白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

10. White flowers for you.

2009年08月17日 01時44分01秒 | 神隠しの惑星
 キジローはどさっとシートにへたり込んで頭を抱えた。
「キリコも……? その実験のためにさらわれたっていうのか? だが、キリコは普通の子供だぞ。能力者なんかじゃない」
「資質があったんだと思う。だって、あんたも直観力と感応力が強い」
「俺が……? 俺は……!」
「さっき、俺の思考に振り向いたじゃないか」
 キジローは愕然としてしまった。
「俺のせいなのか……?」
「ちがうよ、たまたまそういう血筋だっただけだよ。先祖や親戚にそういう人いただろう?」
「ああ、だからあまり特別なことだと思ってなかった……」



 沈黙が流れた。キジローは何とか情報を整理して、活路を見出そうとしていた。キリコを取り戻す道を。

「それで、あんたのいとこは?」
「彼女も生まれつき強い能力者で、自分の娘を理解したくて父親はテレパシストの脳生理学や精神科学を研究し始めた。それを買われてアカデミーに雇われたんだ。彼は、最初プロジェクトの全貌を明かされてなかった。娘のことは注意深く隠していたのに、むりやり実験体にされそうになって、2人で逃げた。父親は追っ手に殺された。いとこは……彼女は、今のところ安全なところに避難している。でも、アカデミーの目がある限り、普通の生活は望めない」
「じゃあ、今日、お前がターミナルにいたのは……?」
「プロジェクトの情報を拾いたかったんだ。アカデミーは足がつかないように、小さなステーションを丸ごとラボや被験体の訓練施設にしてる。いつも移動していて、実態が掴めない」
「何か収穫あったか?」
「ゼロだ。ああ、でも、今日あんたに会ったのは収穫だったかもな。俺たち、仲間を探してたんだ」
「仲間」
「一緒にアカデミーのプロジェクトを潰して、さらわれた子供を取り戻す仲間」
「お前の他に誰がいる」
「俺、俺の姉、後7人」
「あんたの姉は、まあ、そのいとこと因縁があるとして、その残りの7人は、なぜ関わっているんだ?」
「増幅装置に使われた石のもともとの持ち主なんだ。盗まれたんだ」
「石を取り戻したいってわけだ」
「というより、自分たちの石が悪用されて子供が虐待されていることに、責任を感じている。そして危機感だ。盗まれた石はごく一部なんだ。もし、彼らの石がすべてアカデミーの手に渡ったら?空母どころじゃない。星ひとつ砕けるパワーがある」
 キジローはちょっと乾いた笑いをもらした。
「まさか……星ひとつなんて、いくら何でも大げさだろう?」

 エクルーは固い表情で首を振った。
「7年前の、客船クイーン・マリー号の事件を覚えているか?」
「ああ、たまたま同盟の将軍が3人ばかり乗り合わせたばっかりに、植民星団から声明が出た。すでに照準は貴艦にあわせてある。抑留中の活動家5人を解放せよ。迎撃しようと、ねらっているという衛星や空母、戦艦を必死で探したが、星域に星団の船などなかった。時間切れで、船は爆破された。2000人の民間人もろとも」
「そう、その船を壊したのが、さっき言った俺の友人だ。当時、9歳かそこらだった。たったひとりの子供が、指をパチンと鳴らすだけで、大型船が吹っ飛んだんだ。彼の腕に埋め込まれていた石は、たった500mg。7人が保有している量は1tや2tじゃきかない」




 キジローは鼻の前で両手を組んで、前かがみの姿勢で自分の考えに沈んでいた。
「俺は娘さえ取り戻せればいい。同盟も星団も関係ない。そのヘンな石だってどうでもいい」
 目をギラつかせて、エクルーを見据えた。
「お前の仲間に入れば、キリコを取り戻せるのか?」
「それは約束できない。でも一人で情報を集めるより、確率が高くなると思わないか?」
「だが、秘密がもれる確率も上がる」
「それは心配ないと思う」
「なぜそう言い切れる!」キジローはかみついた。
「つまり、全員能力者だから。今のところ、ディフェンスもオフェンスも、アカデミーの被験者に追い越されていない」
「なぜ、そんなことがわかる! ヤツらを見たのか?」
「いや、今のところ直接、接触したことはない。でも、そういうことがわかる種類の能力者なんだ。その7人は。信じる?」
「お前がウソを言っているとは思わん。こんな手のこんだペテン、何の得にもならんだろう」

