裏山赤太郎~ゲイでエイズで、でも生きてくよ!~

ゲイとして生きて、50代でエイズを発症したけど、自分らしく生きていくことには変わりないないんだよってブログ。

生殺しの欲望

2015-08-25 21:08:48 | 日記
先週、ゲイの出会い系アプリからメッセージが来ました。
随分前にやりとりをした人からでした。

週末に東京に遊びに行きます。
お時間ありますか?

その人は遠方に住む30歳、
プロフィールの画像は坊主頭で素朴そうな顔。
悪い感じじゃない。
以前のメッセージの記憶によると、
この世界はあまり知らないし、友達もほとんどいないとのこと。
落ち着いた年上の人と知り合いたいと書いてきたのです。

自分はそんな落ち着いた渋いタイプじゃないですよって返事をしたら、
別に渋くなくてもいいです、
機会があれば会ってみたいですだなんて、
ちょっと可愛いことを書いてくれたのでした。

その後、特にやり取りも無く、
もちろん実際に会うこともありませんでした。

そんな折、とつぜんのメッセージでした。
とりあえず、日曜日に時間が取れるので会うことにしました。

東京は全くわからないと書いてあったので、
宿泊しているホテルまで迎えに行くと、
ロビーに座っていた彼は予想していたタイプとは少し違っていました。
切れ長な童顔ではありますが、
短めのソフトモヒカンで体つきもイメージよりも大きく、
素朴な男の子というよりはノンケのような粗野な雰囲気がありました。

それでも挨拶をする笑顔はイメージ通りで、
すぐに打ち解けて、話をしながら外へ出ました。
東京は観光らしいことをしたことがないということで、
自分たちは、とりあえずお決まりな場所、
東京スカイツリー、浅草へ向かうことにしました。

彼とは話しずらさは感じませんでしたが、
それでも年齢のギャップはあります。
あまり共通の趣味とかもないので
当たり障りのない話をしながら下町を歩き回りました。

一通り、歩き回った後、
食事をしながら一休み。
さて、次はどこへ行こうかと彼の意向を尋ねると、
歩き回って汗をかいたから、
どこか温泉か、風呂に入りたいと言い出しました。

へっ?風呂?
自分はこいつ、ゲイサウナにでも俺を誘っているのか、
なんてちょっとドキっとしながら、
「浅草ならゲイサウナもあるけど」と言ってみたら、
彼はそういう場所には興味がないんですと即答しました。
自分は、そうだよなぁって苦笑しながら、
近所の風呂屋をスマフォで探してみました。

浅草には、浅草観音温泉というのがありました。
そこへ行ってみると、
かなり老朽化した建物でした。
中へ入ると、そこはもう半分お化け屋敷のような雰囲気、
木製の下駄箱、廊下を進んで脱衣所に入りました。
風呂場はタイル貼りの広い風呂場でしたが、
かなり古いままで、シャワーもなく、
ガランと殺風景な空間がありました。
自分たちは顔を見合わせ、
恐怖にも似た失望感を感じながらも
仕方なく、観念したように服を脱ぎました。

湯船はなぜか、黒ずんでいました。
カビではなさそうなので、
温泉のために黒く見えたのかも知れません。
お湯は非常に熱く、
そう簡単には要れそうにありませんでした。

彼と自分は湯船の淵に座って、
足をお湯に入れて熱さに慣れるのを待っていました。
自分は彼の意外に肉付きの良い体にドキドキしていました。
特別に鍛えてはいないようでしたが、
学生時代はバスケットをやっていたという肉体が、
緩やかに丸みを帯びて大人の男の体をしていました。

考えてみれば、
こうして若い人の体を身近にみるのは1年半以上ぶりでした。
何せ、昨年は発症して体調が悪く、
それどころではなかったのでしたから。
今年に入っても、海などにはいきましたが、
一糸まとわない若い大人の男の肉体を見るのは初めてでした。

