偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏378鍬柄岳(群馬)

2012年04月30日 | 登山

鍬柄岳(くわがらだけ) 童子立像(どうじりゅうぞう)

378【データ】鍬柄岳 598メートル▼国土地理院25000地図 下仁田▼最寄駅 上信電鉄・千平駅▼登山口 群馬県富岡市千平の千平駅▼石仏 25000地図鍬柄岳の東山麓にある神社記号が阿夫利神社、その右手奥の沢。地図の赤丸印

37813782【案内】鍬柄岳は山頂に石尊大権現を祀る岩峰の山。千平駅から鍬柄岳の道のこれから山に登ろうとするあたりに、鍬柄岳阿夫利神社の社殿が建つ。阿夫利神社の祭神は石尊大権現、神奈川県の丹沢にある大山阿夫利神社が本社であり、江戸時代に関東一円に勧請された。勧請された場所はいずれも里近くの山で、そのほとんどは石祠である。鍬柄岳では山麓に社殿を建て、山頂に奥の院の石祠を祀るという本社に倣った形をとっている。社殿の扁額がわりにつるされた「鍬柄嶽阿夫利神社 大天狗 小天狗」と墨書きされた大きな木太刀も阿夫利神社の信仰を伝えるもので、かつての大山詣に木太刀は欠かせない奉納物であった。鍬柄嶽の社殿の屋根裏にはその木太刀がたくさん納められている。そし3783 3784 て童子立像とした石仏だが、社殿の右手の沢の側に立っている。明王あるいは童子形に見えるが、両腕がなく銘も見当たらない。大山阿夫利神社関係で祀られる石仏は不動明王が多い。しかしこれを不動とするには無理がある。不動明王の拳属である童子にちかい像容であるので、童子立像とした。しかし童子とすれば少なくとも矜羯羅童子・制吨迦童子の二尊が造られるはずだし、近年青銅の三十六童子が大山の不動堂に立てられたものの、かつての大山信仰石尊山で童子の石造物を祀った山は見ていない。

さて鍬柄嶽の登山だが、下から見るとどう登るのだろうと思える岩山も、随所に鎖が取り付けられて、案外簡単に登れてしまう。これも阿夫利神社を信仰する人たちが切り開いた道なのだろう。

37853786【独り言】鍬柄嶽の山頂には3基の石祠が祀られています。山麓に建つ鍬柄嶽阿夫利神社の奥の院の石祠です。一番大きな石祠には「石尊大権現 嘉永四年(1851)再建」とあります。その脇にある石祠には「大天狗 嘉永四年」とあります。並んで屋根だけの石祠もありますが、こちらには銘がありません。想像するに「小天狗」に違いありません。実は石尊大権現は大天狗・小天狗の三尊で祀るのを特徴としています。この二天狗とともに三尊として祀る神は他にも飯縄権現などもあります。しかし、勧請先でもこの三尊形式の石祠を造立するのが石尊大権現で、その例はこのブログの125石尊山(千葉)天狗245桐生・石尊山(群馬)の石尊大権現365石尊山(福島県)の天狗で紹介しているとおりです。この鍬柄嶽の前に登った南牧村の大日向にある笹の平の天狗岩でも、三基の祠からなる石尊大権現を見てきました。この西上州の山は各地の霊山を勧請して、その神々の石造物の原形が祀られているところですから、この地域にはほかにも三基の祠が祀られた石尊山があるかもしれません。

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