 キジローはシートの向きを変えて、コントロール・パネルの方を向いた。
「少し考える時間をくれ。お前はまた、ターミナルにおろせばいいのか?」
「わかった。連絡をくれ。……ひとつ、聞いていいかな?」
「ああ」
「”ホモ野郎”を連発してたけど、キジローはホモ・フォビア(同性愛者嫌悪)なのか?」
「いや。軍関係にはゲイは多いし、いい友人も何人かいる。別に偏見は持っていないつもりだ。ただ……よく声をかけられるので、時々、防衛過剰になっちまうんだ。・・・悪かった」
「なるほど。そのストイックなところがそそるんだろうねえ」
「お前……やっぱり……!」
 エクルーは両手を胸の前に広げて、どうどう、というジェスチャーをした。
「俺はヘテロです。恋人もいる。だから、2人きりの時でも警戒しなくていいよ。ただ、ホモ・フォビアは頭が固くて融通利かない人が多いから、確かめただけだ。ついでに言うと、俺もよく男に誘われる方だから、気持はよくわかる」
「なるほど、そうだろうな」
「おホメの言葉、ありがとう」
 キジローがぶっと笑った。眼からギラついた光が消えて、初めて眉間のシワが取れた。
「わは……はははは。スマン。しかし……お前、ヘンなヤツだなあ」
 へえ、5歳は若く見える。というか、笑っていると幼くさえ見えるのだ。




「ステーションまであとどのくらい?」
「まあ、30分ってとこだな」
「キッチン、借りていいか。腹減ってて……」

「あの材料で、よくこれだけ作ったなあ」とキジローは感心した。
「というか、あんなにすさんだ台所はめったにないよ。せっかくりっぱな設備なのに」エクルーはぼやいた。
「とにかく、うまい。ボウズ、たいしたもんだな。仲間に入るかどうかはともかく、コックに雇ってもいい」
「もし、もう一度この船に乗ることがあったら、調味料一式、揃えさせてもらうからな」
 食べているところは、ターミナルで見かけた暗い影のような男と同一人物とは思えなかった。とりあえず、餌付けに成功したようだ。

 キジローからの連絡を待ちながら、相変わらず、エクルーはターミナルをぶらぶらしていた。相変わらず、収穫無し。

 2日後、キジローから連絡があった。
「その7人と会わせてくれないか。そいつらは、つまり透視者とか千里眼みたいなもんなんだろう?そいつらにキリコのことを聞いてみたい。それから、お前の、その記憶を失った友人にも会いたい。まだ、そのアカデミーのプロジェクトとやらに実感がわかないんだ」
「わかった。友人にはすぐ会える。ヴァッサー・ガルテンの療養所だから、日帰りできる。7人の方は……ちょっと遠い。ヴァルハラって知ってる?」
「あのパルサーの?」
「そうそれ。その第七惑星にイドラというのがある。そこまで、タケミナカタで来れる? フリッカⅦγワームホールを抜ければ、3日ってところだな。辺境航行Ⅲクラスのライセンスある? 無ければ、俺が乗せてく」
「ということは、お前、ライセンスあるのか」
「まあね」
「ふーん」
「そう露骨に、人は見かけによらないって顔をしないでくれないか」
「いや、失礼。俺も持ってるよ。だから自力で行ける。だが、そんな遠くに行くとなると、すぐにはムリだ。多分、仕事をやめんとな」
「何の仕事やってるの?」
「傭兵の派遣サービスみたいなところに登録してるんだ。軍関係の情報が入るかと思ってな。まあ、貯金はある。やめても、当面困らない」

「ええと、俺のオーナーがあんたも雇う、と言っている。すでに1人、工学屋を雇ってるんだ。住居他、いろいろ手当て付き」
 キジローの左眉が上がった。
「オーナーって誰だ?」
「俺の姉。まあ、俺は家族社員みたいなもんだけど、その工学ドクターにはちゃんと給料払ってるよ?」
「何か、うさん臭い話だな」
「まあ、うちの姉と、そのドクターにも会ってみれば? 例の7人にも」
「イドラに行けば、全部、会えるんだな」
「そういうこと」
「10日くれ。そっちに行く。ヴァッサー・ガルテンは?」
「明日でどう?」

