「果南~、た、助けてっ」
「ま、将之様」
ぐらりと木の枝共々将之の身体が傾く。
「きゃあ!将之様!」
思わず果南が叫ぶ。
いつもの様に二人は薬蕩の材料探しに赴いていた。
将之は斜面の上の方に生えている実が欲しく、それを取ろうと其処らの木や枝を頼りに斜面を登った。
果南は下の方ではらはらしながら見ていたが小さな将之は意外にも器用にゆるい地の斜面を登り木の実を手にする。
しかし、それを取ったまでは良いが捕まっていた木が地盤から半分抜け落ち将之はその木に捕まったまま斜面の横の道の上の方に宙ぶらりんの状態となったのだ。
飛び降りるにも子供には大分高く年若い果南が背を伸ばしてもまるで届かない。
半分抜けた根っこは将之の重みも手伝ってきしきしと今にも総て抜け落ちてしまいそうだった。
「果南~」
「将之様っっ」
せっせと手を伸ばす果南の方へ杜の道の下の方から何やら声を掛けながら一人の男がやって来る。
男は京の武人の姿をしていた。
「将之様、果南どの」
体格の良い男はにこりと笑うと二人の名を呼んだ。
「高守(たかもり)!」「高守様!」
将之と果南はその男の名を呼び彼の方を見た、高守と呼ばれた男はすぐさま将之の側に行くと彼の下方、足もとの方から手を伸ばし彼を抱きとめる体勢をとった、背の高い男には充分手の届く距離だった。
「将之様」
此方へ、と大きな両の手を広げ、にっこり笑う高守に将之はむっつりとした表情で返した。
ばたばた暴れたせいか草履も脱げ落ちている。
将之は高守が嫌いだった。
「将之様、こちらへ・・・あ!」
高守の伸ばした手を将之は膝で払った、そして憮然と云い放つ。
「一人で降りる!あっちへ行ってろ!」
将之の云い様を高守は笑って受け止めた。
「何をおっしゃる。この高さで降りて何かありましたら一大事です」
「うるさいな」
「将之様の一大事は私の一大事。さあ、お手を・・・」
将之の反抗心を全く意に介せずにこにこと手を伸ばす高守に嫌気が差して将之は木から細い枝の方へ移り彼を避けた。
ぼきりと捕まっていた枝が折れる。
「-!!」
「きゃあぁあぁ!!」
果南が叫ぶ中どさりと高守が小さな将之を受け止めた、高守は両の腕に彼を抱えすっと立ったままにこりと微笑んだ。
将之は何も云い返さない。
「危ないですよ、将之様」
「・・・・・・」
高守が彼を降ろすと将之は本当なら自分一人でも降りられたと、礼は云わんとばかりに数歩先に進んだ。
高守は苦笑しつつ彼の小さな背を見送る、果南は高守の後ろから彼に声を掛けた。
「あ、有難う御座います、高守様」
ぺこぺこと何度も頭を下げる。
「いやいや、間に合って良かった、あはは」
若君を探していたら此方の方から何やら声がしたものでね~と高守は果南に話した。
「若君に何かあれば私の一大事ですよ~」
とにこにこ笑って云う高守を果南は薄く微笑んで返した。
その夜、いつもは静かな高雄の別宅は賑わっていた。
高守が京の手土産を両手に高雄に来た日にはこの別宅の女房、こま使い、それらの者が総てが彼を喜んで迎え入れたのだ。
高守は京の武人で右大臣、将之の父の側の者だった。
彼は身分も高く藤原の荘園の管理の手伝いもしていて時折高雄の方の園の管理と此方に身を寄せている将之達の様子を報告するのが彼の務めだった。
愛する妻と子の報告に遣わされていたのだからこの男は右大臣から特に信用されていたのだろう。
そして彼は明るい気質で誰彼差なく都の土産話を話して聞かせた。
京から奥まった高雄は普段とても寂しくひっそりとしていたので皆この高守の土産と、土産話を心から喜んだのだった。
将之は高守が嫌いだった。
この別宅では皆が皆、高守を好きで面白くない。
この中で一番偉いのは自分のはずなのに、と将之は普段はあまり思わない身分の差にも思わず執着してみせる。
―俺もきっと大人になれば背も伸びて・・・
―
―身体も丈夫になって・・・
―
―・・・
「将之様が眠ってしまいましたわ」
一人の女房の声に高守は側に近づき彼を抱き上げた。
「今日は疲れたのでしょう」
彼は将之を寝所の方へ運んだ。
少しずつ紅葉していた高雄の山々。
その夜から将之は又高い熱を出し始めた。
続く。