桜萩原咲く39

拙い気持ちをぶっつけあって
心は育まれるのです
その心の啓蟄が
青春だと思うのです・・・・

*おべんとの話

2008年03月30日 | Weblog
お弁当のおかずに
めざしを3匹
毎日入れることを母に乞うた事があります
ご飯の入ったアルミの弁当箱の片隅に
めざしが3匹
毎弁当、どれくらい続いただろうか・・・・
確か僕の席の前にいたSS馨君が
めざとく見つけてこう言った

「背ちっちゃいからめざし食べて大きいなりたんか?」
お、恐るべし!SS君!!当たりです!!!
確かそんな記事かなんかを見て
思い立ったんだと思う
けなげ、でしょ?
見破られたからだとは記憶にないが
しばらくして止めました・・・・
どっちかゆうとあんまし魚好きやないんで・・・・
まあ、ちぃっちょうても、ええか! 思てね(笑)

ご飯を入れる箱と
おかずを入れる箱
二つを重ねたんがお弁とやったね
ある時母が
おかずの箱に豆ばっかし入れて用意してるのを見て
「そんなんは、ご飯の上に載せて欲しい」
と言ったら、母はおかず入れを持って
「ほんなら、ココに何入れるノン!!」
に、「そうか・・」と黙ってしまった事がある

次の日
おかずの豆を一個一個つかんでは
口に入れる作業は、ちょっとしんどかったナア
今考えると「僕とこ」貧乏やってんなあって思う
全然感じひんかったけどね・・・・鈍感?(笑)
・・・かんさん

*東京の僕へ・・・・

2008年03月30日 | Weblog
今日、東京へ荷物を送りました
コーナンで買った段ボール箱二つ
ソコに4月からの僕の生活用品を詰め込んで
東京の住所の僕宛に送りました
何とも不思議な感じです

「ドライバーいるかな?」
「いらんやろう」(笑)
「ペンチは?何かが壊れたときに・・・」
「いらんいらん」(笑)(笑)
かあちゃんは笑ってます・・・・
ずっと道具と関わった生活だったから
ドライバーやペンチがないとちょっと不安・・・・
(道具依存症?・・しかも重症?)

昔のココ「大宮西之町」で生まれ
小学校も
中学も
そしてもちろん桜校も
大学も
仕事も
結婚も
ずっとココで暮らしてきました

実に56年間です
この齢になって異国の地で
大卒生と共に寮生活!
何とも愉快な人生ですよね
今までほぼ自営で来ましたから
規則正しい生活はちょっとしんどいかも知れません
「若いこと暮らしたら頭が柔軟になってええよ」
娘はそう言って父親を励ましてくれます

東京にいるしばらくは
ネット環境確保が難しいので
アップできないと思います
え?インターネットカフェでやれ!って?・・・・
ソウヤネ・・時間的にもねえ、むつかしいかなあって思ってます
もちろん赴任先が決まったら
環境を整えて!!と思ってます

6月30日までの面白い話と
当日の再会こぼれ話に期待してます
後2日・・桜39

21*脇田は大声だ(あ・・新しい展開・・?)

2008年03月27日 | Weblog
脇田の声は大きい
「わーっ」と突然意味もなく叫んでは
よく僕らを驚かせやがった・・・・
よくとおる大声だと僕は思う
その脇田が不気味な呻り声を張り上げながら
前から襲って来る

てっきり後にいる僕の、さらにその後から来ていると
思っていたなべさんは
反転して逆方向の前から現れた脇田に仰天し
意味不明の声をあげながら思いっきりパニクって振り向くや
突き当たった僕を引きずり倒して一人で逃げていく
「このー!」僕は僕で笑いながら怖がって
よたよたと立ち上がった所で脇田に捕まった
「でん!」・・・・
そして僕が鬼になった・・・・

脇田の家に集まるのは大体僕となべさんだった
時々越智君もいた・・・・(こないゆうとかんとね!)
3人の時は「チー・ポン」にはならず
ぶらりと表に出て気分転換のように、近くの淀川の堤にあった公園に行き
その真ん中に「でん」とあった周囲が20m位の大きな石碑の周りで
鬼ごっこをやった・・・・
大学生が3人で、だ

人家もなく多少の大声はお構いなしで
夜中の12時ぐらいまでも延々と
追いかけては「でん」
鬼が変わっては又追いかけて・・・と遊んだ
楽しかった!バカだから・・・・(笑)
幼いというのかも知れないが
遊びは単純なほど面白いように思う
幼い遊びをした大学生の幼い友達?・・よくわからんわ(笑)

いつも行くのは夜だったので
いまだに何の石碑だったのかわからないが
それにしても、
追いかけられた時に後から聞こえてくる脇田の大声は
本気で不気味だったと今も思う・・・・桜39