 実を言うとキジローを誘った時、それほど戦力になると思っていたわけではなかった。ただ、あんまり行き詰ってギリギリのところにいるので、ジンだのサクヤだの世間離れしたぽやんとした連中に会わせて、息抜きさせてやりたかっただけだ。娘をさらわれて3年。あんな暗い目をしてターミナルを転々としていたと思うとつらすぎる。
 しかし、結局、俺たちと行動したために、キジローは娘と再会することになったのだ。それも最悪の形で。





 翌日、またパンパス・ターミナルで待ち合わせた。
 約束した東ウィングに入ったところで、エクルーはソファに身体を伸ばし、本を頭に伏せた。そして(キジロー、こっちだ)と呼んでみた。
 2,3分して、キジローが顔から本を取り上げた。
「お前、何でこんなとこに寝てんだ。時計塔の下だって言ったろう? あっちの端の! 丸っきり反対側じゃねえか!」
「丸っきり反対側で、しかも顔をかくしていたのに、よく俺を見つけられたね」
「あ? そういや、そうだな。まあ、いい。ヴァッサー・ガルテン行きシャトル、あと7分しかないぞ」
 これは、もしかしたら本物かも。思わぬ拾い物をしたかもしれない。
 キジローは取り上げた本を返しながら、「お前、意外に暗いの読むヤツだなあ」と言った。
「読んだの?」
「あ? ああ。ジュニア・ハイの時だったかな」
「その頃は、今みたいに話題になってなかっただろ?」
「そうそう、今頃、また映画作るなんてなあ。きれいな新装本まで出ちまって。俺なんかデータバンクから取り寄せて、プリントして読んだのに」
 いろんな表情を見せるキジローは3日前と別人のように見える。エクルーは野生動物をなつかせたような征服感を味わった。しかも、困ったことにこのオッサンがかわいく見えて来た。今日はエクルーの注文でヒゲを剃って来たので、ますます若くみえる。


 療養所は丘の上の修道院の一部を修築したものだった。尼僧姿のシスターたちが患者の世話をしている。
「まあ、エクルー。お久しぶりね。そういえば、今朝は早くからアルが、あなたが来るって言ってたわ」
「すみません、シスター・シーリア。なかなか来られなくて。サクヤも来たがっているんですが」
 シスターは、エクルーの腕をぽんとやさしく叩いた。
「責めたわけじゃないのよ。ただ、アルはあなた方が来ると本当に大喜びするって言いたかっただけ。サクヤには……ムリをしないで、と伝えてちょうだい。こちらは?」
「友人です。アルのことを話したら、見舞ってくれるって」
「まあ、ありがとう。彼はお客様が大好きなのよ」
 初老とは思えない血色の良い丸い頬でにっこり笑った。
「さあ、ご案内するわ。今日は中庭にいるの。生き物探検の日なのよ」

 中庭では、7,8人の患者が思い思いにくつろいでいた。草の上に大の字になるもの。噴水の水に手を浸すもの。とんぼが宙を横切ると歓声が上がった。ただ、その喜び方がちょっと変わっていた。右肩だけ激しく降り続ける男。おっおっおっと声を上げながら、頭をゆらす女性。調子っぱずれな奇声をあげる老人。
 キジローは衝撃を受けた。

 生垣に頭を突っ込んで、四つんばいになっていた少年が頭を上げた。
「あっ、やっぱりエクルーだ! オレ、昨日から言ってたんだ。エクルーが来るって」
 少年は左半身に激しいチックが現れていた。
「アル、ちゃんと薬、飲んでるか?」
「うん、いつもはね。でも飲むと、いつエクルーが来るかわからなくなっちゃう。この人、誰?」
「友達だ。キジローっていうんだ。キジロー、彼がアルだ」
 アルはしばらくじっとキジローを見つめていた。肌が異様なほど白い。そして眼球が青かった。光って見えるほどだ。わずかに黄色味のある白っぽい髪。

 腕をがくがく震わせながらキジローの顔の前まで手を上げると、人差し指を突きつけて
「キリコ!」と叫んだ。キジローがぎくっとした。
「キリコ、キリコって誰?探しているの?」
 キジローは声が震えそうになるのを、努めて抑えた。
「そうだ。ずっと探しているんだ。アル、知らないか?」
「うーん。オレの時にはいなかったな。この頃、入ったんだろ?あ、見せるものがあった。ちょっと待ってて」
 そう言って、少年は建物に走っていってしまった。
「記憶がないって?」
「ところどころは回線がつながっているんだけどね。もともと直観力が強いし」



