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世界の片隅から、愛をささやいてみたり @goo

『「超」整理法』の中のホームズ

2014年12月20日 | ベーカー街界隈
まさか、『「超」整理法』を読んでいて
ホームズに出会うとは思わなかったのですが、
あとがきも含めて2度も登場した上、
巻末の索引にもしっかり項目があるくらいですので、
著者の中で結構比重の高い存在であることがわかります。

引用するとこんな具合です。まずあとがきの方。

    何らかの専門分野で日々情報と格闘しているものの経験ほど、
    他の人に役立つものはないからだ。実際、シャーロック・ホームズの
    手帳がどうなっているかを書かなかったのは、コナン・ドイルの最大の
    ミスだった、と私は思っている。
                           (『「超」整理法』P.221)

なるほど。
でも、あんまりホームズが手帳に書いていたイメージがないのですが。
むしろそれはワトソンの方だったような。
そういえば、グラナダ版の「入院患者」でホームズが探していた切り抜きを
ワトソンがあっさり見つけ出す場面がありましたが、あれも月別のフォルダに
入っていましたね。先生、注目すべきはワトソンです!
どうせホームズはメモなんかとらずに、頭の中の屋根裏部屋に入れて、
用事が済んだらさっさと忘れてしまうんですから。

そして本文中では。

    シャーロック・ホームズも、しばしば事件の最中に捜査を中止して
    音楽会に出かけ、ワトソンを当惑させている。
                           (『「超」整理法』P.181)

これは発想法について書いている章で、

    「意識的活動」によって問題を頭の中にインプットしておくと
    「無意識的活動」によってそれが処理され、何かの機会に解答
    として外に出てくる            (同上)

の一例として出てくるものです。
これを、立花隆氏は「頭の中の発酵を待つ」と言い、
外山慈比古氏は「寝かせる」と言ったそうで、
その次に、ホームズと音楽会のくだりが出てきます。
野口先生本人は「私は、歩く」と書いていますけど。

…私はこれまでの人生で一度だけ、同様な体験があります。
それは高3の大学受験のために勉強をしていた時期のことです。
どうしても解けない数学の問題があって、
解答を見てもなぜそうなるのかがわからない。
数学が苦手な私には珍しく、粘りに粘って考えた3日目の朝、
目が覚めたのと同時に解けたんですよね。あれは自分でもびっくりでした。
(つまり「私は、歩く」に相当するのが「寝る」だったということでしょうか)
(なんかすごく…残念な感じが)

ところで、現在、私は同じ野口先生の2002年の著書『「超」文章法』を
読み始めたところですが、やっぱり索引にホームズがいるんです。
どんな文脈で登場するのか、いまから楽しみですv
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