20*藤本君の思い出

2008年03月26日 | Weblog
階段をひょいひょいと跳ぶように歩く
魔物のような男子を知ってますか?
ほら、僕が20年ぶりの再会を期して連絡先をたづね歩いたとき
唯一お母さんの名前から特定できて
大喜びの私に「ずっとココに住んでんで~」と、こともなげに言ったあいつです
そう、それが藤本一也君です
彼との二度にわたる梅田地下での再会話は
「らくがき・ざっかん・ひとりごと」第一集に譲ることにして・・・・

当時彼は録音に凝っていて
確かSONYの機械が最高だと言って譲りませんでした
もちろん、当時出始めていた(?)カセットなる録音方式は
スピードが遅いことから高度な録音を目指す彼の眼中にはなく
あの機械の上部に2本のリールをセットして
左のリールから録音と消去と再生の三つのヘッドを通過して
右のリールへとテープが巻かれていく
「オープンリール」方式の録音機
録音と再生と消去の三つのヘッド、
コレは高級品の代名詞で、三つが独立していることが
高性能につながると得意げに話してくれました

その彼が何気なく録音を自動で止めたいような話をしたことがあって
「そんなもんタイマーにセットしたらええやんか」
と僕が言ったのを
(そんなことわかってるわ)と見下すような眼差しで
「電気的に止めてもレバーを停止位置にせえへんかったら
ローラーがピンに圧迫されたままで痛むやんか」と返してきた
それが原因で回転むらがでるというのだ・・・・

当時の録音機はそうだった
かなり大きめのレバーが一つあって
右へ一段廻すと再生
その時に赤いボタンを押しながらやると録音
再生からもう一段廻すと早送り
真ん中の停止位置から左へ廻すと巻き戻し
と言った具合に全ての動作が
この一つのレバーの機械式連動によって
成り立っていた
このレバーをタイマーと連動させて動かす・・
僕の発想の遙か上の次元で藤本君は悩んでいたのだ・・・・

おそらくその影響だろう
僕の家には今もソニーのオープンリールの録音機が大事においてある
もちろんもう現役から遙かに遠ざかっているのだが
物理班だった当時、電機部品の街・日本橋へ行っては半日、
通りの店を一軒一軒見て歩き
最後には必ず、いつもの店の同じ場所においてあった
このソニーの録音機を見ながら

現在の自分の貯金と
録音機に着いている金額との差が
後何回のお年玉やらお小遣いで埋まるかを想像しながら通い詰め
最後にはとうとうその録音機を買い求めて
自宅に向かう市電の中で
小躍りしたくなるのをじっと我慢しながら持ち帰った思いが
どうしてもこの録音機を手放そうとはしてくれないのだ・・・
そして又、藤本君とのこんな思いでを確認させてくれる
大事な僕のおもちゃでもあるのだ・・・・桜39






19*北海道4人旅・その3

2008年03月24日 | Weblog
僕らは「急行・北国」の揺れる車内で一晩を過ごし
夜が白々と明けてくるのを感じ、その太陽が日本海に沈んでいくのを見た・・はず・・
全てが直角の自由席の堅いイスの上で・・だった
その間に三度の食事をして・・度の・・んちもした・・・・はずだ(確かな記憶はない・・当然だ!)
そうして「あおーもリ・あおーもリ」という独特のイントネーションを耳にして
僕らは青森駅に降り立った
この「あおーもリ」がなべさんの壺にはまってやつは笑い転げ
しばらくはまねをしてみんなを笑わせた

ここから青函連絡船に乗って函館に渡り僕らは東の「静内町」を目指す・・のだが
ここで、大切な仕事が生じてきた
昨日であった3人連れの少女たちと
「どこかで遇おう」と言うことになった
もちろんお互いが一応の予定を立てていたが
宿の予定を一切していない僕らが
予定のコースを変更しまくって少女達にあわせた
勿論だれ一人として変更に異論は唱えない
みんな再開を切望したのだ・・納得・うんうんわかる!

僕らのただ一つ外せない予定は
「紋別町」に住むという麓のペンパル(=ペンフレンド=文通相手=もう分かる?)
との密会?だった
北海道の女子と文通?・・・麓はこの頃からまめだった?
いや、文通というのが結構流行っていた・・確か・・
今のようにメールでなく
一文字一文字、手書きの言葉をしたため
素性を偽ってだますとか売りつけるとか
そんな心配のない
ただ知り合いたいと言う純粋な部分での
つき合い方が当時はあった・・・懐古趣味??

