ぼくらのありのまま記

ぼくらは
こんな大人になりました。

記事のタイトルを入力してください(必須)

2013-06-30 23:42:47 | たららん記 
もうすぐ夏がくるらしいよ、
東京の糸井さんが言ってたw

北海道ではまだパーカーをきてますよ。
明日は休日出勤ですよ。
今週も疲れたし、明日は疲れを取れないし。

もう限界です。
限界からが勝負です

疲れてるときとか
お腹がすいてるときは
イライラしてだめねー。

記事のタイトルを入力してください(必須)

2013-06-29 23:40:50 | たららん記 
目に見えないものを共有するのは
すごく時間のかかることだ
時間がかかったとしても共有できない場合もある

昔おつきあいしていた人に
「愛って思いやることだよ」と言われて
僕はそのとき
そりゃあ「思いやること」はあなたにとっての愛だろうけど
僕にとっては愛って思いやることでないかも
しれないじゃないかと思った

そもそも愛なんて目に見えないものなのに
「思いやる」なんてまた目に見えないものに
例えられたって、こちらはそんなこと理解できるほど
頭よくねーっつーの!!なんて言いたかったけど、
思っただけで、何も言わなかった。
頑固で自分を曲げない信念がある子だったので
言ってもけんかっぽくなって雰囲気を壊すと思ったから。


それに、じゃああんたに愛ってなによ!?って言われたら
うーん、愛ってんだろうね?
と口ごもってしまうのは間違いないとおもったのもある


転んで泣いている子どもに手を差し伸べるのも
愛だろうし、そのまま自分の力で立ち上がるのを
見守るのも愛だろうし。
笑いころげて、
「だっせー!!転んだくらいでないているんじゃないよ!!」と
突き放すのも愛だろうし。


その時はなんか怒られてるというか、
そんなことを言われてるくらいだから
僕には思いやりも愛も足りないんだろうなと
思って、そのころから愛ってなにかを
相当考えている。

阿久悠さんが愛について具体的に愛を定義していて
「愛とは相手のことを忘れない記憶力と、それを相手に伝える誠意だ」
みたいなことを「清らかな厭世」というエッセイに書いていた

あーあいつ元気かなってことを
思い出して、それを伝えたり、

料理でも、あ、あの人ねぎ嫌いだったから
ねぎをいれないメニューを考えようとか
そういうのが愛だって具体的な愛のカタチを示してくれた

愛って忘れないこと
それを伝えること

これを書いているってことは
その子のことを思い出しているということで、
それは僕なりの愛なんだろう。
そうすると愛なんていくらあっても
足りない気もする
伝えるかどうかは別として


おつかれちゃん、自分。

2013-06-28 23:44:21 | たららん記 
イヤーつかれた

一日終わってから
コハダの子ども、
新子の仕込み
小指の第一関節くらいの
魚なんだけど。
1キロ50000円、
1匹200円、
5枚で一貫にぎったとして
一貫1000円もするのよ。
そんな魚を50枚おろして
塩で〆てきれいにふいて。

1時間以上かかった。

イヤーつかれた笑
このままじゃあ鮨屋になっちまう!!

いや、鮨は握っていくけどね、
鮨屋にはならないよ。
鮨もにぎれるわけのわからない人に
なりたいのね、これから。

それしか生きる道がねぇずら。

記事のタイトルを入力してください(必須)

2013-06-28 00:28:31 | たららん記 
前に進めない
過去の問題を解決しないと

それはもう解決できないこともある
死んだユメ(うちの犬)を
もっと散歩に連れて行っておけば
よかったなとか、あの時網棚にスーツを
置き忘れなきゃよかったなとか

後悔も失敗も
挑戦しなかったことも
あんとき勇気をだして一言いえたらなとか

それは今変わればいいんだけれども
いろいろフラッシュバッして。
あーあの頃となんも変わらねーなーと。

魚おろすのうまくなったり
握りが早くなったり筋肉がついたり
変化している部分は沢山あるけれども
それは子どものじぶんに
大人の自分が年輪のように
すこしずつ太くなっているだけで、
芯というか幹というか
中心の部分はなにも変わっちゃあいない。

大人のじぶんは
変わらないとだめだ!!と言う
子どものじぶんは
ありのままでいさせてくれよ
と言う。


記事のタイトルを入力してください(必須)

2013-06-26 22:50:34 | たららん記 
ここ何年か毎日やっていること
包丁を研ぐ
Blogを書く
ほぼ日いとい新聞をチェックする


雨の日も風の日も
気が乗らないときも
眠いときも
続けています

なんでと言われると
わからないけど
日課になっている

包丁は仕事で使うからもう8年は研ぎ続けている
ようやく最近切れる包丁に仕上がるようになって来た。
8年かかってようやくですよ?なんか気が遠くなるよね
よく8年も続いてるわ。そろそろ危ないけど笑

日記はね、1年経ちました。
これは何かができるようになるとか
ならないとかは考えていないので
よくわかりません。ただ、ほぼ毎日見てくれている人が
少しいるので、なんとなく続けています。

それにおしゃべりする人いないからね、
独り言いうくらいなら
少しは聞いてくれる人がいた方がいいなと思って。

ほぼ日はいつから見てるんだろうな、
最初に知ったのは15年前か?
糸井さんが面白いこと始めたぞって
グラフィックデザイナーでDJのナカジ君が
言っていて、そのころはパソコンもってなかったから
気にもとめてなかったんだけど。


それからずっと存在は知っていたんだけど、
毎日見るようになったのは震災のあとから。

ウソをつかないし、大きいこと言わない
わからないことを不安がらない、あおらない。
できることをすこしずつやっているし、
全部じぶんたちの責任で発言をしている
一番信頼できるメディアだったんだよなー。

「面白くなき世の中を面白く」
学生のころお世話になったマイケルさんの
口癖なんだけど、糸井さんもよく言っていて
そんなところも好きなんですよね。



ほぼ日のトップページに
「気まぐれカメら」っていう
コンテンツがあって
糸井さんが撮った写真を
短いコメントと一緒に
紹介しているんですけど、
これもほぼ毎日見ています。

だいたいブイヨン(糸井さんの愛犬)
がでてくるんだけど。
最近の東京の様子が
だいたいわかります
桜がさいただの、
雲がすごいだの
梅雨に入っただの。

東京にいるときは
あー、確かに今日は暑いなーとか
寝苦しい夜だよね
あーわかるなーと
おなじ気持ちになれたのですが

北海道に来てからは
東京の暮らしが
外国くらい遠いような
感じがします

こっちは全然雨も降ってないし、
暑くもないし、桜が咲いている頃には
まだまだ雪が降っていたんです


普段は店と家の往復なので
あまり感じないんだけど、
気まぐれカメらを見ていると
「あー遠いところに来たんだな」と
実感します。

寂しいやら、暑そうやら。
感情なんてひとつじゃないんだよねー。

今日も読んでくれてありがとうございます。