旅行、ときどき車弄り

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94年 ローマ・ギリシャ・スイス・パリの旅(1)

2014年07月07日 | 海外旅行(内訳&その他)

1994年、サラリーマン時代での最初のリフレッシュ休暇でした。国内ではTELで呼び出されるので海外に逃亡したというのが本音でした。

私の海外旅行歴では、最も感動が大きかったのも本ツアーです。初めてのエーゲ海、スイスの山々、バチカンの大聖堂は衝撃的でした。海外(ヨーロッパ)は一回だけでイイヤ、と考える方にもお勧めできるコースです。

当時28万のBESTツアーの添乗員付コースでしたが、2011年北欧のJTBの49万(ビジネスクラス料金を除いて)のコースより、全然良いホテルばかりでした。

写真の質が悪いのは、安物コンパクトカメラの画像をスキャナで取り込んだからです。しかし、雰囲気は十分に伝わると思います。

クイリナーレ広場です。後から思えば、ポポロ広場やナヴォーナ広場じゃないところが渋い。ゴチャゴチャしていないし。




トレビの泉。


コロッセオ。2010年に再訪しています。

お約束です。必ずグレゴリー・ペックの真似をする方がいます(笑)


バチカン・サンピエトロ寺院です。規模の大きさと豪華さに腰を抜かさんばかりでした。




 

 
2004年にも再訪しています。バチカンの写真は下の方です。

午後はフリーなので、ピンチョの丘、ボルゲーゼ公園、スペイン階段を下ってお買い物です。妻は革手袋を買いました。当時はメトロの1DAYチケットが1000リラでした。(券が残っていました)




ギリシャへ向かいます。余りに短い滞在でした。バチカンも見たりないしフォロロマーノにも行きたかった(結局、数年後に行きました)。


オリンピックのスタジアムを見学。
 

首相官邸の近衛兵です。


フィロパポスの丘からパルテノン神殿を見ます。眼下に白い町並みが一望できました。夜もタクシーで近くの丘へ街並みを見に行きました。夜景は大したことがありませんでしたね。
 



エーゲ海のミニクルーズです。天気も良くて気持ち良かったです。船内の売店で高額紙幣を出したら、お釣りが大幅に不足。何度云っても無視されました。




ポロス島です。土産屋を覗く時間しかありませんでした。写真は一枚しかないし。


エギナ島です。白い教会がギリシャっぽいです。アフェア神殿は紀元前5世紀に建てられたそうです。柱もきっちり残っていてパルテノン同様の堂々としたドーリア式神殿です。




イドラ島です。暑い、焼けると船内に篭っている妻を引っ張り出しました。フリータイムが長いので島を散策しました。乾燥しているので暑さは左程感じないのです。












アテネに戻って翌日はパルテノン神殿です。


そそくさとスイスのルツェルンへ。1792年、フランス革命時にパリのチュイルリー宮殿でブルボン王家を守り、勇敢な死を遂げたスイス傭兵を偲んで作られた記念碑です。


有名なカペル橋は焼失して前年に再建されたばかりです。残念!


フリータイムは、ムゼック城壁沿いに歩きました。あれ?古そうな橋が見えます。
 

絵になります。


このシュプロイヤー橋は、1408年のもの。ええ感じに歴史を感じるし絵画も見所の一つです。写真の右側には礼拝所がありました。カペル橋もこんなんだったんかな。


四森州湖(フィーアバルトシュテッテ湖)を散歩して駅を覗いてホテルへ戻りました。




翌日はブリエンツを通り、ユングフラウ鉄道の起点「ラウターブルンネン駅」へ。写真が少ないのですが、最高の景色でした。私的にはフロム鉄道より好みです。






途中で乗り換えました。クライネ・シャイデック駅。




標高3454mの頂上駅です。金網の下が透けてて怖かったな。


後ろはアレッチ氷河です。




クライネ・シャイデック駅に戻ってきました。


グリンデルワルドへ向かいます。相変わらず最高の景色です。


グリンデルワルドには宿・店が沢山あります。お土産を買いました。


インターラーケンで鉄道の旅は終りです。明日はベルン観光です。


後編へ続く


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