松本は既に冬の入口。でもブログの記事はまだ7月。でわ。
7月2日
名古屋出張の初日。今日は初めて豊橋に宿を取った。豊橋には大きな市民病院があり、我が社の製品も多く納入されている。時より仕事で寄るが、豊橋に泊まった事はなかった。
しかし豊橋にはキングカズ推奨の店がある。一度訪ねねばと思い、ようやく初めて豊橋泊まりとなった訳だ。
ホテルを出て、随分長くなった陽に照らされながら町をさまよう事30分。地図も何も持たず外出した無能振りを嘆きながら辿り着いたのは「千代娘」だ。何度も道を尋ねながら、汗だくになり辿り着いた感動もあるが、まずはその佇まいに心が動く。古い2階建ての一軒家が醸し出す静謐感と情緒に思わず入店をためらうほど。ここは居酒屋ではない、割烹だ。懐具合も考え、今日は遠慮しようかとも考えたものの、ここに来る為に来た豊橋。僕は意を決して扉を開けた。
さて薄暗い店内からかかる声に促され、店内右手にある「コの字」ならぬ「くの字型」カウンターに腰を下ろす。和服に白い割烹着で日本髪を結った女将さんがおしぼりをくれる。すいませんと一言返し、汗だくの顔を恥じらいも無く拭き、改めて店内を見る。7席ほどのカウンターの他には奥に小さな小上がりがあるだけ。非常に小さな店だ。
ビールを注文すると、カウンター下から氷水で冷やされたサッポロ黒ラベルが。女将さんにお酌してもらい、一息でぐびり。「暑いんでしょう、良い飲みっぷりで」と声をかけられ、今日ここに来るまでの経緯を説明した。
僕の目の前には料理台があり、そこに大鉢に盛られた小料理がある。「鰯煮」「おひたし」「煮しめ」「枝豆」とどれもおいしそうだが、その中から「煮タコ」をもらう。強くしてくれた冷房で心地よくなっていると先付けが届く。茹でたサザエを細かく切り、キュウリと合わせて赤味噌で合えてある。こりこりした食感と赤味噌の甘酸っぱさがうまい。レベルの高い先付けだ。
キングカズの本を読んでここに来たと話すと、なんと先月キングもここへ来ていたらしい。名古屋の取材の後にわざわざ寄り、偶然僕と同じ席に座り、同じ「煮タコ」を食べたらしい。
「煮タコ」は柔らかく煮込まれたタコにしっかり醤油の味が染みていて、芥子をつけて口に放り込むと、なんの抵抗もなく噛み切れる。これはうまい!!
常連と見える男性が一人入店し、女将のつけた熱燗をカウンターでやり始めた。しかしすぐにコンパニオンらしき女性が現れ、二人で二階の座敷に上がって行った。どうやら二階にはたくさん小座敷がある様子。一人でふらりと寄り、女性を呼んで一杯。いやはやさすがここは割烹だ。今の僕にはカウンターで一人ちびちびが等身大。これで良しとしようではないか。
さて僕も日本酒をと、この店の名前にもなっている「千代娘」をぬる燗してもらう。聞く所によると千代娘は浜松の酒。先代がこの酒から名前を取って店を始め、今では創業50年に迫る歴史だそうだ。「古いだけですよ」と謙遜する女将さんだが、「古い、変わらないものに価値がある」と僕も生意気な、どこかで聞いた事のある返事を返す。
竹の皮に書かれた達筆のお品書きは品数豊富。「よこわ」「みる貝」「烏賊」「真鯛」などの刺身から、「鯛あら煮」「鰈煮付け」などの煮魚。「鯛塩焼き」や「太刀魚」などの焼き魚。はたまた揚げ物に「卵焼き」や「月見」などの一品料理もたくさん並ぶ。僕はその中から夏の風物詩「鱧落とし」を注文した。
