(写真:京都洛中/東寺(教王護国寺)の小子房の勅使門塔。<京都市南区>)
2月の三連休の最終日、2/12(月)に京都を歩きました。
前回(記事はこちら、東寺#1)に引き続き、東寺を紹介します。
この1月15日~3月18日(日)の期間に第41回京の冬の旅(公式サイトは、こちら)として、東寺では五重塔(内部)、観智院、小子房の三箇所の非公開文化財を特別公開している。今回はその小子房を拝観します。
小子房(こしぼう)は金堂の西側に位置し、昭和9年、弘法大師千百年御遠忌にあたり再建されたもの。
内部は、牡丹の間、瓜の間、枇杷の間、鷲の間、雛鶏の間、勅使の間の6部屋からなり、堂本印象の手になる障壁画で飾られている。牡丹の間、瓜の間、枇杷の間、鷲の間、雛鳥の間は水墨画が描かれているのに対し、勅使の間には金箔地に極彩色で「渓流に鶴」などが描かれている。
庭園は、平安神宮の神苑などを手掛けた京都を代表する庭師、七代目小川治兵衛の作である(拝観券より引用)。
トップの写真は、小子房の勅使門を正面から望んだもの。
# EOS kiss DX/SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC MACRO
(今回の写真はすべてこの組合せです。)
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東寺の境内。
南北に伸びる通路。写真右手手前にわずかに見える屋根が金堂、その向こうが講堂、写真左手端に見える門が小子房勅使門。
小子房の勅使門。
門扉は透かし彫りがなされており、菊の紋が目に留まる。
この勅使門の少し北側の門が、小子房拝観の入口になっている。
入口受付でで600円を払い、小子房を拝観する。
本坊。
小子房拝観の入口には、本坊の門が充てられている。
白砂が目に眩しい。
この写真では見事に白飛びしてしまっています・・・
小子房。
一枚上の写真で、本坊手前(写真ほぼ中央)に立っている白い案内看板から左手に曲がると、この風景に出会う。
右側手前の建物が客殿、渡り廊下でその奥に繋がっている建物が小子房。
この写真のすぐ左手には、以下の2枚の写真の鬼瓦が展示してある。
鬼瓦;棟端や中途につける特殊型の瓦。ふつう鬼面をつけるので鬼瓦という。これは金堂の鬼瓦の試作品(昭和13年(1938)と伝えられる。「昭和十三年修補/播州 福永円次」の銘文あり。
江戸時代のものであり、東寺の建造物の修理の際に取り替えられた。
(左)獅子口;上部が山型をなし、三本の巴瓦をもつ箱型の瓦で鬼瓦と同様に使用する。寛文12年(1672)に製作された。「寛文十二壬卯九月吉日、瓦大工福田加賀/藤原尚次/子三郎兵衛/作」の銘文あり。
(右)鬼瓦。(以上、駒札より)
客殿の屋根。
小子房の庭園。
小子房北側の縁側から北西方向を見たもの。写真右手に見えるのが客殿、左手にちょっぴり覗く屋根が蓮華門。
小子房の庭園。
小子房西側の縁側から北西方向を見たもの。写真左手に見えるのが蓮華門(国宝)、右手にちょっぴり見えるの屋根が客殿。
蓮華門と紅梅(蕾)。
もうあと一、二週間で見頃でしょうか?
