真夜中の2分前

時事評論ブログ
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安倍総理は、追い詰められて危険なカードに手を出した

2015-07-31 22:16:15 | 政治・経済
 安保法制に関する参院審議において、安倍総理は、これまでは考えていないとしていた南シナ海での活動を新たに集団的自衛権行使の事例として持ち出し、中国を名指しで批判しはじめた。
 これについては、丹羽宇一郎・前中国大使からも批判の声があがった。以下、この件に関する朝日新聞の記事を引用する。
 丹羽氏は安全保障関連法案について、「日本人でさえ半数以上が『大丈夫か』と思っているのだから、中国人はもっとセンシティブ(敏感)だ。日本人が考えている以上に『日本が軍国主義化するのでは』と心配している」と語った。安倍首相が国会審議で南シナ海での埋め立てなどをあげて、中国を名指しして安保環境の変化を訴えていることについて「中国からすれば衝撃的だ。中国は今までと違う厳しさでくるのではないか」と指摘した。

 安倍総理は、追い詰められて「近隣国への憎悪」という危険なカードに手を出した……というのが、私の印象である。それによって国内の反中国感情を煽って自分に有利な風を吹かせようというつもりなのだろうが、これはきわめて危険なやり方である。
 名指しで批判すれば、名指しされた側も黙ってはいられなくなる。特に中国のような面子にこだわる国はそうでうかつなことをいえばますます態度を硬化させるだろう。安倍総理の発言は、安全保障上のリスクを高めるものでしかない。このような言動を、一般に「無責任」というのである。
 あるいは、もしかするとそれこそが安倍総理の狙いなのかもしれない。
 挑発的な言動で中国を煽り、なんらかのアクションを起こさせる。そして、「ほら、中国は危険だ」と言い募る。もしそういうことだとすれば、これはまさにマッチポンプというやつだ。安倍総理は火事のたとえで集団的自衛権を説明したが、なるほど、自分で火をつけて消しに行くつもりなのであれば、あの説明も納得がいく。
 安保法制は、「これが通せないと政権の威信が失墜する」というようなかたちでもはやそれ自体が目的化して暴走を続けているが、そういう観点からすると、安倍総理は自分の保身のために周辺地域のリスクを高めようとしているのである。そんな人物に安全保障をゆだねることなどできようはずもないし、そもそも政治家としての資質もゼロといわなければならない。

安保法案いけんくない!? パレードデモ@福岡

2015-07-29 21:21:49 | 政治・経済


 以前、デモについてその参加者が発信しようと書いた。その第二弾として、本日7月29日に福岡で行われたデモについて報告する。
 今回は、福岡の大学生を中心に結成された団体Fukuoka Youth Movement = FYM の主催によるデモ。題して「安保法案いけんくない!? パレードデモ@福岡」。会場となった天神の警固公園には300人近い人たちが集まった。



 抗議集会後は、デモへ。隊列のなかには、勇ましい年配者の姿も。



 隊列を組み終えると、トランペットが We Shall Overcome のメロディーを奏でるなか、デモ隊は天神の町を行進。今回は、若者らしく鳴り物も入ってのデモとなった。



 ドラム隊が打ち鳴らすドラムにあわせて、シュプレヒコールがあがる。まさかの高速ボー・ディドリー(?)に年配者たちは苦戦を強いられるも、時が経つにつれて次第に順応。最後はしっかりと声をそろえて、「安保法案はいけんばい」「集団的自衛権はいけん」「憲法9条がよかろうもん」と福岡の方言をまじえてコールした。

