自分史 物怖じしない国際人を育てるヒント集

近現代史に触れつつ自分の生涯を追体験的に語ることによって環境、体験、教育がいかに一個人の自己形成に影響したか跡付ける。

前立腺追加手術後の経過報告/言い残していたこと

2021-04-09 | 前立腺手術闘病記

3月3日退院 寛解状態 尿にうっすらと血がまじるだけ 排尿痛も苦にならない程度
11日 検尿 異常なし 狭心症薬パナルジン服用OKとなる。
12日 鉄粉 13日鉄さび いずれも洗浄しきれなかった古い血
15日ごろから排尿の出始めに少量の鮮血
22日 排尿のたびに出血するので近くの行きつけの病院で検尿して血止め薬を処方してもらう。術後出血は普通のことと言われて安堵した。
相変わらず排尿の始めに出血しているが、痛みもなく、排尿も順調なので、普通に体を動かすことにした。Y先生に禁じられていた自転車にも乗り始めた。
31日 阪大循環器内科の定期健診 エコー・血液・レントゲン検査 案の定、貧血気味ということで心臓への影響が心配だから吉田病院での診断を勧められた。血栓予防のパナルジンは今後不要、血液サラサラ薬バイ・アスピリンは継続必要、という指示があった。
4月1日 吉田病院で尿と血液の検査 異常なし(貧血数値10.8)  6月3日を尿検査日に指定された。平癒すればパスするつもりだったが、どうも巨大肥大118ml手術の実績記録作成上、わたしの協力が必要らしいので、全快の結果を聴きに行くつもりだ。前立腺の薬、サプリはすべて不要となった。

昨朝、目が覚めてわれを疑った。夜間排尿に一度も起きていなかった。何年ぶりだろうか。数年間悩んだ障害が嘘のように消えた。万歳!

終わりあれば始まりあり。実は細尿を肥大の始まりと思いこんでいたが、振り返って考えるとそれよりかなり前から、世間に知られてない症状があった。それはネットにも書物にも載っていない。
私がどうしてそれに思い至ったか・・・。
手術以外に選択肢がなくなったとき、いくつかの手術の方式を調べた。そして出血の少ないPVP手術しか選択肢がないことを知った。それぞれの手術法の後遺症を比較する意味がなかったので、男性機能(勃起と射精)の不全には注意を払わなかった。
ブログの読者のために、PVPでは男性機能低下がほとんどない、と書くべきだったが、自分の歳を考えると決まりが悪くてできなかった。
追加手術で排尿障害が治癒すると、泌尿器と連動する前立腺が、第一義的には男性器であることが自然に意識された。そして男性機能を試し撃ちして確かめた。弾はほぼ涸れているが空砲を放つことができた。痛みはなく解放感があった。
このことをもって、わたしの前立腺が発病した最初の兆候が射精痛であることに思い当たった。
まだ元気だった頃の話に戻る。発射の快感のかわりに一瞬歯を食いしばるほどの激痛に襲われた。弾道が前立腺の肥大化によって狭められ、弾が無理を押して発射される瞬間の痛みだった。これがそのつど起こった。前立腺炎症による射精痛と混同しないでいただきたい。
続いておこる症状が排尿困難である。力んで尿を出すと細尿、残尿、頻尿、血尿等の不快症状が伴う。
泌尿器科に行くと決まって、効くとされているアボルブを処方される。男性ホルモンを抑える薬であるが、勃起障害等の副作用があることはわたしには告げられなかった。ネットで調べて知った。数回服用して乳房が膨らんできた(女性化した)ので服用を止め、別に処方されたユリーフを飲み続けた。
症状は進み続けてついに閉尿に至った。その間近くの病院の先生に前立腺が巨大化すると排尿障害で腎臓に悪影響が及ぶから手術すべきだと警告を受けたことがあった。
巨大化するまで放置したのは自分の責任である。しかし放置したことで出血のすくない新機器PVPに巡り合う幸運に恵まれた。そして今回さらにパワーアップしたCVPで快癒を迎えることができた。医学・技術の進歩に感謝する。        

 



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