 少年が走ってきて、画用紙に描いた絵を見せた。
「サクヤの絵だよ。サクヤにあげて。白い花の星だよ。ドラゴンもいるっていってたよね。一緒に連れてってって言ってくれる?」
「うん。言っとく。喜ぶよ。きれいな絵だ」
 クレヨンの白を使って、黒い長い髪の女のコに白いドレスと白い花冠、足元にも白い花がたくさん描いてあった。上から水色の水彩絵の具を重ねて、白いクレヨンが鮮やかに浮き出させていた。絵の下にオレンジのクレヨンでメッセージが書いてあった。

”DEAR SAKUYA, TAKE ME TO FLOWER BED WITH YOU. I'LL PICK WHITE FLOWERS FOR YOU. AL”
(サクヤへ。 一緒に花畑に連れていってね。白い花を摘んであげる。 アル)

「手紙。シスター・シーリアが教えてくれた。わかる?サクヤ、わかるかな?」
「わかるさ。いい手紙だ。きれいな絵のついた上等の手紙だ。絶対、喜ぶ」

「そして、泣くんだ」とアルが言った。チックは治まっていた。今までのふるえは演技だったのでは、と思うほどなめらかにしゃべった。
「エクルー、サクヤに言って。ムリして来ないでいいよって。俺はここでのん気にやってるって」
 少年は生垣の方に走って行った。そこで振り返って手を振った。
「でも、白い花の星には壊れる前に連れてってね。約束だよ!」

 そこまで言って、アルは何かに気づいたように駆け戻って来てキジローの腕をつかんだ。またチックが始まって、興奮して吃音も出ていた。
「オジ、オジさん。キリコのこと、ド、ド、ド……」
「ドドド……?」
「ドラゴン! に聞いたらいい!! キ、キリコが俺の仲間なら、ド、ドラゴンが知ってる……!」
 少年はまた走って行ってしまった。
「ぜ……絶対だよ。し……7人のドラゴンに聞くんだ!」と言いながら。


 療養所を出た後、礼拝堂の木のベンチに腰を下ろして、エクルーは両手で顔を覆った。キジローは一人分離れて座った。
「しばらく……こうしてていいかな」
「ああ、どうせシャトルは2時間後だ」
エクルーはしばらく口がきけなかった。キジローが何も聞かないでくれるのがありがたかった。






「俺なんだ」ぽつっとエクルーが言った。
「え?」
「アルが客船を壊す瞬間、止めようとしてアルの意識を大声で揺すぶったのは俺なんだ。一瞬、アルのリミッターがゆるんだ。彼は我に返ってしまった。そのスキに、2000人の断末魔の声が聞こえて……。アルは半狂乱で腕に埋め込んであった石をもぎ取った。上腕の筋肉ごと。ひどい出血だった。助かったのは奇跡だ」
 エクルーは両手を顔の前でもみしだいて、身体をがくがくふるわせながら話した。
「それが左腕だったんだな?」
「そうだ。姉が手術した。人工筋肉を3回移植した。でも、回復するのを拒絶するように、どうしても馴染まなくて、今の義腕を着けた。何とか元気になった時には、記憶が飛んでて、知能が退行していた。IQ140あったのに。ひどい発作を何度も起して、舌を噛み切りかけたこともある。そんなひどい目に遭わせたのに・・・俺たちはこんな山の中にあいつを閉じ込めている。アカデミーに渡したくない。石の作用を調べるために、解剖されるに決まってる。生きたまま、脳を取り出されて……!」
「おい!」とキジローが肩を掴んだ。
「でも俺たちだって同罪だ!あんなになったアルから、まだ情報を引き出そうとして……適当にあやしながら、利用してるんだ!」
「おい、もうやめろ」キジローはエクルーの両肩をつかんで、顔を自分の方に向けさせた。「自分をいじめるな。お前はまちがってない」
「でも……」
「いいから聞け。お前は間違ってない。アルは今、幸福だ。何も知らずに操られて、人を殺していた時よりずっといい人生だ。そうだろう?」
「でも……」
「お前は間違ってない」キジローは静かな声で繰り返した。

