戦後間もなくの『当用漢字』制定から、今の『常用漢字』になり、漢字の使用制限は大幅に緩められたけれど、それでも、やっぱり本来の漢字の使用とは違っている漢字の使い方が沢山ある。
例えば『よろん』と言う言葉だが、本来なら『輿論』と書くべきなのが、漢字の制限から、『輿』の字が使えず、便宜的に本来は『せろん』と読むべきである『世論』の漢字をあて、『よろん』と読ませてきた。
『輿』と『世』では、意味合いが違うのに、この使い方は黙認されてきた。
聞きかじった所によると、戦後間もなくの『当用漢字』制定にあたり、日本語を用ライ的にローマ字表記にすると言う、某かの考えにより、当座はこれだけの漢字の使用を許し、将来的には漢字の使用をなくっすために制定されたと言う。
これが事実なら、憲法九条の改定より以前に、この、漢字使用の制限を撤廃する方が、押し付けられたものを捨てると言う事では、文化的にもより大事ではないかと思うのだが・・・・・
と、ごまめの歯ぎしりではあるが、九条を変えたい輩の、『押し付けられた』と言う言い草に対する反論的な物をしてみた。