abeckham@izakaya

飲んで食うなら家でも十分。
それなのになぜ人は居酒屋に行く。
その謎を解く旅が、ここから始まります。

今年最後の

2006-12-28 09:04:03 | Weblog
皆様
2006年お疲れ様でした。
私も今日で今年の仕事納めです。

来年も全国の素敵な居酒屋について、皆様に少しでも面白い
小話をお伝えできるようがんばります。
まだ今年のネタがたくさん残っているんで、来年も今年の話
のUPになる予定ですが・・・
来年もよろしくどうぞ。
皆様も年末年始においしいお酒、たんと召し上がれ。
では。良いお年を。

神が楽しむ坂 神楽坂

2006-12-20 10:50:04 | Weblog
10月11日 
今日は担当の大学病院へ夕方出かける。夜のアポイントだから遅くなるだろうと、会社を出るときには,すでに直帰のつもりで出発した。仕事の事をくわしく書く気はさらさら無いので、簡単に表すが、仕事は予想を大きく裏切り、いや、期待以上に早く終わった。満足のいく商談結果を胸に、こんな時にはお酒が欲しくなる。しかもとびきりの日本酒が。御成門から地下鉄に乗り、30分後に僕は神楽坂で地上に出た。これから夜が始まる神楽坂は程よい賑わいだ。若干年配の人が多いのは場所柄か。若い人はあまり遊びに来ない街だ。僕も昔は何度か飲みに来たが、そのときは本場フランスのシェフが作るガレット(そば粉クレープ)の店に出かけ、絶品のガレットとワインに酔ったものだ。あれから6年くらい。僕はまったく別のものを求めて神楽坂を歩く。坂をぶらぶら上り、この辺かなっと目星をつけた角を右へ。しかし目指す店がわからない。思わず酒屋に入り、おばちゃんに店の場所を聞き、再度歩き始めるが、なんだか早く行きたい焦りが出てきて、早歩きを通り越し、競歩の選手のように角を曲がる僕。さあ、見えてきた見えてきた。よく見れば昔僕が行った事があるガレット屋の斜め前が今夜の僕の目標だったのだ。いや~あの頃は気がつきもしなかったと、感慨深げに店へ近づくが、ただならぬ雰囲気だ。シーンと静まる店の前。なんというか言葉にならない空気が漏れてくる。大きな縄暖簾の横に白い灯り。薄暗いを遥かに通り越した感のある入口をおそるおそる潜り店内へ。そこはまさに江戸時代の酒場だった。水を打ってある砂利の廊下を進むと、左に入口があり、そこにL字のカウンターが6席程度。左に4人のテーブルがあり、右にちょいとした縁の下があって、そこで靴を脱いで座敷上がれるようになっている。
「お一人様ですか?」と聞かれて我に変える僕に、ツルツル頭の旦那さん(若いが)が、カウンターの右端を勧めてくれた。小走りで入店した僕は上着を脱ぎ、ハンカチで汗を拭き拭きしながら着席。ビールがぐいっと飲みたいが、ここは日本酒しかメニューに無いらしい。それは百も承知なので「ぬるめの燗」を、と注文した。カウンターには2人組みのおじ様がくったく無い笑顔で酒を酌み交わしており、しゃべる言葉ははばかられると聞いていた店内のムードは、予想外に明るい。座敷にも3人連れのおじさんが愉快に談笑し(しかし大声ではない)、不倫のようにも見えるカップルが静かに酌を交わしている。
さてカウンターの中は板の間になり、そこに白い灰で満たされた堀り囲炉裏がある。炭は灰の中に埋められた金属製の穴に立てて入れられ、その上に薬缶がかかる。炭の近くにまた金属製の穴が空いており、そこに徳利を入れて湯煎している。「ほぉ~」と感心する僕。簡単に言うと灰の中で墨を起こし、その地熱で湧いた温泉で燗をつけると言った具合か。湯から抜いた徳利を何度か手の甲で確認して、お盆にお絞りと、箸と変な板を載せて、僕の前に並べ始めた。箸は木の塗りばし。杯は専用の置き台に載せられて小粋。変な丸い板の上に徳利を載せ、どうぞとばかりに展開してくれた。それでは1杯目を注ぎ、グビリ・・・
