だいありぃ。

くろねこのつれづれなるにちじょう。

仕事のありかた(メモ)

2017-01-04 22:29:10 | 日常。
いわゆるワーク・ライフ・バランスのことは、結構切実な問題としてこのブログでも度々取り上げてきているものだけど。
また少し考えるところがあったので、うまくまとめられるかわからないけど、メモとして。

昭和な考え方かもしれないのだけど、やっぱり限界まで追い込んで(追い込まれて)やってみる、というのは特に幹部候補生といわれる人たちには必要なんじゃないかと思う。

ただここで思ったことその一、で、日本の悪いとこ。総合職≒幹部候補生みたいな感じで、えらいことこの「幹部候補生」の裾野が広いというのは問題だと思うけど、、

もう少し、一般職や専門職(経理マンなど)のできることを増やしたほうがよいのでは…

と、いうところ。


そして、全力投球には時期的に限界が来るということ。

いや、仕事が趣味で、ほかに何も要らない!というドMなひとで、かつ体力が無尽蔵なら別だけど、

○子供が産まれた
○親の介護が必要になった
○本人の体調不良
○自己研鑽(留学やボランティアなど)
○趣味(世界一周やらバックパッカーやら、何かの免許とるやらワインの聖地を巡るやら)

と、ざっと考えただけで纏まった時間なり一定の仕事のセーブが必要になることってあるわけで。

子供が産まれたことが、ボランティア活動や趣味活動より偉いかってーとそうじゃないよねー、と。


だから、子供がいるから仕方なく休ませてやるよー、お前の穴埋めてやるんだから感謝しろよ早く仕事しろよ!!ではなく。

誰もが、何らかの理由で休業(辞めて再就職でも)するのが当たり前だし、いま休んでなくてもいつか休むかも、という意味でお互い様、という感覚になればそれで済むんじゃないだろか。

と、ふと当たり前のことを思った。



復帰に伴い、私も仕事をセーブせざるを得ないし。
じゃ、それで今後仕事をずーっとセーブし続けなければならないかというと、おそらく違っていて、子供がある程度大きくなったり、夫がある程度暇になったりしたら「ここ数年、いっちょまた気合いれて仕事すっか」というときも出てくると思う。

先の話に戻るけど、「気合いれて仕事」が中身も含めどの程度なのか身体で知るために、&歳が上がってはじめて修羅場になったら全然ついてけないから、若い頃ある程度苦労しといたほうがいいと思うけども。

組織と人の関係だから、いつも需給が一致してるわけじゃないと思うけど、ある程度そういう意味でフレキシブルなことにはならないもんだろか。


難しいのかなぁ。。
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