さておき
それ以外は予定があってない、テント泊のぶらり旅だったから・・・
そして
「阿寒湖のキャンプ場で遇おう!!」となった
函館からは同じ列車で出発したが
明け方、苫小牧(確か・・)で北に向かう少女達と強く再会を約して別れ
僕らは静内を目指した

大阪を出て二回目の朝、
僕らは寝起きの顔と疲れた体をぼやけた脳みそで操りながら
苫小牧と襟裳岬の丁度中間当たりの「静内駅」に降り立った
特に観光名所があるわけでなく
旅行者も珍しいような田舎の駅だった
そこにいきなり4人の若者が大きな袋を担いで現れ
その袋から自転車の部品を取り出して組み立て始めたのである

「な、何者?」いぶかしげに見入る大人に混じって小年が二人
僕らの自転車を組み立てていく様子を面白そうに見ている
小学生Aと中学生B、Aの両親は焼き肉屋をしているそうで
「兄ちゃんら、キャンプするんならいい場所教えたろか?
お肉も持ってきたるよ」といって話しかけてきた
駅止めで送っておいたテントや寝袋を駅舎で引き取り、
組み上げた自転車に装備した僕らは
二人の少年達の先導で今日のキャンプ地を目指して走り出した
「北海道サイクルキャンピング・4人旅」の始まりだった・・・・続く
かんさん

*おっちゃんこれでどない?これでいこか?

2008年03月22日 | Weblog
コメント

エエ奥さんヤ! (A旧漢字)
2008-03-21 13:23:45
そんなこんなで、「ありがとう」
奥さん手作りのスイートポテトは、とても美味しく、図々しくも、お土産にも持たして頂いて・・・「ありがとう」
夜、ゴルフから帰ってきた夫が、目ざとく見つけ「どしたん?」「かんさんの奥さんの手作りや」「美味しいなー」って早食べている
「食べてもイイ言うてへんやろ!」って怠りして・・・
ホント美味しかったです、夫からも「ありがとう」です
元気で頑張ってきてや!
で、オリーブさん、八尾のおっちゃん、
集合して「送り出す会」はなくなりました。
で、6月の同窓会を盛り上げ、楽しい思い出を残せるように、ご協力を・・・



登校しいやー! (八尾のおっちゃん)
2008-03-21 22:23:07
「ごめん、ご…」の投稿コメントが、かんさんまで投稿コメントに入って10も続き、「このままここで続くんかな、ややこしー、初めて来たもんがここのコメント気付かんかったら、どもならんが…」と心配しとりました、はははははぁ。とりあえず、エントリ再開で安心しました。
A旧さん、了解しました。とはいえ、「九州の君」はたいしたもんですなぁ、エネルギー注入に間をおかずぐっとタイミングといったところですなぁ、グー!
ところでこのブログ、まだ沢山の人が利用していないつまり、登校していない人、いるでしょ。
まだ遅刻と違うから、タクシー同乗で、はよおいでや。

*ほんまやな、おっちゃん

2008年03月22日 | Weblog
コメント
ほっとコーヒー?! (にゃんです)
2008-03-17 21:52:46
良かった、良かった、就職おめでとう!
東京へ行った?…なんでかな?…勝手に??なことも考えていたので、でも今はホッとしてます。
寂しくなるね。
「かんさん、頑張れ! 励まし会!」
桜39同窓会は、「かんさんおっかけ○○で…」
なんていかが?? ね!
新しい仕事(?)、新しい生活…
愛する母ちゃんと頑張って!! とは言っても身体も大切、無理はしないでほどほどにね。
みんなで応援してます。



らっかん楽観、らっかんさん (八尾の)
2008-03-17 22:23:40
どうしたんやろというノンが先やった、ちょっと心配も、ところどころちょっとさびしいコメントもあったし、なんか変に勘繰ったり、女性軍から立ち遅れて、ただいま打っております。
なんか引き金ひいたみたいなぁ、ごめんな。結局、軽妙にみんなの思いを引き立てて、再開をたのしみにできるよう、その時を明るく昔話に浸れるよう雰囲気をしっかり作ってくれた、そこに安心しておっちゃんなんか もたれてしもうて…。
でもな、研修て2か月もないし普通、大阪にも支社があるやろ(どんな会社かわからへんのによういうわ…)、勤務地が高槻ちゅうこともあるやろが(そんな都合のええことがあるかぁ…)
かんさんの作ってくれたこの雰囲気を大切にしたい、まぁ直接中心を担ってくれることは少なくなるやろうけど、まったくゼロでいられるわけでなし(そうやろ?)、このブログもあることやし(短いのんをサクサクってな)、しゃあないらっかん楽観、らっかんさん。
ところで6月28日、高槻のどこでやんのん? 29日おっちゃん、吹田で集会あんのんでラッキーとおもてたんやけど…。



A旧さん、どうなん? (八尾の)
2008-03-17 22:52:39
手が遅いので打ってる最中に、にゃんさんのコメントが先行したみたいです。
そうやね、近場のもんだけでも、かんそう会という手もあんね。
ところでA旧さん、どうなん?あなたの気持ちが気になる?



