普段あまりミュージカルは観ないのだけど、
お誘いいただいて久しぶりに行ってきた。
実はミュージカルというジャンル、あまり得意ではなく、
得意か苦手かというと苦手。どうしても合わなかった作品もある。
これまで素晴らしい作品を観ていないだけかもしれないけど、
どうしても舞台の世界に入り込めないというか、違和感がぬぐえないというか、
ストーリーよりもいろんなことが気になっちゃうんだよね。
で、今回もそういう面がなかったわけではないんだけど、
音楽の良さ、テーマの良さがあって、
私にしては、ストーリーを追えた気がする。
「next to normal」
自分はノーマルじゃない。でもノーマルって一体なんだ?
ノーマルじゃなくて何が悪い!ノーマルなんてくそくらえ!ですよ。(個人の意見です)
見慣れないこともあってか、歌詞=セリフであるミュージカルは気を抜くとわからなくなる。
つい聞き流してしまうというか、音楽として聞いてしまうというか、
公演中何度も、「あ、ちゃんと聞かないと」ってなった。
で、歌詞までちゃんと聞こうと思うとすごく脳が疲れる!
例えばバレエ、ダンス、クラシック音楽などの公演では、
言語脳って自分の思考のためだけにあって、
作品を理解するために常に稼働必須なのではなく、
もっと感覚的な何かを駆使している気がする。
じゃあ歌舞伎はどうだろうって考えた。
歌舞伎でもセリフを追ってると思うんだけど、
セリフ依存度は低いということなのかな。
そもそも注意深く聞いていたとしてもわからない言葉もあるし。
まして能だと頑張ってもわからない!でもわからないながらの楽しみ方がある。
ブロードウェイの作品を日本に持ってきて歌詞を日本語訳して上演すると、
やはり100%同じではないし、日本語ならではの制約もあるだろうし、
文化的背景の違いもあるし、(これはバレエなどでもそうだね)
言語に頼らない芸能に比べると、難しさはあるんだろうなあ。
集客の難しさとはまた別でしょうけども。
オペラと比較すべきなのかもしれないけど、
字幕出るのとどっちがいいんだろうなあ。
うーむ。
と関係者でもなんでもないのにあれこれ考えてしまった。
友人はクラシックのコンサートにむしろ寝に行くくらいのリラックスを求めて行くらしいので、
いろんな楽しみ方があるものだよね。
「これがノーマル」と決めつけず、オープンな脳で観ていきたい。