 ほとんど声を出さずに、エクルーは号泣した。その間、キジローは黙って横に座っていた。

 エクルーの肩のふるえが治まった頃、キジローがぼそっと言った。
「おい、ボウズ(マイ・サン)。そろそろシャトルの時間だぜ。行くか?」
「うん、ステーションに戻ろう」
 何となくお互いに気恥ずかしかった。

「10日後にそっちに行く。雇ってくれ、と姉さんに伝えといてくれ」先を歩きながら、キジローが言った。
「決めたのか? 7人に会ってからじゃなくていいのか?」
「7人って、アルの言ってた”ドラゴン”なんだろう? それで、お前の姉さんって、その絵の美人なんだろう? 一石二鳥じゃないか」

 エクルーはしばらく開いた口がふさがらなかった。改めて絵を広げて確かめた。
「この絵で美人かどうかわかるのか?」
「ダークアイに少し緑が射してんだろう? 好みだ」
「そんなこと、どうしてわかる?」
 キジローは初めて振り返った。「あれ、だって絵にそう描いてあっただろう?」
「塗ってないよ、眼の緑までは」
「花をやりたくなるのは、美人に相場が決まってる」
 キジローが涼しい顔をしているので、どこまで本気か量りかねた。
「ドラゴンなんて信じるの?」
「あの子はウソをつけないんだろう? 何でもいい、キリコのことを教えてくれるなら」
 この男といると調子が狂う。普通はエクルーが相手の先を読んで、からかったり説得したりする役回りなのだ。いつもと逆だ。まったくやりにくい。

「今日、帰るのか」
「うん、そのつもり。すさんだ所に姉さん1人だからね」
「発つ前に、ちょっと俺の船に寄ってけよ」キジローが誘った。
「で、メシを作れって?わかったよ。あんたには借りがある。ここの市場で買出しして行こうぜ」エクルーはため息混じりに言った。
「借り? 何か貸した覚えはないな。何かの間違いじゃないか、ボウズ」キジローがニヤリとした。
 まったくやりにくい。完全に、立場が決まってしまった。
 俺は弱冠31歳の青二才の弟分に甘んじなくてはいけない。俺より2746歳若いヤツの。

「おい、買出しの時間がなくなるぜ」エクルーが逡巡していると、キジローが道の先から呼んだ。
 だが、この男と行動するのは妙に快かった。しばらく付き合ってみるとするか。

「キジロー、言っとくけどね。サクヤはさっきの修道院のシスター・シーリアにそっくりだからね」
 おっとり、のん気で人の調子を狂わせるところが、とエクルーは心の中で付け加えた。
「じゃあ、やっぱり美人じゃないか」キジローは譲らない。
「見てから決めれば?」
「絶対、美人だ」
 キジローは先に立って、スタスタ歩いた。
 こいつをサクヤに会わせて大丈夫だろうか。でも会わせてみたい気もした。うん、これは面白い。

「姉さんに、キジローが美人だって言ってたって伝えとくよ」とエクルーが反撃した。
 キジローがぴたりと足を止めて、振り返った。
「おい、それはやめとけ」
「どうして?」エクルーは涼しい顔でとぼけた。
「だって、怒るかもしれないだろう、あの絵を見てそう言ったなんて……」
「そうかな」
 やっと、この男から1本取った。エクルーはキジローをおいて歩き出した。
「ダーク・アイに緑が入ってるのが、好みだって伝えとく」
「おい、だから、それはやめとけって」

 キジローをサクヤに会わせるのが楽しみだ。ひげを剃って、表情に険しさの取れたキジローは、サーリャを塔にかくまってた次男坊に似ていた。サーリャの初恋の相手のはずだ。

「キジロー、イドラに来る時は無精ひげ、生やしておけよ」唐突にエクルーが言った。
「へ、なぜだ?」
「荒れた場所だから、ひげの無い男は女役させられるぜ」
「まあ、いいが。剃れと言ったり、生やせと言ったり」キジローがぼやいた。

 この男を仲間に誘ったことで、運命が大きく変わる予感がした。
 こいつは大きなカードだ。凶と出るか、吉に転ぶか。
 でも、もうこの男が気に入ってしまった。一緒に転がしてみよう。運命の車輪を。








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