ひろし君の読書や旅日記

昨日より今日が少しは面白くなるかな て思って

もうウンザリ‼ 佐川たちの腐敗臭

2018-03-28 17:27:48 | 日記
もうウンザリなショーがこの国の政治指導部を巡って続いています。今回は佐川を巡る場面が演じられました。
佐川を巡ることは、過去にも色々と起こっています。1981年の佐川は、パリでフランス人女性を射殺し生の肉を食べてしまいました。佐川はフランスで裁判を受けましたが、日本からの資料の翻訳の間違いがで心身喪失と判断されて不起訴処分になりました。後に唐十郎が、小説「佐川君からの手紙」で芥川賞を取ると言うオマケもありました。
1980年代後半から1990年代前半にかけては、東京佐川事件が有りました。当時の佐川運輸から、自民党経世会に対する闇献金が問題となりました。この事件以降、いわゆる55年体制の崩壊が進行する事になります。
今度の佐川は、この国の朽ちていく政治指導部の保身の為に現れました。フランスで生の肉を喰らい、5億円の闇献金にまみれた佐川は国民の財産の8億円値引きを隠ぺいしようとしました。
この国の現在の政治指導部や佐川たちから立ち昇る腐敗臭に多くの国民がウンザリしている事は、各種の世論調査の結果を見ればハッキリとわかると思います。
どうして、こんな国になってしまったのか、て考えるとホント複雑ですよね。

佐藤正午を読みました

2018-03-18 17:04:05 | 日記
佐藤正午の、「彼女について知ることのすべて」を読みました。昨年の直木賞を「月の満ち欠け」で受賞し、長編小説を今までに十数編出しているのに今回初めて読みました。
ストーリーは、かなり入り組んだ男と女の関係を元に進んで行きますが冒頭「その夜わたしは人を殺しに車を走らせていた。」と書き始めて、読者に軽いジャブを食らわせます。
これはそんな感じで、軽く読んで行けるのかなと思っていると物語のテーマは女の紐になった暴力的な男から逃げ出したい女の物語だと分かります。主人公の男は、女に助けを求められてその渦に引きずり込まれ行くのです。
私たちの周りにも、形を変えてこの様なDVてあると思います。私の前にいた職場でも、朝眼の横に青あざを付けて来る女の人がいて、聞くとDVでした。
でも、DVの背後に潜む心の闇てとても深い様に思います。憎悪は愛を生まないけれど、愛は憎悪を生んでしまう事が有る様に思います。
それにしても、優柔不断な主人公の様な男とは、一緒に酒は飲みたくないな。




私たちの国の陰鬱な空気

2018-03-13 15:05:35 | 日記
いま、私たちの日本の国は少し感性の感度を上げてみると、陰鬱な空気に覆われているのが分かると思います。日本の国と言った場合、それは日本の政治をめぐる問題と考えていいと思います。特に現在の政治の指導部の問題です。
具体的に振り返って、この4~5年の流れで見てもこの国の政治指導部は、国民の意思を踏みつけながら支配を強化しています。2013年12月の特定秘密保護法の成立した経過でも、共同通信社が2013年10月に行った世論調査では反対50.8%・賛成35.9%でした。2015年9月に成立した安保法制は、その施行日直前の2016年3月に共同通信社が行った調査では成立を評価しない49.9%・評価する39%でした。
この様に、この国の現在の政治指導部は所謂民意などを気にはしていないのです。何故なら、昨年の10月の衆議院選挙の結果を見ればあきらかです。昨年の選挙の結果は、自公の与党は、比例代表制の45.8%なのに野党の立憲・希望・共産・社民4党は46.8%を得ています。また、小選挙区では、自公の合計得票数は全体の49.3%ですが、議席獲得数全体の何と67.1%を得ています。
この様な、状況はアベ達政治指導部が言うように彼等が作った法に従っていたとしても、それは共同体の感覚社会的正義からは逸脱した状況を作り出しています。私たちの国を現在覆っている陰鬱な空気は、この様な重い思いが原因なのだと思います。
更に醜悪なことに、現在の政治指導部は自分たちの保身のために官僚が作った公文書の改ざんも積み重ねているのです。
一体、僕らの国は民主的な国ですと誇る事など出来るのでしょうか?
政治の話は、とても陰鬱ですね。

映画『パリ・テキサス』を思いながら

2018-03-03 16:43:50 | 日記
1945年生まれのドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースが、1984年に創ったロードムービー『パリ・テキサス』は見終わった後もズッシリとした気持ちにする作品だ。ストーリーはとてもシンプルなもので、自分と子を残して失踪した妻を取り戻す物語です。その流れがライ・クーダーのギター演奏と共に映し出されていくと気持ちが引き込まれてしまいます。
ヴェム・ヴェンダースは、1970年代にもロードムービー三部作と呼ばれる作品を創っており1976年の『さすらい』はこの時代の持っている空虚感や徒労感をよく表現していると思います。映画の終わりの頃、電車の駅横で主人が少年に話しかける
何を書いてる?   僕にみえるもの全部さ   何が見える    線路だろ  線路の砂利に時刻表   空に雲も
このシーンなどは、1967年のゴダールの映画『気狂いピエロ』の中のランボーの詩
見つかった  何がて   永遠が   それは太陽と一つになる海だ
の感覚を強く連想させます。
でも、時代は移り変わりて行きます。1999年の作品『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』も基本はロードムービー的ですがキューバの音楽・演奏者を通しての現代の切れ目を描き出します。この映画も素敵ですよ。ライ・クーダーとキューバの演奏者との共演はゾクゾクしちゃいます。
たまには、少し前の映画でも振り返ると面白い作品が色々ありますね。