<<蓮花門>>
国宝。
蓮花門は、東寺の西大門にあたる。昔、弘法大師が高野山に向かわれる時この門を通られ、その足元から蓮花の花が咲いたといわれることからそう呼ばれている。鎌倉時代前期の建築で構造形式は三間一戸八脚門となっている(看板より)。
なお、この看板では「蓮花門」、観光情報誌ほかでは「蓮華門」と表記されています。
このあと、小子房の内部を拝観しましたが、残念ながら撮影禁止なので写真はありません。
小子房を拝観した後に東側の縁側から見た小子房の表の眺め。
写真中央やや右手に見えるのが勅使門。
勅使門。
よく見ると、きれいに均された砂利の庭の中で、一段高く盛られた部分(道?)があった。
まだまだ続きます。
<<京都>>洛中。
2月の三連休の最終日、2/12(月)に京都を歩きました。
前回(記事はこちら、東寺#1)に引き続き、東寺を紹介します。
この1月15日~3月18日(日)の期間に第41回京の冬の旅(公式サイトは、こちら)として、東寺では五重塔(内部)、観智院、小子房の三箇所の非公開文化財を特別公開している。今回はその小子房を拝観します。
小子房(こしぼう)は金堂の西側に位置し、昭和9年、弘法大師千百年御遠忌にあたり再建されたもの。
内部は、牡丹の間、瓜の間、枇杷の間、鷲の間、雛鶏の間、勅使の間の6部屋からなり、堂本印象の手になる障壁画で飾られている。牡丹の間、瓜の間、枇杷の間、鷲の間、雛鳥の間は水墨画が描かれているのに対し、勅使の間には金箔地に極彩色で「渓流に鶴」などが描かれている。
庭園は、平安神宮の神苑などを手掛けた京都を代表する庭師、七代目小川治兵衛の作である(拝観券より引用)。
トップの写真は、小子房の勅使門を正面から望んだもの。
# EOS kiss DX/SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC MACRO
(今回の写真はすべてこの組合せです。)
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東寺の境内。
南北に伸びる通路。写真右手手前にわずかに見える屋根が金堂、その向こうが講堂、写真左手端に見える門が小子房勅使門。
小子房の勅使門。
門扉は透かし彫りがなされており、菊の紋が目に留まる。
この勅使門の少し北側の門が、小子房拝観の入口になっている。
入口受付でで600円を払い、小子房を拝観する。
本坊。
小子房拝観の入口には、本坊の門が充てられている。
白砂が目に眩しい。
この写真では見事に白飛びしてしまっています・・・
小子房。
一枚上の写真で、本坊手前(写真ほぼ中央)に立っている白い案内看板から左手に曲がると、この風景に出会う。
右側手前の建物が客殿、渡り廊下でその奥に繋がっている建物が小子房。
この写真のすぐ左手には、以下の2枚の写真の鬼瓦が展示してある。
鬼瓦;棟端や中途につける特殊型の瓦。ふつう鬼面をつけるので鬼瓦という。これは金堂の鬼瓦の試作品(昭和13年(1938)と伝えられる。「昭和十三年修補/播州 福永円次」の銘文あり。
江戸時代のものであり、東寺の建造物の修理の際に取り替えられた。
(左)獅子口;上部が山型をなし、三本の巴瓦をもつ箱型の瓦で鬼瓦と同様に使用する。寛文12年(1672)に製作された。「寛文十二壬卯九月吉日、瓦大工福田加賀/藤原尚次/子三郎兵衛/作」の銘文あり。
(右)鬼瓦。(以上、駒札より)
客殿の屋根。
小子房の庭園。
小子房北側の縁側から北西方向を見たもの。写真右手に見えるのが客殿、左手にちょっぴり覗く屋根が蓮華門。
小子房の庭園。
小子房西側の縁側から北西方向を見たもの。写真左手に見えるのが蓮華門(国宝)、右手にちょっぴり見えるの屋根が客殿。
蓮華門と紅梅(蕾)。
もうあと一、二週間で見頃でしょうか?
<<蓮花門>>
国宝。
蓮花門は、東寺の西大門にあたる。昔、弘法大師が高野山に向かわれる時この門を通られ、その足元から蓮花の花が咲いたといわれることからそう呼ばれている。鎌倉時代前期の建築で構造形式は三間一戸八脚門となっている(看板より)。
なお、この看板では「蓮花門」、観光情報誌ほかでは「蓮華門」と表記されています。
このあと、小子房の内部を拝観しましたが、残念ながら撮影禁止なので写真はありません。
小子房を拝観した後に東側の縁側から見た小子房の表の眺め。
写真中央やや右手に見えるのが勅使門。
勅使門。
よく見ると、きれいに均された砂利の庭の中で、一段高く盛られた部分(道?)があった。
まだまだ続きます。
<<京都>>洛中。
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