被災直後の救助現場を映すTVカメラの画面には、自衛隊や警察の制服が目立った。オレンジのユニフォーム、つまりは消防のレスキューの姿があまり見られなかった。
ある救出現場では、自衛隊、警察、消防の三つのレスキュー・ティームが合同で活動しているのだが、自衛隊が壊れた家屋の屋根から救出作業を行い、“大活躍”していた。消防のレスキューはと言えば、下の方で支援に回っている。
こんなバカな話があるだろうか。最前線で救出活動を行なう自衛隊ティームも、警察の救助隊同様、私の目にはシロートに毛が生えた程度。プロのレスキューと言うにはあまりにお粗末な動きをしていた。
日本で人命救助のプロと言えば、消防である。彼らは厳しい訓練を受けた集団と言うだけでなく、日夜現場に出かけ、多くの救出活動を日常的に行なっている。それに比べ、自衛隊や警察の救助ティームはどう見ても「付け焼刃」。救助の訓練を受けて入るだろうが、現場経験がほとんどないから「何をして良いのか分かっていない」。
そこで、私は被災地から帰った昨日、周辺取材をしてみた。
すると、前回書いたように、警察庁は地震発生後間もなく、救助隊の出動を決めている。自衛隊も同様だ。だが、なぜか消防庁は動きが鈍かった。
警察には、「広域緊急援助隊」があり、全国で約4千人の警察官が登録されている。「大規模災害に全国から駆けつける災害対策のエキスパートチーム」と自らを紹介するが、何せ訓練はしていても出動回数はほとんどない。私は今回、彼らがどのくらいの実力を有しているのかと期待していたが、私の見た範囲では、エキスパートとは名乗って欲しくないレヴェルの救助隊だ。
警察の緊急援助隊の現場出動で注目されたのは、2年前の福知山線の脱線事故だが、実はあの時、警察の救助隊員がとんでもない事故を起こしていた。救出活動をしている時、機材の扱いで信じられないミスをして隊員の一人が4指を落としていたのだ。あまりに初歩的なミスに、警察も事実の公表をためらったのだろう。当時の新聞を見てもその情報は見当たらない。
その事故がきっかけで尼崎警察は、消防に指導を仰ぐようになった。だが、首都圏の警察は、消防に頼るのは沽券に関わるという縄張り意識から独自の訓練に留まっている。それは、自衛隊も同様で、独自のやり方だ。
救助が分かっている者であれば、まずは消防のレスキューが最前線に立ち、それを警察や自衛隊が支えるのが妥当、と考えるのが普通である。しかし、警察や自衛隊の救助隊には、残念ながらそういった謙虚な面は見られなかった。消防の一人が言っていた言葉が印象的だ。
「優太ちゃん救出を意識していますよね」
確かに、3年前の母子3人ががけ崩れの下敷きになった現場で救出に当たったレスキュー隊員たちの勇気ある行動は我々の心を打った。しかし、あのような見事な救出活動の裏には、日夜のたゆまぬ努力と多くの出動実績が隠されているのだ。一朝一夕でできるものではない。それを分からずして「心を打つ活動」ができるはずはないのだ。
私が見た埼玉県警の“救助現場”では、最初はだらだらと雑談をしながら活動をしていたが、野次馬が増え、TVカメラが一台また一台と増える内に真剣さを増していった。そんなわざとらしが鼻に付き、私は瓦礫の下を確認することなくその現場を離れた。
ある救出現場では、自衛隊、警察、消防の三つのレスキュー・ティームが合同で活動しているのだが、自衛隊が壊れた家屋の屋根から救出作業を行い、“大活躍”していた。消防のレスキューはと言えば、下の方で支援に回っている。
こんなバカな話があるだろうか。最前線で救出活動を行なう自衛隊ティームも、警察の救助隊同様、私の目にはシロートに毛が生えた程度。プロのレスキューと言うにはあまりにお粗末な動きをしていた。
日本で人命救助のプロと言えば、消防である。彼らは厳しい訓練を受けた集団と言うだけでなく、日夜現場に出かけ、多くの救出活動を日常的に行なっている。それに比べ、自衛隊や警察の救助ティームはどう見ても「付け焼刃」。救助の訓練を受けて入るだろうが、現場経験がほとんどないから「何をして良いのか分かっていない」。
そこで、私は被災地から帰った昨日、周辺取材をしてみた。
すると、前回書いたように、警察庁は地震発生後間もなく、救助隊の出動を決めている。自衛隊も同様だ。だが、なぜか消防庁は動きが鈍かった。
警察には、「広域緊急援助隊」があり、全国で約4千人の警察官が登録されている。「大規模災害に全国から駆けつける災害対策のエキスパートチーム」と自らを紹介するが、何せ訓練はしていても出動回数はほとんどない。私は今回、彼らがどのくらいの実力を有しているのかと期待していたが、私の見た範囲では、エキスパートとは名乗って欲しくないレヴェルの救助隊だ。
警察の緊急援助隊の現場出動で注目されたのは、2年前の福知山線の脱線事故だが、実はあの時、警察の救助隊員がとんでもない事故を起こしていた。救出活動をしている時、機材の扱いで信じられないミスをして隊員の一人が4指を落としていたのだ。あまりに初歩的なミスに、警察も事実の公表をためらったのだろう。当時の新聞を見てもその情報は見当たらない。
その事故がきっかけで尼崎警察は、消防に指導を仰ぐようになった。だが、首都圏の警察は、消防に頼るのは沽券に関わるという縄張り意識から独自の訓練に留まっている。それは、自衛隊も同様で、独自のやり方だ。
救助が分かっている者であれば、まずは消防のレスキューが最前線に立ち、それを警察や自衛隊が支えるのが妥当、と考えるのが普通である。しかし、警察や自衛隊の救助隊には、残念ながらそういった謙虚な面は見られなかった。消防の一人が言っていた言葉が印象的だ。
「優太ちゃん救出を意識していますよね」
確かに、3年前の母子3人ががけ崩れの下敷きになった現場で救出に当たったレスキュー隊員たちの勇気ある行動は我々の心を打った。しかし、あのような見事な救出活動の裏には、日夜のたゆまぬ努力と多くの出動実績が隠されているのだ。一朝一夕でできるものではない。それを分からずして「心を打つ活動」ができるはずはないのだ。
私が見た埼玉県警の“救助現場”では、最初はだらだらと雑談をしながら活動をしていたが、野次馬が増え、TVカメラが一台また一台と増える内に真剣さを増していった。そんなわざとらしが鼻に付き、私は瓦礫の下を確認することなくその現場を離れた。
ただ、ジャーナリストは「時代の目撃者」ですからそんな冷ややかな目があったとしても読者がいる限りは気にしないで自分の信じるままに活動を続けます。
ただ、人命救助に関しては、誰よりも真剣なつもりです。被災現場に入る際は、救助の手が必要であれば、自分も関与するつもりで入っています。消防本部のレスキュー訓練を受けてきた私のような立場の者が、現場で起きていることをしっかりと見て問題点を指摘しないで誰がするのか、と言うくらいの気概を持ってやっていますのでもう少し私のことを知ってから書き込みをしていただけると嬉しいです。