それまで彼を性的に見ていなかったのですが、
その瞬間に自分にスイッチが入ってしまったようです。

それでも自分の病気を考えると、
彼とセックスしようと誘うこともできません。
彼もそういう素振りを見せてはいませんでした。

彼の背中に輝く玉の汗を眺めながら、
なんとか勃起だけはしないように気を紛らわしながら、
熱い風呂と発情で自分の胸の鼓動は音が聞こえそうなくらいに鳴っていました。

とりあえず、汗を流した自分たちは、
レトロ過ぎる風呂屋を後にして、
新宿に移動して二丁目を見学し、
彼の新幹線の時間までに夕食を取ることにしました。

どうやら、彼は日本人よりも中年の白人が好きなようです。
日本人でも、普通のお父さんのような人なら好きだということでした。

え?それじゃ俺は普通のお父さんぽかった?

そう言うと彼は、ただ笑っていました。

彼はもしかしたら、小悪魔なのかも知れないと、
小さな疑惑が頭を過りました。

新宿駅の改札口まで一緒に行き、
じゃあ、またねと言って手を振り彼を見送りました。

彼は改札に入る前に振り向いて、
手を振り、会釈をして、
改札に入りました。
改札に入って少し進んでからからもう一度、
こちらを振り向いて、
小さく手を振って人ごみに紛れていきました。

若くて美しい女性を見てムラムラ、ドキドキする、
ノンケのお父さん達の気持ちが少しだけわかったような気がします。

生殺し状態の欲望の炎は、
昨日には弱火には治まりましたが、
まだ消えた様子はありません。

どう鎮火したら良いのやら・・・・・・

(おしまい)

今年の盆休み

2015-08-18 22:47:15 | 日記
お盆休み、と申しましても、私は只今失業中。

私は定期的に通院をする必要があること、
この病気について必要以上に気を遣うことよりも
理解のある職場で働きたいために、
現在障害者枠での転職を考えて求職中です。

そんな訳で、夏休み、お盆休みもへったくりもありませんが、
それでも友人達も休みになることから
相乗りして夏休み気分を過ごさせて頂きました。

同じ病気の大先輩でもある親友と共に葉山の一色海岸に行き、
砂浜でのんびりとした時間を過ごしました。
また、支援団体のミーティングを通じて知り合った、
新しい陽性者の友達たちともランチやカラオケを楽しんだりして
それなりに充実した時間を過ごすことが出来ました。

去年の私には夏が存在していませんでした。
昨年に働いていた職場でも、夏休みらしきものはあったのですが、
その頃には体調はかなり悪化していたので
必要最小限の外出以外は家でぐったりとしていて、
ほぼほぼ寝込んで過ごしていたに等しい状態でした。
加えて、夏休みにも関わらず取引先から
鬼のようなメールが毎日届き、
ほぼ午前中はその対応に追われて過ごしていた記憶しかありません。
考えてみれば、そのように自宅で対応していた時間は、
時給制契約アルバイトなどというへんな雇用をされていた自分には
まったく給与として認められなかった訳です。
まあ、そんな待遇だったから、
契約更新も社員登用も辞退したのですが。

明るい陽射しと潮風に吹かれ、
砂浜に寝そべりながら海を眺めていたら、
そんな去年の自分を思い出して、
今の自分が「まるで嘘のようだ」に思えたのです。

去年の夏は、体も心も、
ボロボロになっていました。
気温が30度以上ある日でも、
夕方には熱が出てきて、寒気が治まりませんでした。
もう生存しているのがやっとで、
無表情で、笑うことも、泣くことも出来ず、
ただただ絶望と命を繋ぎ止めることだけで
生活していたのでした。

周りで波と戯れる子ども達の声と、
きらきらと輝く水面に、
私は眩しくも穏やかな幸福を感じていました。

今は心から、
医療の進歩と様々な治療に対する援助に感謝しています。

当たり前の日常が有難い。

当たり前なんて、本当はないのかも知れませんね。

当たり前を成立させるために、
様々な方々や世界が働きかけているのですから。

当たり前の生活、日常、幸せも、
まずは自分自身の意識から、
そして多くの人々の意識から作られているのだなあ。

寄せては返す波を眺めながら、
しみじみと感謝の気持ちでいっぱいになった
盆休みなのでした。


セックスの夢をみた

2015-08-17 13:12:35 | 日記
昨日は早い時間に寝落ちして、
夜中に目が覚めたせいか、
その後は深い眠りに入れなかった。

そんな中、セックスをする夢をみた。
場面はゲイサウナの風呂場だった。
自分が風呂場に入ると、
なぜかコミカルな化粧をしたままの男が湯船に浸かっていた。
その男は大柄で、広い肩幅と浅黒い肌、
盛り上がった大胸筋から鍛え上げた体をしているのがわかった。

