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違うことこそ素晴らしい be different what great

一人一人の違いを認め合い豊かな社会を創ろう。
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私たちの小さな惑星は平和ホピの星

2011年09月08日 | Weblog
中東情勢を不安定にしている状況が第三
次世界大戦へと流れを作っているのに乗らないように祈るしかないようにかんじていま
す。

ホピの長老の祈り

ホピの祈りが世界に届くことを

海をこえて たとえ自分たちを憎む人々のためにさえ

私たちは祈る

私たちが兄弟姉妹のように生きられる日が

いつの日にか来るように

世界のすべての人々に 私の愛と敬意が運ばれることを

ホピはその日のためにこそ

偉大なる精霊からホピというその名を与えられたのだ

ホピ それは平和という意味である

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
 先日交流会をもちましたが、そこで非常に激しいやり取りがあってとても疲れました
。私たちが未来を掴むには本当に多くの情報と理解とそれを越える「新しい世界への展
望」が必要です。new world vistionが必要です。

 四年前に私は二度目の長春訪問で東北師範大学で日本語と日本文学(芥川賞文学)な
どを教えている高富先生と紅衛兵姿のウエイターが案内をしてくれる回顧的なレストラ
ンで二年ぶりに話を弾ませた。彼は長征に参加した父親から日本人への敬愛を受け継い
でいて日本語を学んだ。素晴らしい日本語を話す。日本文化センターでは10名以上の日
本人が日本の研究をしている。中国帰還兵の撫順の朝顔の絵本を渡した。中国の中高校
生を教える教員を養成する大学でぜひ参考図書として活用して欲しいと思った。1000名
余りの日本兵士がシベリア抑留5年余りからやっと解放された帰途中国へと護送された
。そして撫順戦犯管理署で数年を過ごした。ここで彼らは周恩来首相の指示で中国人民
がまだ生活ができない時代に余裕のある環境と時間を与えられて天皇の軍隊の洗脳から
抜け出した。天皇をそのまま米国支配に置き換えて働き蜂になって行った当時の日本人
の抜け出しきれなかった洗脳から抜け出した経験をされたと思っています。日本に戻れ
ば中国で共産主義に洗脳されたと辛い日々が待っていたが皆さまは頑張って告白を続け
た。「撫順の奇跡を受け継ぐ会」次世代に継がれています。

守るべきは国体か、一人一人の人間かと言う点で、明治維新以降、天皇制は国家と軍隊
と言う戦争を行うシステムで人間を否定して人殺しの道具に変えてしまった事実を
客観化すべきであると私は思います。天皇制を利用して欧米勢力の騙しに乗ってしまっ
た事実を見逃してはいけないと思います。利用されない天皇制というのは本質的にあり
得ないと思います。日本人の自我が騙しから解放されるにはこの支配構造から抜け出せ
ないと無理かもしれません。地球市民の発想を否定する方たちもいますが、小さな惑星
、私たちの小さな惑星と言う言葉は青い地球を思い浮かべるので好きですね。

現在原発の問題が起きてこれからどう福島を始めとして被災した人々の命を守っていく
のかと言う視点で動かなければなりません。http://www.chosunonline.com/news/20110
907000017

http://www.youtube.com/watch?v=dXxPRHkyAvY&feature=player_embedded

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52024721.html

中曽根元首相は原子力政策を導入するのに大きな働きをしたひとですが、その裏には
以下のような人もいたようです。

1.天皇の免責と引き換えにシベリア抑留を許した大本営参謀 瀬島他

http://satehate.exblog.jp/16387395

「中曽根を実質的にというか、本当に動かした人間がいた。その男の名は瀬島龍三(1
911~2007)である。大本営参謀として、ソ連が天皇を戦犯として東京裁判で訴
えることを察知すると、瀬島はシベリアに渡り、天皇の免責と引き換えに、50万以上
の兵隊がシベリアに抑留され、強制労働させれることをゆるした。瀬島は1956年ま
での11年間、ソ連に抑留された。しかしシベリア抑留時代、高級仕官待遇で、ソ連に
厚遇された。」

「1956年に釈放されると、1958年に、伊藤忠商事に入社、1978年に同社の
社長となった。天皇の影武者として、その生涯、中曽根康弘ら多くの政治家を自在にコ
ントロールした。」

「瀬島は戦後、情報機関をつくり、原発第1号の正力松太郎もその指揮下においた。私
は、瀬島龍三こそが日本の最高権力者であり続けたのではないかと思っている。」

「瀬島龍三は昭和天皇及びCIAと結びつき、電通、博報堂などの情報組織の影の支配
者であり続け、伊藤忠商事の相談役その他、数え切れない肩書きをもっていた。」


2.国連幻想をお持ちの方は少ないと思いますが、以下は昨年8.10頃にベン氏のブログ
コメントから英文で拾ったものを同じ内容を見つけたものです。
http://satehate.exblog.jp/15556259

ガーデンルームの密会は、実は国連による最初の軍事戦略会議だった。それは、生きて
いる住民の真上で世界初の原子爆弾兵器を爆発させる任務に専念したからだ。それも、
アメリカの納税者から5兆ドル出費させ、43年も続く冷戦(Cold War)の全戦略をあら
かじめ準備され、必ずしも何も達成しなかったのは、意図されたことだ。


Ronald W. Clark : Einstein; The Life And Times, Avon, 1971,864pp.