おっちゃん、勤務地が高槻ってか・・・ (かんさん)
2008-03-18 03:12:04
おっちゃん相変わらず面白いことゆうわ・・・・
勤務地が高槻なんてないねんけど
そう考えたおっちゃんの頭んなか創造してしまう(笑)
ココではゆうても公開で
誰がみてるかわからんから、
せやゆうて誰に見られて困ることもないねんけんど・・・
詳しい話はもちろんまたするわな
でね、考えとったんは
高槻摂津峡の「かじか荘」です
JR「高槻」まで送迎してくれるし、
新幹線なら京都から近いしね、
関東組からも便利カナって考えたん
・・・・かんさん



なんか・・・朝から・・・ (A旧漢字)
2008-03-18 09:22:06
夫と息子を送り出し、さーブログ!
なんか・・・
課題が満載で何から書いていこう・・・。
取りあえずは、かんさんの就職決定はめでたい!
ただちょっと疑問って言うのか私考えるに、今更、なんで住み慣れた土地を離れなければいけないような「職」を選んだのかなーって???
後10年、心機一転違う世界を覗くのもいいと思う(私も夫の赴任について東京に10年、知らない土地に拒絶していたが、住めば都、今じゃ「故郷」になった)
けど、別に今更・・・。奥さんや子供たちは?ご両親は?付いていくの?
まぁ、そんなこんなを、会ってじっくり聞かしてもらを!
★かんさんへ
東京に行くまでに時間空いてないの?いつスタートするの?
★皆へ
『かんさんの10年を見守る会』を設けましょう、早速集まれる者だけでも!
とは言っても、この土日はアカン20日及び夜なら何処にでも行く



エーッ 東京へ行くの!! (オリーブ)
2008-03-18 12:21:26
 かんさん就職おめでとう。
先ほどブログを見てビックリしました。
阪神大震災の時、「大丈夫やった?」って、
いち早く電話してくれて、本当にうれしかった。
誰にでも優しい心配りをしてくれるかんさんだから
何処へ行っても、上手くやっていけると思いますよ。
慣れるまでは大変だと思うけど、身体に気を付けて
頑張ってね。
「かんさんの10年を見守る会」会員登録お願いしま
す。



同じく (八尾のおっちゃん)
2008-03-19 00:15:49
今週中はちょいムリ、来週夜は26日以外可能、30日は時間確保できると思います。以上連絡まで



あっ、ごめん (八尾のおっちゃん)
2008-03-19 00:18:55
あっ、違う26日間違い、25日訂正まで、ごめんネ



とりあえず (A旧漢字)
2008-03-19 08:53:05
とりあえずは、皆に知らせんとアカン!
でも、集まりたい皆の時間の調整は、難しい。
よって、かんさんの都合の付く日時を並べてもらって、その日の中から「集合日」を決定しましょう。
3月末になれば、かんさんも忙しいだろうけど
「かんさんチ、近所のファミレスにて2・3時間」にしておけば、いいじゃないですか?
まぁ、明日20日となると、ちょっと急すぎるかもね!
日時、かんさん決めてしもて。



ココのコメントだけで十分や・・・・ (かんさん)
2008-03-20 03:42:25

こんなに大勢のご祝辞を頂いて感激しております
励ましを頂いてオリーブさんのように古いことまで喜んでくれてここの、コメントだけで、僕は十分です
「潔くお国のために戦って・・・・」・・・な、こないなるやろ?
せやからあかんねん、やめとこ
やっぱ、性にあわんわ
そないにして送り出されたら万が一6月に来れるようになっても×わるうてこられへんがな(笑)
皆さんに一同に集まってもらって
「私はこれこれの思いでもってこんな事を目的として東京に行って来ます!!」なんてどっかの政治家さんみたいやん(笑)
たまたま暇で皆勤やったんがしばらくまともに仕事するからこられんようになるで~ってことやから
そない気に船といて
おっちゃんがゆうように
このブログもあることやし
にゃんさんとは昨日ホンマに絶妙のタイミングで
れいの赤3の業務スーパーで出会った。
不思議やナアと思う
そう言えば前もコノミヤでも出会った・・・・
ま、生活圏が同じやからこういうこともあんねんけど
電話も手紙もあるし
A旧漢字さんの得心行くように
ちゃんと説明するから
それでどない??