 また、これも若者らしく、シャボン玉を飛ばすなどユニークな試みも。下はその画像だが、シャボン玉が飛んでいるのが見えるだろうか。



 このシャボン玉のようなかすかな希望が全国でさらに広がっていくことを願おう。最近のシャボン玉は、簡単には割れないのだ。

 途中で、安保法案賛成派と思われる市民に沿道から「日本のことを考えろ」と声をかけられる場面もあった。
 もちろんそれで衝突など起きることはなかったが、あえてここで反論しておこう。
 いうまでもないことだが、日本のことを考えるからこそ、学生たちは立ち上がり声をあげているのである。主催側のメンバーがスピーチで語ったところによれば、彼らのなかでは、これまで政治運動などに関わってこなかったという学生も少なくないようだ。これまで「政治のことに興味がなかった」という学生たちが、自分でこの安保法案について調べ、みずからこのデモを企画した。そこに、重要な意義がある。安倍政権というのはこの国にふりかかった大きな災いだが、政治に関心のなかった若者達が憲法について学び、立憲主義、平和主義の価値を再認識するきっかけになったとしたら、その災いを転じて福となすことにもつながるだろう。主催者の学生もスピーチで語っていたが、安保法案が廃案あるいは撤回に追い込まれ、この騒動が後になって考えてみれば「むしろよかった」といえる未来を期待しよう。

福岡でも広がる安保法案反対の声

2015-07-26 20:53:46 | 政治・経済
 安保関連法案の衆院強行採決から10日以上が経つが、依然として反対の声は衰えをみせていない。参院での審議入りを控えて、全国各地で連日デモが行われている。
 しかし、これらのデモは最近あまり報道されていないように思う。
 これは、テレビ局側が「デモを大きくとりあげるとなにかいわれるかもしれない」と考えて萎縮しているということもあるのかもしれないが、単に扱いきれなくなっているだけということもおそらくはある。つまり、連日のようにデモが繰り広げられているために、ある意味でそれが「日常的」なできごとになっていて、ニュースバリューがないということだ。それはすなわち、それだけ抗議の声が世間に満ち溢れているということなわけだが、しかしそれでメディアでの報道が減るというのは好ましい事態ではない。
 デモというのは、本質的に“見せる”行為である。これだけの抗議が起きていますよ、これだけ多くの人が反対の声をあげていますよ、というのを見せるのが目的であるから、人知れずひっそりとやっても仕方がない。その光景を広く世の中に見聞きしてもらう必要がある。マスメディアで報道されないと、その場に居合わせた人にしか見てもらえないわけで、そうなると効果も減じてしまう。
 となると、デモの参加者が自らの手で情報を発信していく必要があるだろう。いまの時代誰でも発信者になれるのだから、マスメディアが扱わないのなら、個人でやるしかない。
 そういうわけで、私も自分の地元である福岡近辺の抗議活動をここで報告したい。

 私の把握する範囲では、福岡で安保法案反対の動きが活発化しはじめたのは衆院での強行採決後である。
 福岡市中心部にある天神の警固(けご)公園で19日に抗議集会が行われ、その集会では400人が集まったという。その三日後、22日に行われた抗議集会には700人が集まった。下の画像はその様子である。



 警固公園では今日もまた集会が行われ、台風が近づいているせいもあってか参加者はそれほど多くなかったものの、それでも100人を超える人が集まった。また、私はその場にいなかったが、同じ場所で昼にも抗議行動が行われていたらしい。下の画像は、夕方に行われた集会の模様。ちなみに、右奥に見える黄色い旗は、およそ40年ぶりに引っ張り出されたという「べ平連」の旗である。



 さらに、今日は福岡県南部の久留米市でも集会が行われたようだ。また今後の話としては、福岡では29日、30日にも比較的規模の大きい抗議行動が予定されている。そのほか、小規模なものも含めれば、ほとんど毎日のようにどこかでなんらかの活動が行われているという状況である。

 このように福岡でも日増しに安保法案反対の声が拡大しているが、もちろん福岡だけでなく、この動きは、日本全国で広がりつつある。今日は、東京での国会包囲行動はもちろんのこと、私が把握できただけでも、北海道、青森、岩手、茨城、神奈川、静岡、新潟、滋賀、大阪、兵庫、岡山、香川、島根など全国各地で抗議行動が行われていたようだ。これらの活動に参加して声をあげている方々に敬意を表するとともに、今後も安部政権の暴走が続く限り抗議し続けていくことをあらためて宣言したい。

安倍総理こそ“脳内お花畑”

