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GANTZ

2011-05-19 15:35:45 | SF
『ホッタラケの島 ~遥と魔法の鏡~』の佐藤信介監督作品。

キャスト:二宮和也、松山ケンイチ、夏菜、吉高由里子

ストーリー:就職活動中の大学生玄野(二宮和也)は、駅のホームで線路に倒れた人を救うため、友人の加藤(松山ケンイチ)と共に電車に轢かれ死んでしまう。死んだはずの彼らは見慣れない部屋で目覚め、GANTZと呼ばれる黒い玉を前にする。困惑する彼らはGANTZの命により命懸け戦いに駆り出される。


 ベストセラーのマンガの映画化。
 ちょっとだけ楽しく観れました。事前情報で「原作の展開と全く一緒」と聞いていたのですが、細かい演出などが映画用になっていたためです。とはいえ、映画として、いい映画かダメな映画かと言えばダメな映画だとは思います。起承転結の流れと、登場人物の心の流れがちゃんと噛み合ってません。原作では上手くいっていた部分をわざわざ改変して悪くしてしまっているのは、よろしくないです。
 ここで念を押しておきたのは私は「原作と違うからダメ」という立場を取らないことです。マンガはマンガの、映画は映画の制約があり、表現手段として全く別物です。展開、設定が異なることは必然と考えます。原作と映画版を比較するのは「物語」を成り立たせる上で重要となる、起承転結の在り方の違いを明らかにするためです。

【自分は何のために生きるのか】
 原作からの変更点で最も大きなポイントでもある主人公、玄野の年齢。それは物語のテーマが変更されていることを表象します。原作のガンツでは主人公玄野は高校生。学校に友達もいなく彼女もいない。人と関わっていないから、生きている実感をもてない。そんな玄野が生死の極限に晒され守るべき人と出会うことで、積極的に生きることを望むようになるという話でした。映画版では玄野は大学4(3?)年生。就職活動がうまくいかず、就活マニュアル本で読んだ「人には資質があり、誰しもにどこかに活躍の場がある」という言葉を面接で口にするが、全く自分の言葉になっていない。このフレーズが劇中で繰り返され、それを反復する玄野の声のトーンに心情の変化が描かれます。映画版GANTZは玄野が生きがいを見つけるという話になるのです。ちょっと原作とはニュアンスが異なります。映画版はあくまで「能力の発揮」が核心部分(にならなきゃいけないハズ)。

【玄野は生きがいを見つけたか?】
 原作からの物語の改編上すごく大事な局面が改悪されている場面があります。それは、終盤の仏像編。ここは原作でもすごく大事な局面で、玄野の暗黒面が全開になり、そして敗北するシーンなのです。そしてここで味わう挫折が後の玄野の行動に繋がります。
 ちょっと長くなりますが、順を追って説明します。原作の玄野は、生きる実感が持てない。しかし、GANTZの第二ミッションの田中星人編で変化が訪れます。メンバーの内、唯一GANTZスーツを着ていない玄野は極限の状況で戦い抜き、メンバーの中で最も高い得点(しかも桁外れの)を手にするのです。ここで優越感を得た玄野は戦いを望むようになり、仏像編へと移行します。絶対的な自信の下、玄野は仏像を駆逐していきますが、最強の敵である千手観音にはむざむざ仲間を屠られ、自身もなす術もなく戦闘力を奪われてしまいます。玄野は何も出来ず、仲間が死ぬのをただ見つめるだけ。そして終にはたった一人の生還者になってしまう。

この「何も出来なかったのに、俺だけ生き残ってしまった」という敗北がGANTZという物語のターニングポイントになっています。玄野は戦いにすら生きる希望をなくしてしまいましたが、遊びで付き合うことになった初めての恋人、多恵と心を通わせることで再び生きる目的を見つけ、(恐らく)物語が終わるまで一貫した起動力となります。
 劇場版での仏像編。黒野は千手観音に遅れを取るものの、負傷程度。原作では中ボスであった大仏が映画版では大ボスとなり玄野がアッサリ撃破。玄野は挫折をなんら味わっていません(しかも、その前の田中星人での優越感もかなり薄められてしまっています)。彼は最後まで戦いきったヒーローになってしまいます。従ってその後の、「生きる気力をなくす」という感情の変化の必然性が相当に薄くなってしまっていますし、少なくとも玄野がチームワークを心掛ける行動の説明が欠けてしまいます。
玄野は活躍しちゃダメなのー!!少なくとも仏像編では!!!生きがい見つけらんねぇじゃん!!!
しかも劇場版のテーマは「能力の発揮」がテーマになるのですから、絶望に堕ちた玄野が多恵(吉高由里子)と恋仲になって立ち直るのはおかしい。テーマと物語の展開がズレている。恋で玄野が復活するのなら、就職活動のフレーズはカットした方がいい。

 それから蛇足の部分ではありますけど、仏像編では玄野以外にも生き残っているメンバーはいるワケです。彼らは玄野がスタンドプレーに走るのを見てしまっているのですから、ラスト「一緒に頑張ろう」なんて言い出すのは明らかに人の感情の流れとしておかしい。関係を修復するエピソードを一つ挟まないといけません。

【最後に】
 話の流れには不満が多いですが、良かった点があるのも事実。それはネギ星人との対決での日本の古典的なスプラッター表現と、GANTZスーツの質感、田中星人と玄野の初対面シーン。この3点は燃えました。よかったです。
 後は軒並み不満が。。笑
 一つ一つ指摘するのも面倒なのでザッと箇条書きで。
・タイムリミットが用を成していない。時間が来るとどうなるのかの描写が必要。
・田中星人が馬鹿みたいにポコポコ殴ってくるのは流石に間抜け。
・千手観音との鍔迫り合い。何やってるのか全然分からない。
・千手観音が死んだのか分からない(腕が吹っ飛んだだけに見えた)。
・玄野(加藤だっけ?)が千手観音へ銃を向けるシーン。さっさと撃たないのに理由がない。おかしい。
・加藤が悪夢にうなされて起きるシーン。ベッドがファンシー。貧乏な設定なのに。完全に浮いてる。
・加藤弟が食器を洗うシーン。水で流すだけでちゃんと洗ってない。演出の手抜き。
・多恵(吉高由里子)が玄野と駅のホームで話すシーン。離れて話し過ぎ。いくらなんでもおかしい。隠喩もないようなので、意味ない。
 もう一回観たら、細かいところがもっと気になるかもしれません。
マーケティング上の問題だと思いますが、エログロ要素がガッツリ削られてしまっているのは残念でした。もっと大人向けのレーティングにして、実力のある脚本家をつければ、いい映画になれる題材だっただけに。


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