A UNITED NATIONS PROJECT 国連プロジェクト

1945年5月、戦後戦略の設計者達、または、彼らがそう呼ぶのを好んだ「宇宙の主人た
ち[Masters of the Universe]」は、国際連合憲章を書くために豪華なパレスホテルの
あるサンフランシスコに集められた。 主だった何人かは、その内輪のガーデンルーム
での非公開会議のために引退した。

米国代表派遣団の団長は彼の最高の側近(アルジャー・ヒス[Alger Hiss])を密会に招
いた。ヒスは、アメリカとソ連(KGB)の大統領の代理である。




ジョンF・ダレス[John Foster Dulles](サリヴァンとクロムウェルのウォール街法律
事務所)、





その師(ウィリアム・ネルソン・クロムウェル[William Nelson Cromwell])は会議の
場で「革命のプロ」と呼ばれていた。




そして、W・アヴェリル・ハリマン[Averill Harriman](特命全権大使)は、残存をか
けたスターリン戦争を指揮するためにモスクワで最後の2年を費やした。




これらの4人の男は世界情勢に於けるアメリカ共和国のものすごい力を代表していた。
それでも、その4人のうち(?)、エドワード・ステティニアスJr.[Edward Stettinius
Jr., ]国務長官だけは憲法によって地位を公認されていた。




ステティニアスは、緊急の問題を議論するよう命令して会議を招集した。というのは、
日本人はすでに内密に平和を求めていた。そして、それは重大な危機であった。原子爆
弾は、準備するのにもう数ヵ月の準備がかかる。
 

「我々は、ドイツをすでに失った」と、ステティニアスが言った、「日本が辞退したら
、我々は爆弾をテストするのに生きている住民を失うだろう」。

「しかし、長官」と、アルジャー・ヒスが言った、「誰も、この武器の残忍な力を無視
できませんよ」。

「それでも」ステティニアスがはさみ、  「我々の全戦後プログラムは、原爆で世界
を恐怖させることに依存している。」  「その目的を成し遂げるために」、と、ジョ
ンF・ダレスが言った、「あなたには、都合のよい勘定が必要だね。私は、100万とす
べきだ」。「そうです」、と、ステティニアスが答えた、 「我々は、日本での百万人
の[死体]勘定を期待している。しかし、もし彼らが降伏すると、我々は何も得ることが
ないだろう。」

「爆弾が準備できるまで、やつらを戦争状態にしろ」 と、ジョンF・ダレスが言った


「それは、問題でない。無条件降伏だよ」、「やつら、それに同意しない」と、ステテ
ィニアスが言った、「やつらは、天皇を守るために誓ったのだ」。

「その通り」と、ジョンF・ダレスが言った、 「もう3ヵ月、日本を戦争にひきこま
せろ、さらに、我々は都市で爆弾を使おう、さすれば、我々の意に屈するだろう世界の
全民族は、むきだした恐怖とともにこの戦争を終了する」。 


Jr.は、第一次世界大戦時で世界最大の軍儒品取扱業者の同業者J.P.モルガンのパート
ナーの息子だった。彼は、戦争の間ずっとアメリカ国内でフランスとイングランドの両
方に軍儒購入品全般を監督するよう、J.P.モルガンによって指名された。

ジョンF・ダレスは、洗練された戦争屋でもあった。1933年に、彼と弟のアレンは、ア
ドルフ・ヒトラーに面会するためケルンに急行して、ナチ体制を維持する資金を保証し
た。ダレス兄弟は、彼らの顧客、クーン・ローブ社とロスチャイルド家を代表していた


アルジャー・ヒスは、アメリカにおける共産主義エリートの黄金の王子だった。彼が第
二次世界大戦後の名門のカーネギー国際平和基金の首脳に選ばれたときの彼の指名は、
ジョンF・ダレスによる介添えだった。ヒスは、ソビエトスパイ活動諜報員と同等の功
績をつくる嘘のために、後日、偽証で刑務所に行かされた。

ガーデンルームの密会は、実は国連による最初の軍事戦略会議だった。それは、生きて
いる住民の真上で世界初の原子爆弾兵器を爆発させる任務に専念したからだ。それも、
アメリカの納税者から5兆ドル出費させ、43年も続く冷戦(Cold War)の全戦略をあら
かじめ準備され、必ずしも何も達成しなかったのは、意図されたことだ。

それゆえ、我々が見るNew World Orderは、教室に座っている何千もの子供たちを含め
、生きたまま、広島と長崎で燃やされる何十万人もの一般人の苦しみに、その全戦略の
基礎をおいていた。

http://www.youtube.com/watch?v=dXxPRHkyAvY&feature=player_embedded
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http://www.bariumblues.com/index.htm
マンハッタン計画に匹敵する世界で進行中のプロジェクトがあります。これにより大量
散布が可能であり、妙な病気の流行は、散布との関係を疑う必要があります。
因果関係の立証はなかなか難しいのです。新型インフルエンザの発症国は散布されてい
る21カ国とほぼ同じであったという気がついた市民の報告はあります。

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