年明け早々、専務取締役に就任した美作あきらと、その第一秘書である牧野つくしは、
プロジェクトチームを引き連れ、花沢物産に赴いた。
美作商事に入社して初めて、花沢物産に足を踏み入れたつくしの顔は、若干青ざめていた。
「牧野、私情を挟むなよ!?いいな?」
「あ・・・はい」
「お前は俺の秘書として来てる。それを忘れるな」
「畏まりました」
ポンポンと肩を叩かれたつくしは、あきらの心遣いに感謝した。
家族を失い、司とも別れた自分を快く思っていない花沢の陣地は、いわば敵地も同然だ。
いくら仕事とはいえ自分が花沢物産に顔を出す事を、類の父親はよくは思わないだろう。
そんな事を考えていたら、誰にも聞こえないくらい小さい声で、あきらがボソリと呟いた。
「このプロジェクトに類・・花沢専務は参加しないはずだ」
「左様ですか」
「花沢社長に、牧野も参加すると伝えてあるからな。わざわざ火に油を注ぐ真似はしないだろう」
つくしに恋心を抱いている類を、類の父親は長年海外に赴任させていた。
なるべく、つくしと接触させないように。
だが、あきらが日本に戻ってきたのを機に、類まで日本に戻ってきた。
しかも、専務という肩書を持って。
しかも、専務という肩書を持って。
その辺りの花沢社長の意図が分からないが、特に深い意味はないだろうと楽観視していた。
「さ、気を引き締めていくぞ!?」
「はい」
あきらからプレゼントされた指輪を、右手でそっと撫でたつくしは、あきらに続いて会議室の中に入った。
するとそこには、
「今回のプロジェクトに参加させてもらいます、花沢物産専務の花沢類です」
あきらに名刺を差し出しながら自己紹介する、花沢類の姿があった。
これには、流石のあきらも驚愕した。
花沢物産サイドからは、今回のプロジェクトに類は参加しないと言われていたのだから。
それが何故、突然参加する事になったのか!?
だが、あきらもつくしも心の動揺を噯気(おくび)にも出さなかった。
「挨拶が遅れました。美作商事専務取締役の美作あきらです。どうぞ宜しくお願いします」
「・・・そちらは?」
名刺を受け取りつつ、目敏くつくしを見つけ凝視する類に、あきらの顔から笑みが消えた。
「私の秘書を務めております、牧野つくしです。今度のプロジェクトにも参加致します」
「・・・秘書?あきら・・・美作専務の?」
「ええ。牧野、花沢専務にご挨拶を」
自分の背に隠れるように立っていたつくしに目配せしたあきらは、類に挨拶するよう指示した。
必ず迎えに行くから待ってて・・・そう自分に言ってくれた類に、辛辣な言葉をぶつけたつくしは、
彼の目が怖かった。
彼の目が怖かった。
もう何年も前の出来事ではあるが、彼はまだ、その時の事を恨んでいるのだろうか!?
深呼吸したつくしは、意を決して類の前に姿を現し、深くお辞儀をしながら挨拶をした。
「美作商事専務取締役の第一秘書を務めております、牧野つくしです。宜しくお願い致します」
「・・・・・」
挨拶をするも、類からの挨拶はない。
もしかして無視されたのだろうか!?
そう危惧したつくしは、頭を上げ類の様子を窺ったのだが、彼の目線は彼女の薬指に集中していた。
「・・・・それ、婚約指輪?」
「あ・・はい・・・」
「誰?あきら?それとも違うヤツ?」
「花沢専務、仕事の席でプライベートの話は遠慮願えませんか?さ、会議を始めましょう」
涼しげな顔をしてその場を収めたあきらは、すぐ資料の用意をするよう、つくしに目配せした。
あきらのちょっとした動き、仕草で全てを悟り把握するつくしの姿を、類は憎悪を籠めた
目で見据えていた。
目で見据えていた。
まだ、あきらの秘書になってから数日しか経っていないというのに、まるで何年も一緒に仕事を
してきたかのような二人の動き。
してきたかのような二人の動き。
それは正に、阿吽(あうん)の呼吸と呼ぶに等しい動きだ。
そんな二人の様子に、類は苛立ちを隠せないまま会議に臨んだ。
鬼神の心を隠したまま・・・・。
※この話は、2011/4/24にヤフーブログでアップしたものです。