2015-07-25 22:43:16 | 政治・経済
 今回は、安倍政権と自民党がいかにネトウヨ的であるかについて書きたい。
 それが端的にあらわれたのは、今から一ヶ月前のあの“文化芸術懇話会”である。この一ヶ月の大きな動きのおかげでなんだか遠い昔のできごとのようにも思えるが、風化させるべきではないと思うので、あえてもう一度とりあげておこう。
 「マスコミを懲らしめる」発言で大きな問題となったが勉強会だが、問題は言論弾圧ということだけではなかった。戦後の沖縄に対する侮辱的な発言の数々も大いに批判された。米軍基地は田んぼばかりのところに作られて、後からそこにカネ目当てで人が住むようになったとか、騒音を知りながらそこを選んで住むのは自己責任、などである。
 勉強会に参加した議員らや百田氏の発言が示しているのは、彼らの救いようのない無知・不勉強である。
 彼らは、歴史をろくに知らない。たとえば、基地が田んぼばかりのところに作られてカネ目当てで後からそこに人が住むようになったという話は事実でないことがあきらかにされているし、騒音の問題についても法廷で明確に否定されている。ちょっとググってみるぐらいの手間をかければわかるはずのことも、彼らは知らない。知ろうとしない。
 いわゆるネトウヨの大きな特徴だが、ネット上に書かれている噂程度のものをろくに検証もせずに真に受けて信じ込み、それを否定するような情報にぶつかると、陰謀だなんだといって否定し、自分たちのほうが間違っているとは絶対に考えようとしない。だから、沖縄に対してあのような侮辱的は発言ができるし、でたらめな安保法案を支持することができるのである。
 そして、困ったことに、それと同じ属性を安倍総理も共有している。
 安保法制に関するたとえ話がまったく的外れだというのはつとに指摘されるとおりだが、実際のところ。安倍総理とその周辺にいる人たちの頭の悪さはそんなレベルではない。
 周知のとおり安倍総理はインターネット番組に出演して持論を展開しているが、ここでもいい加減な説明を繰り返している。なかでも笑い種だったのは、相方として出演していた丸川珠代参院議員の「民主党の辻元清美氏がピースボートに乗っていて自衛隊の護衛を受けていたと」いう発言である。この発言に関しては、事実関係に誤りがあったとして後に撤回、さらにはその動画を削除するという羽目になっている。
 これと似たような話で、少し前のことになるが「日教組ヤジ」問題というのもあった。西川前農水相の献金問題を追及する民主党議員に対して、「日教組どうするの」と首相席からヤジを飛ばしたというものだ。以前このブログで紹介したが、安倍総理はその三日後、このヤジが事実誤認に基づくものであることを認めて訂正し、謝罪している。ヤジに対して文句をつける首相がみずからヤジを飛ばし、しかもその中身が事実に反していたために訂正・謝罪に追い込まれているというのだから、呆れてものもいえない。このように安倍政権および自民党は、勝手な事実誤認で人を中傷しては、あとで訂正・撤回・謝罪ということを繰り返しているのである。

 そして、安倍総理のこうした事実誤認、思い込みは――やはり文化芸術懇話会のメンバーたちと同様に――歴史認識の問題にまで及んでいるからなお深刻である。
 以前安倍総理は、共産党の志位氏にポツダム宣言について問われ「つまびらかに読んでいない」としたが、太平洋戦争をめぐる安倍総理の歴史認識はまったくお粗末なものである。
 たとえば、これは今朝の新聞赤旗の記事で紹介されていたことだが、ポツダム宣言について安倍総理は、かつて雑誌の対談で「原爆を二発も落とした後に『どうだ』とばかりにつきつけたものだ」といったという。赤旗の記事も指摘するとおり、これもはっきりと間違っている。実際にはポツダム宣言は原子爆弾投下以前の7月26日に出されたもので、降伏を勧告するこの宣言を日本政府が黙殺した後に原爆が投下されたというのが実際の順序だ。ほんのちょっと調べれば誰でもすぐわかるその程度のことさえ、安倍総理は知らない。知ろうとしない。“不都合な真実”はすべてシャットアウトし、自分の頭のなかにだけ存在する妄想の世界に生きているのである。“脳内お花畑”という言葉は、まさにこの人のためにあるといっていい。
 安倍政権は、はじめの二年ほどは“安全運転”でやってきた。しかし、昨年の総選挙に勝利したことで、そろそろ本性を顕しても大丈夫だろうということで、お友だちばかりを集めた内閣を作った。ところがこれが大誤算で、お友だちを集めてみたらやっぱり第1次安倍政権のときと同様にカネに汚いぶっ飛んだ国家主義者ばかりで国民はドン引きという状態になった――というのが今の状況だろう。現在の支持率低下は、国民が安倍政権の本性を目の当たりにした結果当然出てきた数字であり、決して一時的なものではない。自民党・公明党の議員諸氏は、さっさとこんな泥舟から脱出したほうが身のためだと思うがどうだろうか。