なぜか自分は、その男をすでに知っている気がしたので、
湯船に入って、その男に話しかけた。

何かイベントでもあったの?

彼は自分に気付いた後、
一瞬驚いたように目を合わせて、
うつむいたまま黙っていた。

「もしかして、会ったことあるよね」
更に自分が話しかけると、
男は何かを察したように
「俺だよ、〇〇だよ」と答えた。

彼はお湯でバシャバシャと化粧を落とし始めた。
その顔は、中学生の時の同級生で、
自分が密かに想いを寄せていた顔だった。

今度は自分が驚いて、
「いったい何でこんなところにいるんだ!」と訊ねた。
彼は結婚していたからだ。
彼の奥様にも会ったこともあるし、
子どももいることも知っていた。

彼は「お前に会いたかったから」とつぶやいた。

その後、二人はセックスをした。
抱き合った筋肉の感触まで覚えている。
実は彼とのセックスの夢は、
20代の頃にも見たことがあったのだ。
中学校を卒業した後も、
偶然再会したことがあり、一緒に酒を飲んだ。
彼はすでに結婚をしていた。
遅い時間まで飲んで、
彼は家に泊まっていけと言ったが、
自分は理性を失うのが怖くて
一人でタクシーに乗って帰ったことがあった。

彼はサッカー部の主将だった。
中学生の割には肉体的にも成長が早く、
大人の体をしていた。
性格も人望が厚く、
常にリーダーシップを取りながら、
気の弱い人や不良たちにも気を使ってクラスをまとめていた。
いわゆる、女子はもちろん、
男子からも人気のある人柄だったのだ。

なぜ突然、彼を思い出したのか?

なぜ、夢の中でセックスしていたのか?

理由は単純。
単に欲求不満なのだろう。
自分は病気のこともあり、
ずいぶん長いことセックスをしていない。

でも最近は少しずつではあるが、
同じ陽性者の方々との交流も増えて
気になる存在の人もいない訳ではない。

それでも自分がまだ仕事が決まっていないこと、
感染に対する警戒感、
相手の気持ちやセックスに対する考えを察すると、
若い頃のように簡単に気持ちを伝えることができない。

そんな自分に浅い眠りの中で、
脳ミソが願望をもとに仮想空間を作り出してくれたのだった。

自分は夢を見ると、
フルカラーでかなりリアルな夢を見る。
正確にいえば、リアルに覚えている。

だから目覚めても、
セックスの体感が残っていたのだった。
終わった後のピロートークまで、
とても幸せな会話をしていたのだった。


いい年齢をしてなんだが、
そろそろ恋でもしないと・・・・

なんて思った夜明け前。


話さなきゃならないことがあるんだ

2015-08-08 10:49:14 | 日記
話さなきゃならないことがあるんだけど。

実は自分は・・・

その人とはあるゲイ・アプリで知り合いました。
昨年の春頃からやり取りが始まって、
もう1年以上メッセージを送り合っていますが
実際に会ったことはありませんでした。

そんな彼から先週、
突然自分の住む場所への道順を尋ねるメッセージが来ました。
高速をどこで降りたら近いか、
そんなやり取りをしているうちに、
彼が本気で会いにくるつもりなのがわかりました。

彼は自分が昨年体調を崩し、
入院したりしていたときに
メッセージで励まし続けてくれたのです。

彼は時々、自分とセックスをしたい。
こんなセックスがしたい、
ああしたい、こうしたい、などと書いてきました。
しかし、住む場所が離れていること、
昨年は自分の体調が悪くなって入院したこともあり
リアルせずにここまで来ました。

