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la grande ines




イネス・ザ・グレート。


イネス・ドゥ・ラ・フレサンジュは、80年代を風靡したファッションモデルである。

当時、ファッション・アイコンとしての彼女の持ち上げられ方はすさまじかった。

貴族階級出身であることが大きなプラスとなり、そのライフスタイルはあちこちの雑誌で取り上げられ、シャネルのカールに口出したり、自分のブランドを立ち上げたり、とにかく「パリジェンヌここにあり」という感じだったのだ。

わたしは彼女の濃さが好みではなく(同世代で言えば断然キャロル・ブケの容姿が好きだ)、80年代シャネルのくどい着こなしも極東の高校生には役立ちそうになかったので(わたしは母のシャネルのワンピースのベルトを抜いてローウエストにして着たりする高校生ではあった)、なぜそんなに人気があるのか解せなかったものだ。


...



彼女が本を出版した。と耳に入ったのはTVがなんとなくついていたからである。
"Parisian Chic - a style guide by Ines de la Fressange"

長身に黒い短髪。
白いタンクトップにネイビーのブレザーの袖をまくり上げ、クロップドのホワイトジーンズに黒のバレエシューズ。
一粒のダイヤモンドのネックレス、細いブレスレット。
化粧気、ほとんどなし。
50代。
普遍的パリのシック。「いき」の構造。
九鬼先生が語る「縦縞(たてじま)」を体現したようなイネス。「垢抜けして(諦)、張りのある(意気地)、色っぽさ(媚態)」(九鬼周造「「いき」の構造」)。
例えば君島十和子さんら、あの系統の徹底的に作り込んだ感じとは180度違う雰囲気。


80年代と全く変わらぬ姿の彼女は婉然と微笑みながら、世界中のおしゃれな女どもが知りたがっている「パリジャンのシックDNA(<曰く、後天的なのだそう)」の秘密をあかした本の宣伝をしていた。


わたしは偉大なるイネスに何個突っ込めるか数えながら本屋に走った。


...



パリジャン(パリジェンヌ)のシックは

紺ブレ
トレンチコート
タンクトップ
紺色のVネックセーター
ジーンズ
革ジャン
リトルブラックドレス

の7つのエレメントでできていると80年代にも何度も何度も聞かされた。全く同じことがこの本にも記述されている。

プラス、
優れたアクセサリー
キーとなるハンドバッグ
コンバースのスニーカー
バレエシューズ
ボーダーのTシャツ
などなど。


本文中に挿入されている映画のワンシーンのような写真を検討するまでもなく、わたしはこれらの服装をまとめあげたらスーパーシックで、かっこよく、かつセクシーで、普遍的に美しい、ということを喜んで認めよう。

が、現実を見よう。皆が皆こういう格好をしてかっこいいわけではない。


例えば身長が180センチ近くあり、手足がシャンゼリゼ通りのように長いモデル体型ならばこういう普通の服装で十分に美しい。と言うか、何を着てもカッコいいわけでしょ?
また、モデル体型でなくとも、ある種の骨格や雰囲気を持っていれば、こういう服装はアレンジ次第で十分に美しく見える。

難しいのは身長が180センチもなく、またパリジャンの骨格や髪や肌の色を持っていず、雰囲気のかけらもない女はどうやってシックに装えばいいのか、という問題に答えることではないのか。
イネスは、シックは一種類ではない、自分を知ることだと言い逃れするだろうか。
でも、ドラえもんやオバQのような体型だからこそ、上記のエレメントのような「これさえ揃えたら必ずシック」というフォーミュラが切実に必要なんだよ。あなたにわかるだろうか、イネスよ。

イネスよ、九鬼先生も言っている。「しかし横縞そのものが縦縞より「いき」であるのではない。全身の基体においてすでに「いき」の特徴をもった人間が、横縞に背景を提供するときに初めて、横縞が特に「いき」となるのである」。

つまり、ボーイズのたっぷりしたチノパンのウエストをベルトで無造作にしばり、素足にローファーを合わせてなおかつシックであか抜けて見えるのは、チノパンローファーがシックだからではない。全体が(すでに体型がよかったりして)「シック」な特徴を持っているから、チノパンローファーが背景を提供する時に始めてチノパンローファーがシックになるのだ...

だからパリジャンのシックとは、この本の90パーセントの構成が述べるように、何を、どの店で揃えて、どう着るか、ということではない。わたしに言わせれば、フランス語のシステムとか(すなわちそれを話す人間の思考システムである)、パリの街の隅々と全体の雰囲気とか、「洋服」が似合う生まれつきの体型とか、おしゃれでリッチで教養ある両親がいるとか、文化資本的なそういうことなのだ!



今までスタイル抜群なモデルを前提としたスタイルブックというのは多く書かれた。
でも残念なことに、体型のバランスがいまひとつで、ジーンズにコンバースや、チノパンにローファーで歩いたら子どもと間違えられたり、体型の欠点が強調されてしまったり、貧相に見えてしまうような体型の女は、シックになるためにはどういう服装をすればいいのかという本が書かれたことがないというのは実に不思議だ。
君島十和子さん系のファッション/スタイルはこの、体型いまいち女への、解答のひとつである、という点でもっと評価されてもいいのかもしれない。


イネスの本はシックとは何か、あか抜けるとはどういうことかを考える参考にはなる。トピックの中にはわたしも激しく同意する項目もある(例えばドレスにショールを合わせるのは超ダサイとか)。
だけど、絵に描いた餅でしかない。
絵に描いた餅は手が届かないだけに余計うらやましい。

足をとられないように読み進んでも、パリのど真ん中に750平米のアパートを持ちながら「パリの家は狭いのよ」とか、化粧のやり過ぎをいさめながら「スーパーモデルでさえ素顔の方が美しい」(いや、スーパーモデル「だから」素顔の方が美しいのでしょうが)とか、あなたに言われたないわ、と微笑を禁じ得ない本なのである。



イネスに会う機会があったら、寝間着にしてくったりさせた結城紬を粋に着て(<わたしはこれはイネスより似合う自信がある・笑)、という妄想しかできないわたしは本当に想像力が貧困なのである。オバケのQ太郎があの貫頭衣で勝負するしかないのと似ている。だからこそフォーミュラ本が欲しいのである、ともう一度繰り返しておこう。


体型の欠点は目を覆うようであり、しかしセンスは超一流、という人が書いたシックなファッション本があれば読んでみたい。
わたしに超一流の自由なセンスが身に付いたら出版する所存ですのでお楽しみに(笑)。






この話はイネスのパリジャン・シックを考え直すに続きます。
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