了解いたしました (A旧漢字)
2008-03-20 09:39:15
私も大人です!?
もう理解できてるよ!!!
なんか・・・。
「にゃんさん」の偶然もそうだけど、目に見えない偶然が、かんさんの回りにはあるのかもしれない!?
そんな出来事が・・・。
「桜39」の小包があろうことか!私の手元に帰ってきました。
なんで???
北九州方面に住む、さる女子が・・・。「輪の如く届けるシステム」を理解せず、私の所に戻してきたのです。
ちょうど、そのころ、私は、
かんさんに先に「桜39」を届けたいと考えていたのですが・・・。
偶然としか、言いようのない出来事に驚きました。
北九州の女子は、すべてお見通しの上「私に返してきたのかしら」とさえ考えてしまいます。だって20名ほど巡って初めて、こんな間違い始めてだから・・・。そして、なんとも言えない、タイムリーなこと、まるで「かんさんに先に送ったって」と言わんばかりじゃないですか
と、言うことで、本日夕刻、雨がやんだら(やまんでも)18門鉄橋を渡ることにします。
貴方が居ても居なくても「桜39」を届けます。



不思議というか (にゃんです)
2008-03-20 11:06:21
いつもは歩いて行くんです。
そう、近所の業務用スーパーへ。
ほらね、日頃のおこないがいいのでしょうか(うそっ?)
かんさんの顔が目の前にひょいっと、なんと愛する母ちゃんも一緒でしょ。やった…
20~30分、重たい買い物袋を二人に持たせたまま、立ち話。
ゴメン、重たそうと気は付いていましたが、荷物を車においてからという余裕もなく、「ブログ見た?!」の第一声。
じっくり事情徴収(?)もすませ、二人の顔を見て、なにかがホッとしました。
二人はまるで、車でデートにでも行くかのように手を振り去っていきました。 ハイハイ…
A・「美味しそうなカニ売ってたよ」
A・「今年の冬までのカニの食べ納めしよか」
B・「ちょっと贅沢やけど、いいか?!」
我が家この会話で、二人と会えました。
「カニさん」有り難う! 「かんさん」有り難う?!
カニ全部綺麗に頂きました。ほんと美味しかった!
師匠曰く、「良い方向に向かっているんだ!!」  だって…かんさん

コメント 終わり

18*MM登志子さん ありがとう!!

2008年03月20日 | Weblog
ときめく思いはきっとその人だけではないのかも知れない
それはきっとその人の中にある、あの時の自分にときめくのだと・・・・
自分の風景となっているあの時と
その人が抱きしめていたであろうあの時との出逢いに
心がときめくのだと思うのです
それが稚拙で多感で激情で有れば有るほどに
心の風が騒ぐのだと・・
惜春とはそうゆうことだと、僕は思います

MM登志子・・・名前と番号を確認しながら
覚えてるかな?と、受話器に向かう
 ☆思い出のとりたてて無き人なるも ときめく胸に青春の風☆
僕がそうだから彼女も僕を覚えていないだろう・・・・
そう思いながらも呼び出し音の間
何故か心がきゅんと痛んだ
不思議な気がした

「ああっ!賀集君??」
 ☆告げし名に顔が浮かぶと言う君の おばさんしてると声の弾みて☆
彼女の弾んだ声と僕を覚えてくれていたことが
ぐるぐる巻きになって喜びが込みあげてきた瞬間だった
 ☆久しぶり心に描く若き顔 電話の向こう息子が受験と☆
僕は僕で彼女の声を聞きながら桜校の頃の顔を思い出していた
想い出の中の彼女の顔は高校生なのに
今、彼女の息子が今年受験だと・・・・
電話では今の彼女にたどり着けなかった

そして「同窓会欠席」のハガキが帰ってきた
 ☆不良母してると結ぶ人のあり 青春してるの文字も輝く☆
彼女は今も青春してる、という
その事が今の僕らと繋がっていることなんだ、と思った
彼女は来なかったけど・・・・

20年ぶりに初めて開催すべく同窓会に向けて
連絡先を確認していたときにこの四首を詠んだ
(昔から変な癖があった・・・・たぶん・・病気だった!)
だから何か深く印象に残った出逢いだったんだと思う
・・・・「こんな」原稿を考えていたら
A旧漢字が「あんな」コメントを書いて
間違って返送された小包を持って今日尋ねてくれた

「そんな」事情で今僕は桜39の世界にどっぷりと浸かっているんです・・・・かんさん

*ごめんごめんごめん・仕事が決まりました

2008年03月17日 | Weblog
その仕事の都合で大阪を離れることになりそうです
まだ具体的に何処なのかは未定なのです
とりあえず4月からは東京で研修があります
そのあとどこかへ行くんです(どこか?ま、国内は間違いないのですが・・・・)
打診の段階では10月からの勤務だったので
6月の「桜39」は余裕で出席の予定でしたが
最終的に2月の中頃に4月からと決まりました

