結禾の散歩道 ~Yufunogi-no-Sanpomichi~

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宗像大社 邊津宮 【筑前國宗像郡】

2010年01月06日 02時45分58秒 | 神々&祭り

宗像市に鎮座する宗像大社(むなかたたいしゃ)は、沖ノ島の沖津宮(おきつみや)田心姫神(たごりひめのかみ)、大島の中津宮(なかつみや)湍津姫神(たぎつひめのかみ)、田島の邊津宮(むなかたたいしゃ へつみや)市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)をお祀りする三宮の総称で、全国六千四百余社の「宗像神」の総本宮です。


宗像大社 邊津宮の神門と拝殿

宗像大社にお祀りされる「三女神(みはしらのめがみ)」について、『古事記』・『日本書紀』は、次のように伝えています

故爾各中置天安河而、宇氣布時、天照大御神、先乞度建速須佐之男命所佩十拳劔、打折三段而、奴那登母母由良邇。此八字以音、下效此。振滌天之眞名井而。佐賀美邇迦美而。自佐下六字以音、下效此。於吹棄氣吹之狹霧所成神御名。多紀理毘賣命。此神名以音。亦御名謂奧津嶋比賣命。次、市寸嶋上比賣命。亦御名謂狹依毘賣命。次、多岐都比賣命。三柱。此神名以音。
【かれしかして、各(おのもおのも)天安河(あめのやすのかは)を中(なか)に置(お)きて、宇氣布(うけふ)(とき)、天照大御神(あまてらすおほみかみ)、先(ま)づ建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)の佩(はか)せる十拳劔(とつかつるぎ)を乞(こ)ひ度(わた)して、三段(みきだ)に打(う)ち折(お)りて、奴那登母母由良邇(ぬなとももゆらに)、天之眞名井(あめのまなゐ)に振(ふ)り滌(すす)きて、佐賀美邇迦美(さがみにかみ)て、吹(ふ)き棄(う)つる氣吹(いぶき)の狹霧(さぎり)に成(な)りませる神の御名(みな)は、多紀理毘賣命(たきりびめのみこと)、亦(また)の御名(みな)は奧津嶋比賣命(おきつしまひめ)と謂(い)ふ。次、市寸嶋比賣命(いちきしまひめのみこと)、亦の御名は狹依毘賣命(さよりびめのみこと)と謂(い)ふ。次、多岐都比賣命(たきつひめのみこと)三柱(みつばしら)
~『古事記 上卷』~

乃以日神所生三女神令降於筑紫洲。因之曰。汝三神宜降居道中、奉助天孫、而爲天孫所祭也。…(中略)…即以日神所生三女神者。使隆居于葦原中國之宇佐嶋矣。今在海北道中。號曰道主貴。此筑紫水沼君等祭神是也。
【すなはち日神(ひのかみ)の生(あ)れませる三女神(みはしらのめがみ)を以ては筑紫洲(つくしのしま)に降(ふ)らしむ。因(より)て(をし)へ曰(まを)ししく。汝(いまし)三神(みはしらのかみ)、宜(よろ)しく道中(みちのなか)に降居(くだりま)して、天孫(あめみま)を助(たす)け奉(まつ)りて、天孫に祭(いつか)れよ。…(中略)…すなはち日神の生れませる三女神を以(もち)ては。葦原中國之宇佐嶋(あしはらなかつくにのうさしま)に使隆居(つかひくだりゐ)さしむ。今(いま)、海の北の道の中に在(いま)す。號(なづ)けて道主貴(みちぬしのむち)と曰(い)ふ。これ筑紫水沼君(つくしのみぬまのきみ)(ら)の祭(いつ)く神これなり。】
~『日本書紀 卷第一神代上』~