千代娘は甘さ控えめで飲み口はさっぱり。燗すると幾らでも飲めそうな味だ。女将さんに豊橋の事を色々聞いてみた。豊橋は愛知県第2の都市だが、人口では最近豊田市に抜かれたらしい。工業や造船業が盛んだが、工場が多いだけに外国人労働者が多く、2万人位の外国人が済んでいるそうだ。ある小学校では日本人生徒より多いらしい。小さな国際都市だ。豊橋の名産は何と言っても「ちくわ」。それと昔懐かしのオブラートに包まれた固いゼリーらしい。特に観光名所も無いが、豊川(とよがわ)が大きくうねる所にある吉田城跡からの眺めは中々らしい。吉田城を築城したのは戦国の雄、池田輝政。現在は櫓を残すだけだが、豊橋は城下町なのだ。そうそう豊橋と言えば東海道53次の宿場町のひとつ、吉田宿だ。カズの本でも出て来た。その名残なのか、豊橋は古い居酒屋は無く、料理旅館や割烹が多いらしい。
店内の生け簀からさらわれた大きな鱧が捌かれ、僕の目の前に登場。捌きたての鱧が食べれるなんて贅沢だ。奇麗に骨切りされた鱧の身を潰し梅に付けてパクリ。鱧の土臭さを梅が上品にコーティングし、旬の味わいが口に広がる。これは酒と合う。今日はいっその事贅沢してやれ。
追加で「鮎の塩焼き」を頼むと、店の玄関に控えめに男性が登場。女将さんと話している様子を聞くと、すっぽん漁師の様子だ。お品書きにもすっぽんはあったが、僕はすっぽんを食べた事が無い。子供の頃、亀を飼っていただけに、すっぽんは生涯口にしないと誓っており、その話をすると女将さんは大笑い。一気に打ち解けて行く。そんな話をしていると茹でたての赤い蟹が僕の目の前に。出入りの魚屋からもらった「もがに」と呼ばれる蟹らしく、店からのサービスだと言う。わざわざ女将さんが解体してくれ、僕はそれにかぶりつく。身は少ないが、凝縮された蟹の味がうまい。指までなめながら、蟹みそを甲羅の中で潰し、その中に酒を入れて飲み干した。
「鮎の塩焼き」は小振りな鮎が二尾。豊川の上流で取れた物らしく、頭から尻尾の先まで丸ごと食べれる。これも酒に合う。3本目のぬる燗を頼み、しっかり腰を据えてしまった。
その後も女将さんと話し、手伝いに来た娘さんと、時々奥から顔を出す大将と話をしながら、話はまたキングカズの話に。せっかくだから千代娘がニッポン居酒屋紀行で放送されたビデオを見ようという話になり、大将がビデオを流してくれた。お馴染みのテーマソングが流れ、お馴染みの赤ら顔が映る。先ほど話に出た吉田城跡を巡った後、カズは千代娘に到着。またまた偶然にも僕と同じ席に座るカズ。カズが訪れた店の、それも同じ席に座り、カズの映像を見ながら酒を飲む。きっとこの幸運を味わったのは僕だけだろう。店でお客さんがいるのにこのビデオを流したのは初めてだそうだ。この幸運に感謝。
レジ棚に飾られた大黒様に供えられた杯や、大きな熊手。古き良き日本の酒場の情緒が満載なこの店で、僕は幸せを噛み締める。大将お勧めの「鯖の刺身」を最後に注文。福岡育ちの僕に取って「鯖の刺身」は当たり前のもの。しかし東京には皆無に近いこの刺身。東京では新鮮であれどもすぐに酢で〆てしまう。それはそれでうまいのだけれど物足りない。そんな話を大将にしながら、奇麗に盛られた鯖をぱくり。福岡で食べるごま鯖とは違い、こりこりとした身の食感。九州の鯖ほど脂が乗らないらしいが、これはこれで旨い。最後の熱燗も空になったが、結局最後にもう1本つけてもらう。大将は跡継ぎがいない事を嘆いておられたが、確かにこんな店が無くなるのは悲しい。しかし同じように後継者に困る飲食店も多いのだろう。日本の職人が減り、跡継ぎが無く消えて行く伝統工芸は多いだろう。居酒屋だって立派な文化。跡継ぎの登場を心に祈り、最後の酒がお腹に入ったところで勘定してもらう。
皆さんに挨拶をし、この幸せを忘れないと誓い、再訪を約束して店を出た。夜も更け、風が涼しい豊橋の町外れ。もうこの辺は夜の帳が下りそうな感じだ。
初めての豊橋には素敵な出会いが満ちていた。今までも色んな店を回ったが、ここまで店の人と話し込んだ店は無い。なんだか大人になったんだなあと考えながら歩く32歳の大人がいた。