そろそろぷーたろう生活も9ヶ月目に入り
いくらのんきな僕でも生活のことを考えないと・・・と言う状況での半年の繰り上げは
何よりも有り難いのですが
「桜39」の事を考えると暗雲とした気持ちにならざるを得ません
出仕を何とか7月からに・・・と言う気持ちも十分にあるのです
しかしながら、まだもう一踏ん張りの生活のかかった「仕事」となると
そちらが優先されるべきだろうなあって・・・・思うのです
うまく両立できれば勿論それに越したことはありませんが
難しいことの方が多くありそうで
一旦は行けないことにした方が良いと思って昨日のブログとなりました

実はマイ晩このブログを書きながら、
・・・・今回は勿論、しばらくは桜39いかれへんかなあ・・・・
ま、十年がんばったら毎月のようにみんなと会って
どうそうかいしたらええか!!・・・・
みたいな思いが色々と浮かんできてね、ほんで
少し前に「後10年したら」を書いたのです・・・
定年まで勤めたとしたら(仮定ですが・・・・)後約10年
そうなったら、毎月同窓会や!!・・・・みたいなね(笑)
なんとかみんなには生きとってもらってね(笑)

そんなわけでね、残念とか、辛いとか
そんな言葉では僕も表現のしようがないのですが
丁度写真屋をしてたのが10年
あの十年と言う年月をもう一回頑張って
おわったらみんなと毎月同窓会!!
と言うところに自身を納得させることが
ようやく出来たんです・・・・ホッ・・
ホントにご免やけど、
2~3回だけ「桜39・同窓会」休ませてな
・・・・かんさん
特に朝からコレを見て
「!!!???」と心配してくれたA旧漢字さんやにゃんさんホントにご免
いきなり載せて・・・・
僕としては昨夜の締め括りみたいな、越智君の投げかけに
もうこの辺でゆうとかんと日にちがどんどん迫ってるし・・・
とちょっとあせってしまったと思うわ
ホントにご免・・・・
せやから、そんなこととはつゆ知らず
さっきまでテレビ見ながら
おやじさんから届いた大量のホタルイカの
「メン玉」と「くちばし」を
のんびりほじってたことはゆわんとくわな(笑)
「ボコ!」「かんにんや~」・・・・桜39





*八尾のおっちゃんグー!やね!!

2008年03月17日 | Weblog
みんなで手繋いで18門渡る?
白線流し・・・・
グーなアイデアやと思うわ!!
どない企画するかは・・A旧漢字の腕の見せ所・・かな?
ただね、僕は多分その時おらへんやろうなって気がするから
考える会の皆々様で考えてちょうね!
実は・・・・6月のんも・・無理かなあ・・・って(涙)
・・・・ごめんちゃい

18門をこんなにも愛してる連中がいる一方で
出来たら便利になると言う人もおるんやねえ、
僕も出来たら想い出はなくなっても、
新大阪行きがぐっと便利になるかもネ
タイミング良く
昨日ブルトレが最終やったらしいね
夜汽車って語韻は哀愁有るもんねえ
ホームから遠ざかっていく夜汽車の赤いランプ
三橋みちややないけど
「惚~れて、惚れえ~て~♪♪」
みたいなね・・・・ちゃんちゃん
・・・・かんさん

17*北海道4人旅・・ふたつとせ

2008年03月16日 | Weblog
「急行北国」での道中・・・・
この間の記憶が実はあまり・・・ない
僕らにとって(つまり僕らが自称するところの「サイクリスト」にとって)
電車の移動というのはあくまで補足的な手段で
そのこと自体にはあまり興味がなかった
本来自転車で行くべき所を何らかの理由があって仕方なく電車に乗る・

イカ飯く言えば、
「自転車に乗っている時が「旅」であってそれ以外は「旅」ではない」
とゆう考えである
今考えると何とも狭量な概念にとらわれていたと思うのだが
当時の僕らは
「サイクリスト」という呼称にあこがれ、
こだわりを持っていた・・・んじゃないかと思う・・

そして又「自転車で世界一周」等というニュースの「走り」みたいな時期でもあった
「旅とサイクリスト」や
「サイクルスポーツ」等という専門誌が
相次いで創刊されたのもこの頃だったと思う
とにかく僕らは「サイクリスト」と自称することが
なんとも嬉しかったのである
何かこう、僕のイメージの中では
「荒野を馬で駆ける一人旅・・・」みたいなものがあった
(そのくせ4人とか5人とかで行くことの方がおおかってんけどね
・・・・あかんたれやから・・一人旅、心細いもん・・・・笑恥)

ユースホステルでは「カニ族」が大多数で、
「僕はサイクリストです」とゆうのに妙な優越感があって
(俺らは苦労して自分の足で走ってんねんぞ・・・おまえらとはちゃうねん~・・・みたいなね(笑))
ちなみに「カニ族」ゆうんは普通電車の座席に横向き乗って横に移動するからカニやねんね・・・懐かし!