さて、『古事記』によると、宗像大社の「三女神」は、須佐之男命の潔白を証明するため、天照大御神と須佐之男命が天安河の両岸に立たれて「うけひ(誓約)」をされた後、天照大御神が須佐之男命の十拳劔をもらい受けて、三段に打ち折って、勾玉が揺れてその音が清(さや)かに鳴るばかりに、天之眞名井の水で振り滌いで【振ることによって、水の霊力を付け清めて】、何度も繰り返して噛み砕いて、吹き出した霧に「成った神」(生成した神)です

また、『日本書紀』によると、高天原の神々の「(天孫降臨に先立ち)道の中に天降り、天孫【ここでは、天照大御神と高御産巣日神の孫にあたる「天邇岐志國邇岐志天津日子日高番邇邇藝命(あめにきしくににきしあまひひこひこほのににぎのみこと)」をさしていますが、総じて、その後の歴代の天皇もさしています」を助け、天孫の厚い祭祀を受けなさい」という神勅によって、「葦原中國之宇佐嶋」に降臨され、現在は「海の北の道の中」にいらっしゃる「道主貴」と伝えられ、玄界灘~周防灘~瀬戸内海の航路の守護神であることがわかります。「道主神」であることから、交通安全の神としても信仰を集め、道路・鉄道・航路などすべての「道の主の貴(とうと)い神」でもあります


宗像大社 邊津宮の本殿

邊津宮の本殿は天正6年(1578年)に大宮司(だいぐうじ)氏貞(うじさだ)により再建された「五間社流造(ごけんしゃながれづくり)杮葺(こけらぶき)」【建坪:1172㎡】、拝殿は天正18年(1590年)に筑前國領主の小早川隆景(こばやかわたかかげ)により再建された「切妻入造(きりづまいりづくり)杮葺」【建坪:74.4㎡】で、ともに国指定重要文化財です。「第一宮」ともよばれ市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)がお祀りされています

宗像大神が降臨された地と伝えられる高宮(たかみや)へと続く道の途中に「第二宮」と「第三宮」が鎮座しています。伊勢の神宮の第60回御遷宮【昭和48年(1973年)】の時、 伊勢神宮の別宮である伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)・伊佐奈弥宮(いざなみのみや)の古殿の古材によって造営された唯一神明造の社殿で、第二宮には沖ノ島の沖津宮(おきつみや)【田心姫神(たごりひめのかみ)】、第三宮には大島の中津宮(なかつみや)【湍津姫神(たぎつひめのかみ)】の御分霊がお祀りされています


第二宮

第三宮

邊津宮のもうひとつの御神域「高宮」(高宮祭場)は、悠久の遠い昔から、古式にのっとって祭祀が続けられている神籬(ひもろぎ)・磐境(いわさか)のひとつで、毎年10月の秋季大祭「みあれ祭」を締め括る祭典として高宮神奈備祭が執り行われます。とても神々しい気が溢れるスポットです。特に早朝がおすすめです


ご本殿から高宮へ向かう途中の道の森には木漏れ日が沢山


高宮祭場に溢れる木漏れ日

本殿の裏手に御神木の楢(ナラ)の木があります。樹齢は約550年といわれ、宗像大宮司家の家紋、宗像大社の神紋にも因むものです


御神木の楢の木の葉

宗像大社 邊津宮
[御祭神] 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)
[所在地] 福岡県宗像市田島 (地図) 
宗像大社 中津宮
[御祭神] 湍津姫神(たぎつひめのかみ)
[所在地] 福岡県宗像市大島
宗像大社 沖津宮
[御祭神] 田心姫神(たごりひめのかみ)
[所在地] 福岡県宗像市沖ノ島

中津宮が鎮座する大島には、フェリーで渡ることができますが、沖津宮が鎮座する沖ノ島には通常は渡ることができません。宇佐~宗像~厳島を結ぶ「海の北の道の中」にいらっしゃる「道主貴」。最初の降臨の地「宇佐嶋」【御許山】では、比賣大神(ひめおほかみ)。宮島の厳島神社では厳島大神(いつくしまおほかみ)ともよばれているようです。



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