場から帰る夫のために湯浴みの用意をしていた。が、城壁から聞こえてくる慟哭を耳にするや、激しい胸騒ぎに駆られて、狂ったように城壁の櫓に飛び出す。
 そして、死んだ夫が城壁前を敵陣へと曳きずられてゆく、容赦ない情景を眼にした刹那、気を失ってその場に倒れた。

 やがて正気を取り戻したアンドロマケは、ワッと泣き伏す。優しかった尊いあなた。私たちは生まれてなどこなければよかった。私たちの坊やはあんなにまだ幼いというのに、生き残ってもずっと不幸が付きまとう。と。

 To be continued...

 画像は、クール「叡知の賞をネストルに与えるアキレウス」。
  ジョセフ=デジレ・クール(Joseph-Desire Court, 1797-1865, French)

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