憲法9条によって日本が戦争をせずにすんだのは否定し得ない事実

2015-07-24 20:05:12 | 政治・経済
 私はこのブログで何度も、「米軍が基地をおいているにもかかわらず日本が戦争をせずにすんだのは憲法9条があったからだ」と書いてきた。もちろんこれは私一人がいっていることではなく、多くの人が指摘していることだが、右派の論者はかたくなにそれを認めようとしない。
 ここで、もう一度はっきりといっておきたい。憲法9条によって日本が戦争をせずにすんだというのは――少なくとも半分は――否定し得ない事実である。
 この点について考えるために、米軍基地がある別の国について考えてみよう。
 たとえば韓国には米軍が駐留している。では、韓国は戦争をしていないのか? 答えはノーである。韓国は、ベトナム戦争に参加し、韓国軍をベトナムに派遣している。あきらかに、米軍と同盟しているからベトナム戦争に巻き込まれているのである。
 もう一つの別の例として、中米にホンジュラスという国がある。この国にも米軍の基地があり、アメリカにとって中米の拠点と目すべき国なのだが、このホンジュラスは戦争をしていないのか? これもノーである。ホンジュラスはイラク戦争に参加して軍を派遣している。また、80年代にアメリカがニカラグアのサンディニスタ政権に対して介入を行っていたときには、反政府ゲリラ「コントラ」の拠点ともなっていた。これもまた、米軍が基地を置いていて密接な関係にあるから戦争に巻き込まれているのである。
 では、同じように米軍基地がある日本はどうか。
 日本はベトナム戦争にもイラク戦争にも、軍を派遣して戦闘行為を行うという形では参戦しなかった。それはなぜか? 米軍としては、できるものなら日本にも軍隊を出してほしかったはずだ。しかし、そうはならなかった。それは、日本に憲法9条があったからだ。
 そんなふうに考えると、少なくとも「オフェンス」側にたっての戦争――つまり、よその国に軍隊を出して侵攻していく形での戦争についていえば、日本がそれをせずにすんだのはあきらかに憲法9条があったからである。アメリカとこれほど密接な関係にありながら軍隊を出さずにすんだことに、それ以外の理由が見当たらない。
 ベトナム戦争もイラク戦争も、後になって総括してみれば、誤った戦争であるというのが一般的な見方だろう。もともと戦争反対という立場からすれば明らかにそうだし、「正義の戦争」というものがありうると考えている人たちでも圧倒的多数が「あれは間違っていた」と評するだろう。「大量破壊兵器があるから」といって攻撃したが、それは結局なかった。すると今度は「イラクを民主化する」という目的をとってつけたが、いまのイラクをみればそれも完全に失敗している。いまイラク戦争を肯定的に評価する人はほとんどいないだろう。日本は、憲法9条があったおかげでその不名誉な戦争に参戦せずにすんだわけである。
 日本は、ベトナム戦争やイラク戦争に軍を派遣するべきだったのだろうか? そうして、不名誉をこうむるべきだったのだろうか? 集団的自衛権の行使容認は、その方向に道を開くことになる。いくら“後方支援”といっても軍事行動と一体化したものとみなされるのはつとに指摘されているとおりだし、現状でもぎりぎりのラインをちょっと超えてるんじゃないかということをやってきたのだから、集団的自衛権の行使を容認すればそれで許されるラインをさらに踏み越えるであろうことは想像に難くない。日本がアメリカの無法な戦争に手を貸して国際社会から後ろ指をさされるようなことにならないためにも、安保法案を止めなければならないのである。