古いメディアの中に2001年のニューギニア探検の時の写真を発見した。この探検隊はFさんというクライマーが発案した遠征で、わたしもFさんのカリスマ性に心酔し、大学卒業直後に参加した。ちょっと変わった峠恵子さんという女性歌手がもうひとりいて、今考えると、なんとも風変わりな三人組による探検隊だった(三人の中では自分が一番まともだと断言できる)。
日本からヨットで出航し、グアム、テニアン島や、ふんどし姿の島民が暮らすウォレアイ島という、どこの国なのかよく分からない島々に帰港しながら、太平洋を縦断した。ニューギニア島西部のインドネシア領イリアンジャヤに到着後、島で最も大きなマンベラモ川という、ジャングルの中を蛇行する巨大河川をボートでさかのぼった。
計画は同島最高峰、カールステンツ・ピラミッド(4884メートル、5030メートルという説も)北壁を新ルートから登るという野心的なものだった。カールステンツ・ピラミッドは、アイガー北壁初登頂やセブンイヤーズインチベットで知られるハインリッヒ・ハラーが初登頂した山である。非常に格好いい石灰岩の岩山だ。しかし、わたしたちが遠征した時期は、ちょうどイリアンジャヤ州の独立をめざすゲリラ組織OPMが活発に活動していた時期で、スペイン人の旅行者が拉致されただとか、警察署が襲撃されて5人が死亡し、銃が奪われただとか、物騒なことこのうえないニュースが相次いでいた。カールステンツ・ピラミッドの麓の村イラガはこのゲリラ組織が根城とする村だったので、結局、同峰の登攀は断念し、二番目に高いトリコ―ラという山の北壁を登った。
トリコ―ラ北壁、500メートルの巨大な石灰岩
面白かったのは、この独立ゲリラ組織がニューギニア島民の民族衣装であるペニスケースと、あとなぜか赤いバンダナを着用して、ゲリラ活動をおこなっているという話である。自分たちの文化と政治的運動の意義を世界に知ってもらうため、拉致した外国人にもペニスケースの着用を強制していたらしい。この話をきき、ぜひ彼らの村にも行ってみたい! と当時の若かった私は思ったものだ。もちろん10年たった今でも、その気持ちはいささかも揺らいでいない。
なお冒頭の写真は、中央高地のどこかで出会ったペニスケース着用の由緒正しきニューギニア島民。写真を撮りたいというと、快く引き受けてくださり、弓をひくポーズなどもして下さった。
ちなみにこの遠征では、その後、カールステンツ・ピラミッドを登るチャンスが再び巡ってきたのだが、隊長のFさんの興味が、フクロオオカミという絶滅したはずの有袋類がまだ生き残っているという話にうつってしまい、山などそっちのけになってしまった。そんなことがあり、それじゃあ話が違うじゃないかということで、わたしは先にひとりで帰国した。
ニューギニアには今も探検隊が入りこんでいない地域が残っている。5千メートル近い、面白いそうな山もたくさんあるが、現在のスポーティブなクライマーはこういうワイルドな地域にはあまり興味を示さないようだ。北極もいいけど、ニューギニアももう一度行きたい。体が二つあれば同時進行できるのだが。
ちなみにこの時一緒だった峠さんとは、先日、約10年ぶりに再会。峠さんはこの時の探検をまとめた本を出版しているので、興味のある方はご一読を。
日本からヨットで出航し、グアム、テニアン島や、ふんどし姿の島民が暮らすウォレアイ島という、どこの国なのかよく分からない島々に帰港しながら、太平洋を縦断した。ニューギニア島西部のインドネシア領イリアンジャヤに到着後、島で最も大きなマンベラモ川という、ジャングルの中を蛇行する巨大河川をボートでさかのぼった。
計画は同島最高峰、カールステンツ・ピラミッド(4884メートル、5030メートルという説も)北壁を新ルートから登るという野心的なものだった。カールステンツ・ピラミッドは、アイガー北壁初登頂やセブンイヤーズインチベットで知られるハインリッヒ・ハラーが初登頂した山である。非常に格好いい石灰岩の岩山だ。しかし、わたしたちが遠征した時期は、ちょうどイリアンジャヤ州の独立をめざすゲリラ組織OPMが活発に活動していた時期で、スペイン人の旅行者が拉致されただとか、警察署が襲撃されて5人が死亡し、銃が奪われただとか、物騒なことこのうえないニュースが相次いでいた。カールステンツ・ピラミッドの麓の村イラガはこのゲリラ組織が根城とする村だったので、結局、同峰の登攀は断念し、二番目に高いトリコ―ラという山の北壁を登った。
トリコ―ラ北壁、500メートルの巨大な石灰岩
面白かったのは、この独立ゲリラ組織がニューギニア島民の民族衣装であるペニスケースと、あとなぜか赤いバンダナを着用して、ゲリラ活動をおこなっているという話である。自分たちの文化と政治的運動の意義を世界に知ってもらうため、拉致した外国人にもペニスケースの着用を強制していたらしい。この話をきき、ぜひ彼らの村にも行ってみたい! と当時の若かった私は思ったものだ。もちろん10年たった今でも、その気持ちはいささかも揺らいでいない。
なお冒頭の写真は、中央高地のどこかで出会ったペニスケース着用の由緒正しきニューギニア島民。写真を撮りたいというと、快く引き受けてくださり、弓をひくポーズなどもして下さった。
ちなみにこの遠征では、その後、カールステンツ・ピラミッドを登るチャンスが再び巡ってきたのだが、隊長のFさんの興味が、フクロオオカミという絶滅したはずの有袋類がまだ生き残っているという話にうつってしまい、山などそっちのけになってしまった。そんなことがあり、それじゃあ話が違うじゃないかということで、わたしは先にひとりで帰国した。
ニューギニアには今も探検隊が入りこんでいない地域が残っている。5千メートル近い、面白いそうな山もたくさんあるが、現在のスポーティブなクライマーはこういうワイルドな地域にはあまり興味を示さないようだ。北極もいいけど、ニューギニアももう一度行きたい。体が二つあれば同時進行できるのだが。
ちなみにこの時一緒だった峠さんとは、先日、約10年ぶりに再会。峠さんはこの時の探検をまとめた本を出版しているので、興味のある方はご一読を。
ニューギニア水平垂直航海記 (小学館文庫)峠 恵子小学館このアイテムの詳細を見る |
ニューギニアの山や、その周辺の地形図はどうやって手にはいりますか?見てみたいです。
普通に書店などで買えるのでしょうか?
地図になっているのですか??
おそらく覚えてらっしゃらないと思いますが、早見と申します。(僕が留年したため結局なれなかったのですが、朝日の同期になる予定だった者です)
角幡さんとは内定者会で話をさせていただいた覚えがあり、支局のことや、退社されたことも同期の人間から聞き及んでおりました。
今日kotobaをパラパラとめくっていたところ、角幡さんが登場されていて驚きました。開高賞の受賞、本当におめでとうございます。選評だけでも面白いのだろうと予想がつきます。11月の刊行、心より楽しみにしております。
アドレスがわからず、不躾と承知しながら、こちらに連絡させていただきました。僕も文章の世界でなんとか生きております。もし再会できることがあれば、とても嬉しく思います。
ますますのご活躍を楽しみにしております。それでは。
k-hayami@tk2.so-net.ne.jp
念のため。
パプアニューギニアは興味深いですよね。
沢とか面白そう。
何故か昨晩パプアニューギニアの青年から口説かれたなー
どぼんやり思いだしながらコメントです。
探険活動、応援してます。