旨い。ほどよいぬる燗が喉に染みる。灘の銘酒「白鷹」だけのこの店は、ビールも冷酒も無い。熱燗か常温かの日本酒派のための店だ。2杯目を飲み干す頃に、遅くなりましたとばかりにお通しが到着。白菜の浅漬けはさっぱりしゃきしゃき。自家製と思われる塩辛は、燗された酒に合う、しっかりねっとりとした甘味があり、いり卵は甘めの味付けで、手抜きは一切無し。小さな椎茸の味噌漬けのようなものも、甘辛くて酒に合う。これがここの名物「1汁4菜のお通しセット」だろう。どれも酒を引き立てる名脇役になっている。遅れましたがここは「伊勢藤」という店で、大変歴史のある店だ。古い家屋を店にしてあり、来れば分るし、来なければ伝えにくいが、江戸時代の時代劇のセットのような井出達。店内はすべて木製作りで、日本家屋の安定感と安心感に満たされており、今時なかなか無いシチュエーションな故、最初は緊張してしまう。
ゆっくりと1本目の徳利を空け、2本目は熱燗で注文。すると作務衣を着た旦那さんが、80cmくらいある塗りも物お盆をにょきっと僕の前に差し出し、それに空の徳利を載せてくれという。言われるがままに載せると、それを受け取り、一升瓶からとくとく酒を注ぎ入れ、例のお湯の穴の蓋を空けて、中に徳利を沈めた。今日のブログは長くなる。今のうちに言っておきます。
2本目の熱燗は、先ほどのお盆に載せられて僕の前に届き、すかさず新しいお通しが届く。さっき頼んだ「いわしの丸干し」を頭からかぶりつきながら、そのエグミと香ばしさを酒で洗い流す。後追いお通しの「しらす大根ごま油風味」も程よい味付けで絶品だ。
ツルツルの旦那さんはカウンターのふたり組みのおじさんと仲がよいらしく、品のある音域の声で、静に、そして楽しそうに話す。時々お客さんが入ってくるが、客の年齢などを見ながら通す席を選ぶ様子で、若めのカップルなどは座敷の手前に、年配のお客様は座敷の奥に、1人客はカウンターに上手に通す。そのなかで若くてチャラチャラしたふたり組みが入ってきた時には、「お飲み物は清酒しかありませんが?」と軽くけん制する。清酒の意味がわからない若人は、なーんだみたいな感じで出て行ったが、暖簾を潜る時に、「すげえ
店だな」と声を出していた。入ろうとする客をけん制するのもかわいそうだが、入ってから店に馴染めないのもかわいそうだ。お店が客に教えて上げられる事も多い。
2本目の熱燗も空になり、既に一連の動作と言う感じで、3本目が届く頃には、つまみに追加した「豆腐」が届き、軽く半丁はある冷奴に、生姜と葱をかけて食べると、これまた酒が一層栄えるのだ。僕は冷奴が大好きだ。ちなみに3本目のお通しは「ドライ納豆」。久々に食べるが、これもお酒に合う。ここのお品書きは20cm×5cm位の薄い木の板に書かれた15種類程度のもののみ。「納豆」「たたみいわし」「明太子」「いかの黒造り」「でんがく」「えいのひれ」など、どれもシンプルに酒に合わせたものばかり。酒は「白鷹」しかないが、ここでは酒が主役。つまみも店の雰囲気も脇役に徹している。
3本目の熱燗がゆっくり僕を酔わせる頃、座敷から鐘の音が「ちりーん」と聞こえてきた。座敷のお客さんが注文をする時に、大きな声で「すいません」と言わなくて言いように、座敷のお客さんには鈴を渡しているらしく、その配慮が素晴らしい。座敷の入口には「静希」と書かれている。なるほど静希の間か、とわけのわからない納得をしながら、そろそろ席を立つ事にした。暑いので借りていた団扇を返し、店の名刺をもらいながら、もう一度今夜であった江戸を見回す。「洗心酒洞」と書かれた扁額や、七福神の描かれた墨絵が掲げられている。「う~ん、いい」。古い居酒屋を巡る僕の人生が幕を明けたが、こんなに古さを感じる店はなかった。これから先、ここに勝る古さは見つかるのだろうか。別に古さだけが良いんではないが、古い店という条件は、今の僕の中では大きい大切な条件だ。
さあ、まだ夜はこれからこれからという感じの神楽坂の雑踏へ足を踏み出す。ここは1人で来るのが調度良いと思う。しかしこの店の良さを嫁さんに報告せなばならない。そのためにもケーキ屋を探さねば・・・
ほろ酔いの青年が、不二家の箱を下げて地下鉄に乗り込むのは、その10分後だった。