一日走ってれば、必ず何人かのサイクリストとすれ違う
向こうからサイクリストが来ると頃合いを見計らって
すれ違いざまお互いが右手を挙げて挨拶をする
コレが又、嬉しい・・・なんか仲間意識が芽生えるのよね・・
(僕は山歩きはしないけど、同じ風があるんやて・・・かあちゃんに聞いた・・かあちゃん昔ワンゲルやった)
特に県境の峠道で下りと登りですれ違うときは
「ガンバレよ~」「峠はもうすぐやぞ~」
と励ましたり、励まされたりして、始めの頃は
(やっぱり、サイクリスト同士はいいな~って・・・・しびれてた・・ふぐ中毒かっ!)

「友田サイクル」という、小さなねじ一つでも通販で届けてくれる
自転車の専門店が台頭してきたのもこの頃だった
そして、僕の中では自転車屋をしている祖父という環境をベースとして
自転車が好き→「自転車屋」と言う職業を
意識しだしたのもひょっとしたら、この頃だったかも知れない
ただ単純に、好きな自転車の部品が安く買える・・・程度やったと思うけどね(笑)

ちなみに後年、僕が祖父の後を継ごうか?と悩んでいたときに
「やれよ!!ええやないか!!」と後押しをしてくれたのは
早々と北海道の大学を推薦で決めて
隣の8組の教室から僕らの9組の教室に
満面の笑みで転がり込んできて「受かったぞ!」と
受験勉強に明け暮れていた僕らを羨ましがらせたあの
科学部・物理班の同期・矢野雅和君だった
・・・・多分よっぽど入学者がおらへんかったんやと思うわ・・・(笑)

4年間の下宿を終えて大阪に帰ってきたばかりの彼を迎えたのは
僕の家の近くのバス停前にあった喫茶「サントス」だった
入ってすぐ右手にジュークボックスがあって
壁ぎわの階段をトントンと降りた所に並んだ
3つ程のテーブルの一つに向かい合い
男同士ではもったいないような
ムードのあるローソクの明かりの中で
お互いの将来のことを話したなあって
今、思い出した・・・・かんさん

*桜39「白線流し」 (八尾の)

2008年03月16日 | Weblog
(八尾のおっちゃんのコメントこっちにコピしたで)
桜39「白線流し」 (八尾の)
2008-03-15 22:19:57
ちょっと、間が空いて期待感が高まって、新しいブログ展開を待っていたら、旅行に行ってたん?
先発のA旧さんの旅程が新幹線と重なっていたようで、そこれへんのことが引き続き話題になるかと思っていたら、立て続けにいろいろと新しい方に転換、なかなかそのスピードについていけないおっちゃんです。ので、吾がのペースでいきます。
あのね、18門鉄橋のことやねんけど…本ブログのプロフィル、象徴的存在のところに「後少しの運命」の件。
今日、JR「おおさか東線」開業しましたね、「久宝寺」が起点で「放出」までの開通、それで北側に「吹田、新大阪」と伸びていく北側の開通が2012年の春やそうです。八尾のおっちゃんたちにとっては大変、便利になってきたわけですけど…。
つまり12年までのいずれかに鉄橋の徒歩通行部に複線化を図ることになるのですが、これから4年間の間ということになるわけです。
A旧さんやかんさんの「スローライフ」、「ゆっくり情緒を楽し見たい」と思う気持ち、おっちゃんも賛成です。
残せるものなら残してほしいという思いと同じような、北部分の各地でのいろいろな思いもあって工事が進んでいない事情があるようですが、いずれは「運命」を辿ることとなります。
そこで本年の同窓会から10年までのゆっくり人生の間に、この4年間のいずれかの時にかわからんねんけど、豚さんや牛さんの数はまだ貨物線として使うようやから数えられると思うねんけども、きっと「渡り納め」ねばならん時がくるやろ?
そこでや、幹事団の眉目秀麗の諸氏のみなさん!わかるやろ、次々回の同窓会の企画にひとついれてもらわれへんかしら、徒歩でもう渡られんようになるその前に、みんなで手をつないでわたるというのんは?桜39の「赤川の白線流し」で紅白でめでたいやろ!?
まわりくどくなってごめんネ、ほんじゃぁ、バイバイ!!

