僕の細道

礼服

お葬式に参列してきた。

亡くなられた方とは直接の面識は無いが、或る友人のご母堂である。
その友人とは、立場的に同じような悩みを相談し合える関係である。

自ら動ける立場から、後方に回り、周囲に動いてもらう立場に居ると、それはそれで、もどかしかったり、歯がゆかったり、反省したり、後悔したり、見えない重圧が押し寄せてきて、何かと重苦しい時がある。

そんな時、同様な立場に居る者同士での会話は、何かと癒される。

彼は、倒れた母の看病をしながら、あらゆる関係を維持してきた。
仕事が終われば病院で寝泊りし、病院から仕事場へ向かったことも多かった。そんな状況でありながら、地元地域だけの防災ボランティア活動に甘んじることなく、一昨年の中越地震でも愛知県ボランティアの先遣隊として現地に赴き、「あいち中越支援ネットワーク」を設立する基盤の情報収集活動を行ってきた人だ。

以前は、バイク事故で本人自身が亡くなったりして、礼服を着ることが多かったが、最近は、違った形で着る機会が増えてきた。つながりが広がれば広がるほど、深まれば深まるほど、こうして礼服を着る機会が増えてくる。

自分は変わろうとしなくても、居住環境や周囲との関係が変化してしまうから、自らの変化を求められる。そして、自分が立っている場所が変化していくのを知らされる。それが、齢(よわい)を重ねるということなのかも知れない。

謹んでお悔やみを申し上げます。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「つぶやき」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
1998年
1997年
1996年
人気記事