7月2日
名古屋出張の初日。今日は初めて豊橋に宿を取った。豊橋には大きな市民病院があり、我が社の製品も多く納入されている。時より仕事で寄るが、豊橋に泊まった事はなかった。
しかし豊橋にはキングカズ推奨の店がある。一度訪ねねばと思い、ようやく初めて豊橋泊まりとなった訳だ。
ホテルを出て、随分長くなった陽に照らされながら町をさまよう事30分。地図も何も持たず外出した無能振りを嘆きながら辿り着いたのは「千代娘」だ。何度も道を尋ねながら、汗だくになり辿り着いた感動もあるが、まずはその佇まいに心が動く。古い2階建ての一軒家が醸し出す静謐感と情緒に思わず入店をためらうほど。ここは居酒屋ではない、割烹だ。懐具合も考え、今日は遠慮しようかとも考えたものの、ここに来る為に来た豊橋。僕は意を決して扉を開けた。
さて薄暗い店内からかかる声に促され、店内右手にある「コの字」ならぬ「くの字型」カウンターに腰を下ろす。和服に白い割烹着で日本髪を結った女将さんがおしぼりをくれる。すいませんと一言返し、汗だくの顔を恥じらいも無く拭き、改めて店内を見る。7席ほどのカウンターの他には奥に小さな小上がりがあるだけ。非常に小さな店だ。
ビールを注文すると、カウンター下から氷水で冷やされたサッポロ黒ラベルが。女将さんにお酌してもらい、一息でぐびり。「暑いんでしょう、良い飲みっぷりで」と声をかけられ、今日ここに来るまでの経緯を説明した。
僕の目の前には料理台があり、そこに大鉢に盛られた小料理がある。「鰯煮」「おひたし」「煮しめ」「枝豆」とどれもおいしそうだが、その中から「煮タコ」をもらう。強くしてくれた冷房で心地よくなっていると先付けが届く。茹でたサザエを細かく切り、キュウリと合わせて赤味噌で合えてある。こりこりした食感と赤味噌の甘酸っぱさがうまい。レベルの高い先付けだ。
キングカズの本を読んでここに来たと話すと、なんと先月キングもここへ来ていたらしい。名古屋の取材の後にわざわざ寄り、偶然僕と同じ席に座り、同じ「煮タコ」を食べたらしい。
「煮タコ」は柔らかく煮込まれたタコにしっかり醤油の味が染みていて、芥子をつけて口に放り込むと、なんの抵抗もなく噛み切れる。これはうまい!!
常連と見える男性が一人入店し、女将のつけた熱燗をカウンターでやり始めた。しかしすぐにコンパニオンらしき女性が現れ、二人で二階の座敷に上がって行った。どうやら二階にはたくさん小座敷がある様子。一人でふらりと寄り、女性を呼んで一杯。いやはやさすがここは割烹だ。今の僕にはカウンターで一人ちびちびが等身大。これで良しとしようではないか。
さて僕も日本酒をと、この店の名前にもなっている「千代娘」をぬる燗してもらう。聞く所によると千代娘は浜松の酒。先代がこの酒から名前を取って店を始め、今では創業50年に迫る歴史だそうだ。「古いだけですよ」と謙遜する女将さんだが、「古い、変わらないものに価値がある」と僕も生意気な、どこかで聞いた事のある返事を返す。
竹の皮に書かれた達筆のお品書きは品数豊富。「よこわ」「みる貝」「烏賊」「真鯛」などの刺身から、「鯛あら煮」「鰈煮付け」などの煮魚。「鯛塩焼き」や「太刀魚」などの焼き魚。はたまた揚げ物に「卵焼き」や「月見」などの一品料理もたくさん並ぶ。僕はその中から夏の風物詩「鱧落とし」を注文した。