*あと10年経ったら・・・・

2008年03月15日 | Weblog
後10年経てばもう65才~66才か・・・・
普通で行けばみんな定年になって、
第二の人生とかゆって
少しだけ働きながら、
ゆったりとした生活を送るときが来るんやろねえ・・・・(憧)

そうなったときには、毎月は無理でも
年に数回は僕の家に集まって
少しだけ美味しいものを食べながら
あれこれととぎれがちな記憶の
片隅をつつき合って
くつろぎの時間を過ごせたらいいなあって
思ってる

僕らは「もう一踏ん張り頑張って!!」・・・の世代だと思うけど
まだこれからだと思ってるけど
生きてきた時間に比べれば
残った時間はやっぱり少ないねえ・・・・
これから子供が結婚したり
にゃんさんのように、怪獣達と格闘しながら
今までより多岐に渡った時間を過ごしていくんだろうけど

いつだったか、もう随分と前に
フモラの連中と久しぶりにあって
京橋当たりで飲み会をやって
最後に麓が
「さっきの鯛のあら炊きしてんか」って店員さんにいったのを
そうゆう麓の注文の仕方に、

この手の店に入っても、
何を注文したらいいのか戸惑う自分に比べ
(麓は大人やナアっ・・・て)僕は妙に感心して
満腹感で店を出た後、
ぷらぷらと駅に向かって歩いていたなべさんが
いつもの調子で

「俺ら長いつきあいやナア、一体いつまで続くんやろ?」
って独り言のように言ったときに麓が
「ここまできたら、もう一生のつき合いやろなあ・・」
と言ったのをマッちゃんと二人で頷きながら
じーんと嬉しかったことがあった
そんな連れがいることが
うれしいよなって・・・・思うやろ?

ま、そんな「は・な・し」やねんけどな・・
ちょっと麓のこともええようにゆうとかなあかんやろ?
こないゆうといたら、きっと麓からコメントはいると思うねん
ナア・・・麓
・・桜39










*オリーブさん贅沢夜話!!

2008年03月14日 | Weblog
□コメントを書いた人:オリーブ

□タイトル:「にゃんさん」

□コメント:にゃんさん?わかっちゃいました、以前マンションから「毎日桜高を見ている」って聞いたことが有ります。私、仕事中にブログみています、ええんかいな!!仕事暇なんバレバレやわ。
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オリーブさん、それ、正解ヤネ
僕もその辺でわかってんけどね、それとね
にゃん、やねん、んでわかったんですわ
オリーブさんとこ仕事暇なん?
けど、ええやん、僕なんかぷーたろうやカラ・・・・
夫婦で仕事できるやて、えへなあ(幸!)
ひまやったら、どんどん書きこんでんか(笑)
キーボードカチャカチャしてたら
「あ、奥さん仕事忙しそうにしたはるわ、
僕らも一生懸命仕事しょう!」ゆうて社員さんの励みにもなるやろ?
一石二鳥でええやんか(笑)
たのむわな!!
・・・・かんさん

*12日東京発15:03分「のぞみ」にて帰った・・・・

2008年03月14日 | Weblog
12日に東京から?
ホンマカイナ?12日に帰阪したんなら
多分A旧漢字女子と同じような時間やろか?
朝、スーパーホテルの14階から見たオレンジ色の太陽と
同じような夕陽に迎えられて大阪についた
途中の富士山には気が付かなかった
寝てたから・・・・

大体新幹線のなかでは寝てしまうなあ・・
あのすごいスピードに感覚がついていかへんのやろか?
あのスピードとリズムは寝ること以外の創造を生み出さない
などと自分の横着さを省みずに決め込もうとしてふと、
いや待てよ、
ひょっとしたら今の時代というスピードに着いていけないほどの
齢をこいてしまったのか?
(決しておならではないのだが・・・ゆうでしょ?としこいたって・・・)

で、思い出してみると20年ほど前は確かに起きていた
それも乗り込む前に
お弁当と
いかの姿スルメと
カンコーラと
そしてお気に入りの劇画「ゴルゴ13」を2冊
買い込んでいそいそと
「ひかり」自由席禁煙席の1号車に乗り込んでいたなあ

お弁当を食べて一息ついた後、おもむろに
「ゴルゴ13」を取り出して「いか燻」を肴にコーラをぐびぐび・・・・
え?ビールじゃあない?って・・・
ほんとは大人なんだからそうしたいんですが
350ml一缶でお顔真っ赤でダウンな私なもんで、
とてもとても新幹線の中では飲めません

かあちゃんなんかその私の缶を一口飲むだけで共倒れ・・・・
二口でも飲もうものなら深酒のあげくの泥酔状態・・・・
夫婦で1缶あれば酔っぱらえるなんてね
コスト対効果は、抜群な僕たちなのです・・・(それがどないなん!?)
でね、ま、2冊を読み終わる頃には
新大阪に着いていたなあって、それだけの話なんですが・・・・

とりあえずA旧漢字女子が帰ってきてくれたんで
よかったなあ!ゆうてね・・・・
おっちゃんも喜んでるわなあ!ゆうてね・・・・
晩ご飯たべてこうっと・・・・かんさん