行ってきます・とただいま・の間。

2013,1に長男から貰った、SONY NEX-F3で撮っています。
その日の事柄と撮りたて写真で残してます。

その後のツバメ。

2015年05月31日 11時10分43秒 | 日記

なんだかかなりの日数が経っているのに、声もしないし・・・・
中を覗き込みたい衝動を抑えるのが大変で・・・・

しかも、ダメだったのかな・という思いも出てくると、せっせと巣を作っていたあの美人さん夫婦が可哀想になってきます。
もう見るのが苦しい・・と思っていた今朝です。

 

 

見えたんですよ。。
小さな嘴と、ぽやぽや毛が。。。

 

 

親鳥の前にちょろっと、ね。。。

頑張って育てて。。
健やかに育って、ここから旅立っていってね。

 

 

フォトチャンネルにまとめました。。

 

我が家にツバメがやってきた。

 

 


今年亡くなられる親戚の方たち。

2015年05月31日 10時45分43秒 | 日記

昨日は、母方の親戚の告別式へと参列してきました。
母の実家。以前にも"甘えん坊"の日記で書いた伯父さんの奥さんです。
叔母さんは、施設に入って間もなく。今年家の告別式の翌日に胃へ直接管を入れて栄養をとるという手術をしました。
その前後の告別式には、その跡取りの長男・私の従兄弟が来てくれました。
多くの香典を頂戴し、主人とともに行ってきました。

大好きだった叔母さんも母よりも前に亡くなり・・・・

母に似た面持ちの伯父さんや水戸にいる叔母さんに会うと母の面影になんとも言いようがありません。

 

神様での式でした。

 

 

朝、9時頃家を出ました。
いつものように、私の愛車で。
下妻・益子・茂木を通って、常陸大宮へ。
主人は50号で行くことを勧めますが、私はこの裏道が好きです。

2時間30分程の道のり。
告別式は13時から。少し早く着いたので途中コンビニで休憩。

式では、名前を呼ばれてから、榊をもらい茎を祭壇へむけて捧げ、2拝したあと、しのび手で2拍手、1拝。
そのあと、親族へ一礼、皆さんへ一礼。
全ての親族が終わったのちは、榊の代わりにお米で拝礼をしました。

無事終わったあとは、同じ斎場にて、食事が容易されていました。
「久慈の山」という冷酒が振舞われ、主人もたくさん頂きました。(ー`´ー)

ほんと、こんな時にしか会わない親戚の方々。
いまでは、主人の方の親戚の顔ぶれのほうが分るという・・

一回り以上も年上の従兄弟・・・
皆さんとはなかなか会えませんが、母のこと、私の知らないことをいっぱい心にある皆さんがとても、恋しいです。

 

この季節。まだまだ明るい時間。
帰りに益子に寄りこみました。
長男が、ロックでお酒を飲むのに陶器のグラス(っていうのかな? ガラス以外でもグラスっていう?) が欲しいのだと。。
それを1つと。
三男の入籍満1年のお祝いにと、猫模様のものを探しました。
彼女が猫が大好きなんです。。^^

目は充血して、幕がでるような霞み目になってきましたが、預かってきた妹宅へ寄り無事19時前に到着。。

長男は洗濯物も取り込んでくれていて、私の大好きなキャラメル味のポップコーンもいくつも買ってきていました。
これで疲れも飛びます。
三男夫婦は、2人で焼肉パーティだそうで、後日渡しましょう。。

※ 記録として。


18日過ぎて。

2015年05月29日 12時08分53秒 | 日記

今月11日の日記。ツバメの写真。

あれから特に被害もなく、巣に居ますが・・

雛は孵ったのでしょうか・・・
声がしません・・

 

なんだか、苦しくなるので観察はよそうと思うのですが・・・

 

今日、あれから18日経ちました。

 

 

乗らないようにしているのかな・・

 

 

様子を気にしています。。

 

どうぞ、健やかに巣立ってください、ね。

 

※ 明日、水戸の叔母さんの告別式に参列します。


大麦の中の声。

2015年05月23日 10時08分03秒 | 日記

 

裏の大麦畑です。
ケン・ケンとキジの声がします。でも、キジより穂の背が高くなった麦の中では見えません。

 

 

ざわつく感じがあります。
心に。

きっとまた私のいらぬ心配、だと思います。

 

大それたことを言えば、各地の火山の動きとか、あちらこちらで揺れてること。

子供の頃は、家に帰ると両親がいて、好きなテレビ番組まで何しようかと時間をもてあまして。
母に連れられて銭湯に行って、木の陰の縁台で将棋を打っていた人を見るのが好きだったなぁ。

すぐ近くを機関車が走っていく音・・匂い・・
父が飼っていた秋田犬。2人乗りのブランコ。自転車。
小玉スイカを半分に切って妹とスプーンで食べた味。

そんな記憶と、あっという間に大人になってしまいたいと思っていた嫌な記憶。

今はそれも私だったのかと思ってしまうくらい年齢を重ねて・・

子供たちが自立していく、していくだろう。

両親はもういない。

長く生きても知っている人がいなくなるんだよ・・と呟くお年寄り・・93歳。
ああはなりたくないと思っても固まったまま寝かされるベッドの上。

人口が減っていく。
あと50年もしたら日本ってどんな世界になるんだろう。
子供たちが熟年といわれる時。日本は・・

今より平均年齢も安定しているだろうか。
どこか小さな国のように人口が少ないだけで、安定した生活になっているだろうか。
土地も広く、渋滞のない道路。走る車も少なく排気ガスも少なくなっているだろうか。

でもそこまでいくまでには、今作られている施設や必要のなくなった建物などを綺麗にして整備されなくては。
独居老人の悩み。遠くに住む家族の心配。人が消えれば価値のなくなってしまう品物。

子供たちは、歓声もうるさいと言われ・・静かに遊ぶことを覚え。
競争すること、人と違うこと同じこと、どちらを選択すれば幸せになれるんだろうかと親が悩み。
それに従う小さな子。

学力・知識・技術を持った人間がどれだけ世界を動かすのだろう。
何も取り得がなく、自信もない人は、のん気者だと捨てられていくのだろうか。

価値のある人間・どうでも良い人間・必要の無い人間・・とくくられてしまうのだろうか。

 

 

朝起きて、太陽の日差しを浴びて、さあ今日も頑張ろう。

何を・何のために・・?

そんな目的をも失う時があるかもしれない。
毎日同じことの繰り返し。
こんな生活から抜け出したい・・と思ったとしても、一瞬で開けた窓の外が変わるわけもなく。
足音の持ち主が代わるはずもない。

ここに。ここで生きているのは、過去からの積み重ね。
自分が生きてきたように今がある。
今を悔いるなら自分の過去を見直せば良い。
今を恥じるなら、心を入れ替えれば良い。
今を良くしたいと思うなら、大丈夫、できる。

 

 

私たちは、幸せになるために生まれてきたのだから。
そのために、食べて、音楽を聴いて、芳しい香を感じて、空気で季節を味わって、隣の人と手を繋いで、励まして励まされていくんだから。
100年くらいの人の命を、抱きかかえてくれる地球でさえ、生きているんだから。
一緒に、今も生きているんだから。