千代娘は甘さ控えめで飲み口はさっぱり。燗すると幾らでも飲めそうな味だ。女将さんに豊橋の事を色々聞いてみた。豊橋は愛知県第2の都市だが、人口では最近豊田市に抜かれたらしい。工業や造船業が盛んだが、工場が多いだけに外国人労働者が多く、2万人位の外国人が済んでいるそうだ。ある小学校では日本人生徒より多いらしい。小さな国際都市だ。豊橋の名産は何と言っても「ちくわ」。それと昔懐かしのオブラートに包まれた固いゼリーらしい。特に観光名所も無いが、豊川(とよがわ)が大きくうねる所にある吉田城跡からの眺めは中々らしい。吉田城を築城したのは戦国の雄、池田輝政。現在は櫓を残すだけだが、豊橋は城下町なのだ。そうそう豊橋と言えば東海道53次の宿場町のひとつ、吉田宿だ。カズの本でも出て来た。その名残なのか、豊橋は古い居酒屋は無く、料理旅館や割烹が多いらしい。
店内の生け簀からさらわれた大きな鱧が捌かれ、僕の目の前に登場。捌きたての鱧が食べれるなんて贅沢だ。奇麗に骨切りされた鱧の身を潰し梅に付けてパクリ。鱧の土臭さを梅が上品にコーティングし、旬の味わいが口に広がる。これは酒と合う。今日はいっその事贅沢してやれ。
追加で「鮎の塩焼き」を頼むと、店の玄関に控えめに男性が登場。女将さんと話している様子を聞くと、すっぽん漁師の様子だ。お品書きにもすっぽんはあったが、僕はすっぽんを食べた事が無い。子供の頃、亀を飼っていただけに、すっぽんは生涯口にしないと誓っており、その話をすると女将さんは大笑い。一気に打ち解けて行く。そんな話をしていると茹でたての赤い蟹が僕の目の前に。出入りの魚屋からもらった「もがに」と呼ばれる蟹らしく、店からのサービスだと言う。わざわざ女将さんが解体してくれ、僕はそれにかぶりつく。身は少ないが、凝縮された蟹の味がうまい。指までなめながら、蟹みそを甲羅の中で潰し、その中に酒を入れて飲み干した。
「鮎の塩焼き」は小振りな鮎が二尾。豊川の上流で取れた物らしく、頭から尻尾の先まで丸ごと食べれる。これも酒に合う。3本目のぬる燗を頼み、しっかり腰を据えてしまった。
その後も女将さんと話し、手伝いに来た娘さんと、時々奥から顔を出す大将と話をしながら、話はまたキングカズの話に。せっかくだから千代娘がニッポン居酒屋紀行で放送されたビデオを見ようという話になり、大将がビデオを流してくれた。お馴染みのテーマソングが流れ、お馴染みの赤ら顔が映る。先ほど話に出た吉田城跡を巡った後、カズは千代娘に到着。またまた偶然にも僕と同じ席に座るカズ。カズが訪れた店の、それも同じ席に座り、カズの映像を見ながら酒を飲む。きっとこの幸運を味わったのは僕だけだろう。店でお客さんがいるのにこのビデオを流したのは初めてだそうだ。この幸運に感謝。
レジ棚に飾られた大黒様に供えられた杯や、大きな熊手。古き良き日本の酒場の情緒が満載なこの店で、僕は幸せを噛み締める。大将お勧めの「鯖の刺身」を最後に注文。福岡育ちの僕に取って「鯖の刺身」は当たり前のもの。しかし東京には皆無に近いこの刺身。東京では新鮮であれどもすぐに酢で〆てしまう。それはそれでうまいのだけれど物足りない。そんな話を大将にしながら、奇麗に盛られた鯖をぱくり。福岡で食べるごま鯖とは違い、こりこりとした身の食感。九州の鯖ほど脂が乗らないらしいが、これはこれで旨い。最後の熱燗も空になったが、結局最後にもう1本つけてもらう。大将は跡継ぎがいない事を嘆いておられたが、確かにこんな店が無くなるのは悲しい。しかし同じように後継者に困る飲食店も多いのだろう。日本の職人が減り、跡継ぎが無く消えて行く伝統工芸は多いだろう。居酒屋だって立派な文化。跡継ぎの登場を心に祈り、最後の酒がお腹に入ったところで勘定してもらう。
皆さんに挨拶をし、この幸せを忘れないと誓い、再訪を約束して店を出た。夜も更け、風が涼しい豊橋の町外れ。もうこの辺は夜の帳が下りそうな感じだ。
初めての豊橋には素敵な出会いが満ちていた。今までも色んな店を回ったが、ここまで店の人と話し込んだ店は無い。なんだか大人になったんだなあと考えながら歩く32歳の大人がいた。