もちろん、彼には自分の体調不良は、
感染による発症だということは伝えていませんでした。

今年に入って、彼は重大な怪我をしました。
そのリハビリが続く日々でしたが、
なかなか良い状態にならず苦労していました。
彼は昨年自分がしんどいときに励ましてくれた人です。
今度は自分が、メッセージのやり取りの中で、
彼を励ますことにしました。

そんな矢先、彼が来るというのです。

結局、そのときは自分の都合がつかず、
会うことはしませんでした。
自分は彼と会えば、
彼がセックスを求めてくることがわかっていました。

3日間、悩んで彼に病気のことを伝えました。

現在の自分としては、
感染していない人(ネガティブ)と
セックスする気にはなれないことも伝えました。

「これまで,本当に辛かったんだね」

彼はそう言って、理解してくれました。

そのうえで、今度ゆっくり会って話をしようと言ってくれました。

彼もいろいろ話たいことがあるようです。

これまでメッセージのやり取りで、
彼が理解を示してくれる人だと思ってはいました。
でも心のどこかで不安の棘が、
チクチクと心を刺し続けていました。
でも、彼へのおぼろげな確信は信頼に変わりました。

でも、この病気を伝えることは、
自分にハードルを設けると共に、
相手にもハードルを示すことだと思います。

伝えること、カミングアウトは、
やはり慎重にする必要があるを改めて考えています。

あわてな~い、あわてな~い、転職活動

2015-08-04 20:17:32 | 日記
今朝、Twitterのフォロワーさんからメッセージがありました。

「採用、決まりました!」

そのメッセージに自分は、
「おめでとう!良かったね!
新しい仕事、頑張って!」
などと返信をしました。

でも、心中は穏やかではありません。
もちろん、彼の転職を喜ぶことに偽りはありません。
でも、そのメッセージを返した瞬間に、
焦りの感情が一気に心の中で膨れ上がりました。

彼の家は自分の住む街からも近く、
仕事を辞めた時期もほぼ同時だったのです。
そんなことから時々会っては、
転職活動の近況や世間話などをしていました。

彼は退職当初、ハローワークも行っていなく、
しばらくはのんびり過ごしてから
仕事を探すような話をしていました。

しかし不安は不安らしく、
愚痴っぽくなっていたので
とりあえずハローワークに行って登録すること、
転職サイトや紹介会社などを利用する方法もあるなど
アドバイスもしていました。

その後も連絡があって一緒にお茶していると、
希望する会社が不採用だったとか、
なかなか自分の経歴では募集がないとか、
さらに愚痴をこぼすことが増えていました。

しかし、心を揺らすことは忘れたころにやってくるもの。
自分がなかなか障害者雇用枠での転職に結果が出せず、
少々焦りを感じているこの頃に、
不意打ちを食らわしてきたのです。

彼はもちろん自分には感染症があることも、
障害者雇用枠での転職を希望していることは知りません。
だから、自分についてはあまり詳しい話をしていません。
自分が今度は彼に、
愚痴をこぼすこともしたくはありません。
彼は私より一回り若く、
まだ40歳を過ぎたばかりです。
自分の場合は、まず年齢の壁が大きいのです。
それは現実的に、どうしようもないことです。

ちょっと深呼吸したら、
スマフォがブルっとしました。
見ると、紹介会社からメールが来ていました。

新たな求人紹介の連絡でした。

あ、こうして自分のために動いてくれる人達もいるんだった。
そう思ったら、気持ちが楽になりました。

焦っても、仕方ありません。
藁をも掴む思い、なんて状態で仕事を選んでも、
長い目で見れば良い結果が出るとは思えません。
自分の年齢からすると、
最後の転職だと覚悟をしていかなけならないのです。
冷静に判断し、決めていくことが大切だと思います。

高望みをする訳ではありませんが、
自分の中で納得できる仕事に就きたいと考えています。

焦ったり、諦めたりしちゃダメですね。

さて、明日は通院日です。

血液検査の結果も、更に良くなっているといいなあ。


明日に希望の光を灯し続けましょう。