尾張美濃の食文化

2006-12-12 12:07:18 | Weblog
10月6日 第2弾
さて前回の続き。(ちょいと出張やらなんやらで更新遅延)
ふと見つけた赤提灯。車の往来の多い道を渡り、店の前に立った。最近たいした躊躇もなく、いろんな店の暖簾をくぐれるようになった僕だが、ここはなんとなく緊張する。今夜の勝負はここで決まるからだ。深呼吸ひとつして、いざ右手を引き戸へ。
ガラガラと開けた引き戸の向こうには、それはそれは不思議な空間が広がっていた。土間のような地面。入口左に串焼き用の焼き場があり、そこに大将が立ち、串をころころと廻しながら焼き物をこなす。その背中から「いらっしゃい」と声が聞こえた。「お好きなとこに座って」と言われて店内を見渡すと、店中央に大きな楕円形のテーブルというかなんと言うか、不思議なカウンターがあり、手前に3人くらいのおじさんが、それぞれ1人で飲んでいる。奥の方ではおじさん二人がなにやらにぎやかにやっている。店の奥の左右に2つずつテーブルがあるが、今夜は客の入りが少ない様子だ。カウンターの奥のほうに座り、改めて観察。ここはカウンターというか、楕円形の全部で20人くらい座れるテーブルで、手前側に掘り込みの鍋が埋り、その中になにやら得体の知れない黒い液体がグツグツしている。その横にザルに盛られた串焼き(一旦焼いて、冷まされた物)が山積みされ、テーブル中央に保冷ケースが鎮座。中には焼く前の串焼き、野菜、エビなどが並び、その横(テーブル最奥)にも埋め込みの四角い鍋があり、おでんがグツグツしている。僕はそのおでんの目の前にいる。
さてキョロキョロしていると大将がやってきた。怖そうな井出達で威圧感があるが、「なんにしましょ?」の声は愛らしく、ほっとした僕は、ビールは先ほど飲んだので熱燗を頼んだ。廻りの人はビールだったり、コップ酒だったりで、非常に大衆的な空気が満ち、串焼きの香ばしい香りと、鍋から上がる湯気が幻想的で、店の中にいるのか外に入るのかわからない。
届いた熱燗は湯飲みに注がれた醸造酒。まずそうに見えたが、ちゃんと鍋に火をかけ湯煎されてたので、人肌程度で意外と旨い。大将の背中に賞賛を送る僕。さて何を食べようか。
廻りの人を伺いながら、この店でのルールと旨い物を探る。すると隣のおじさんが得体の知れない鍋を、そこにおいてあったお玉でかき回し始めた。「おおっ」と身を乗り出す僕。おじさんはお玉で鍋の底に沈んでいた串に刺さったモツの様な物を取り出し、自分の皿に2本取り、じっと見つめる僕に1本くれた。かるく会釈をし、皿に載せられたものを見ると、プリプリしたモツに込みが串刺ししてある。おじさんを真似て、七味をかけてぱくり。醤油味噌誰で時間をかけて煮込まれたモツは柔らかく、臭みも無い。これは旨い!!
この店の実力がわかった僕は、店内に張られたお品書きから「串カツ」と「ピーマン」を頼み、おもむろにおでん鍋から「厚揚げ」を回収した。
