When words leave off music begins.
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Vitali Chaconne [Arthur Grumiaux]
景行天皇四〇年(西暦一一〇)日本武尊東征の砌、当地御通過に際し「大塚丘」に於て親しく富士の神霊を拝され、大鳥居を建てしめ、子方ひろし富士の神山は北方より拝すべし・・・・と詔(みことのり)して曰く、因りて丘上に小祠を営み、浅間大神を勧請し日本武尊の合わせ祀る。延暦七年(七八八)甲斐守紀豊庭、丘北に地をトし現在地に社殿を構える。以後、甲斐守藤原氏、北条義時公、武田信玄公、浅野氏重氏、谷村城主鳥居氏逐次造営、享保一八年(一七三三)富士道者、村上光清師造営現在の規模となる。
摂社 諏訪神社
勧請年代は不詳であるが古くから当社一帯の森を「諏訪の森」と呼ぶことや『甲斐國志』巻之七十一神社部第十七上[諏訪明神]の記述からも相当の古社であることが伺える。元々は当地域の氏神であったが明治維新の際に北口本宮の摂社となる。例祭である「鎮火祭」は日本三奇祭の一つに数えられる「吉田の火祭り」のことで、勇壮な神輿の渡御や高さ三メートルにも及ぶ大松明八十本余の焚き上げ等、例年大勢の参詣者で賑わう。