「厚揚げ」はでかく、良く味が染みていてうまい。今年初のおでんだが、ここは全ての食べ物が串刺しにされており、この厚揚げにも串が1本さしてある。鍋に泳ぐ「きんちゃく」には串が2本さしてあり、「すじ肉」の串はお尻の部分が赤く塗られている。どうやら最後にこの串でお会計をするのだろう(赤い串は高い串か?)。回転寿司と同じ要領だ。これなら1人で店を回せる。大将のナイスアイデア。しかし食べた後の串を捨てたり隠したりしてごまかす輩もいるだろうが、お客を信じた店主に対し、お客はやはり裏切っちゃあいけない。暗黙の大人のルールがここにある。
僕の「串カツ」らしきものを2本持った大将が僕に近づく。慌てて小皿のスペースを作る僕の横で、大将はドボンっと串カツを先ほどの得体のしれない黒い海に投じた。目を疑う僕に気づいた隣のおじさんが、この味噌ダレの中でモツ煮や串カツをほんのり味噌味にするのが、この店の名物だと教えてくれた。なるほど、味噌の化粧をするわけで、やはりここは尾張名古屋の文化圏だ。
切り目すら入れない、丸ごと焼かれたピーマンをかじっていると、お酒がからになったので、お品書きに書かれる「富翁」の「ひやおろし」を頼んだ。半信半疑の僕。たしかに今の季節はひやおろしの季節だが、こんな(失礼)店でひやおろしを飲ませてもらえるとは思っても無く、酒の到着が不安でならない。
黒海から水揚げされた「串カツ」2本を右手に、左手に酒瓶を持って大将到着。小皿に串カツを置き、からしを寄せてくれ、冷えたグラスをコンと置き、5号瓶の酒を注いでくれた。
「グビリっ」・・・うまい!ちょうど良く冷えた吟醸酒は、ひやおろしだけあって、なんともうまみの際立つ風味。透明感のあるすっきりした味わいは、少々どぎつい味噌ダレをさっぱりさせてくれる。このハーモニーは素晴らしい。
その後、串カツをお替りし、ひやおろしもお替りした僕は、ほろ酔い加減で小雨の降る外へ出た。赤提灯に「水谷」と書かれたこの店は、まだ余り岐阜を知らない僕の一押し店になった。店の中から突き出た煙突から、もくもくと旨そうな煙が出て、夜の空へ消えていく。雨の降る道路を走る車の音が、シャアシャアと聞こえる。正面から歩いてくる若い男女5人が、水谷の暖簾をくぐる。ここは若い人でも財布を気にせず豪快に飲めそうだ。いいなぁ、若い時代にこんな店が近くにあって。僕にも馴染みの店はいくつかあったが、コじゃれ学生だった僕の行く店は、流行の移り変わりに飲まれ、今はもう無いところが多い。
やはり居酒屋は古くからある所が良い。新しくてもしっかりした店も多いが、今の僕の心はそちらへは向かない。今のうちに行っておかなきゃなくなってしまう店だってある。古いものが、いつまでも古いままあるはずはない。少し焦りを感じた僕は、なぜかその場で、東京に帰ったらここへ行こうと、インスピレーションが湧いた。1週間の度に出て、東京が恋しくなり、そしてまた江戸の空気が吸いたくなった。そうだ、神楽坂へ行こう・・・