スプレッドには様々な呼び方がある。
対国債スプレッド、Zスプレッド、ASW、OASなどなど。
いずれもリスクフリーレートに対するプレミアム(上乗せ金利)を表すもの。そして、プレミアム自体は個別証券の「信用リスク」や「流動性リスク」等の対価である、とされる。呼び方の違いは、以下の計算アプローチを反映している。
①リスクフリーの「物差し」に何を用いるか?
→一般的には国債利回り、LIBOR(スワップ金利)のどちらかを用いる。しかし、国の信用リスクを反映した調達レート(国債利回り)と金融機関の信用リスクを反映した調達レート(LIBORやスワップ金利)のどちらをリスクフリーレートとして見做すかによって、スプレッドの計算結果も異なってくる。投資対象に国債を含み、追加的な信用リスクをとって社債等に投資する妙味があるかを吟味するなら、国債利回りを用いるのが馴染みやすい。他方、レバレッジをかけて収益を追求するヘッジファンドや収益管理上LIBORなどの調達コストがハードルレートとして用いられている金融機関のトレーダー、金利スワップやCDSなどのデリバティブを多く利用する投資家は、LIBOR(スワップ金利)に対するスプレッドを重視する傾向にある。主要投資家の信用リスクを評価する「物差し」が異なれば、投資行動も異なってくるという点において、バイアスやアノマリーが生じる要因ともなり得る。したがって、両方のスプレッドを両睨みで比較し、多角的に投資のリスクと機会を捉えていく姿勢が重要となろう。
②キャッシュフローの割引率に単一の値を用いるか、それとも各年限のグリッドに対応した値を用いるか?
→年限のグリッド数が増えるほど、期間構造の違いが考慮されるため、スプレッドの計算は精緻化する。単一の値を用いるメリットは、同年限銘柄の単純比較するだけでよく、非常にシンプルな点にある。しかし、実際のイールドカーブは常に歪みが生じており、その形状も局面に応じてダイナミックに変化するため、計算されるスプレッドに歪みが生じるなどデメリットも大きい。年限が長期であれば割引計算への影響が大きくなる点にも注意が必要だ。よって、信用リスクを抱える通常の社債や1年超の銘柄であれば、各年限に対応した値を用いることがベストプラクティスとなろう。
③証券に内包されるオプションの価値を加味するか否か?
→MBS、ハイイールド債、ハイブリッド証券などのコールオプション(繰上償還条項)を内包する債券は、将来キャッシュフローが不確実であることが現在価値に影響する。こうした銘柄は、そのオプション性を加味しないでスプレッドを計算すると、ベストシナリオまたはワーストシナリオを用いてスプレッドを計算していることとなり、ミスリーディングな情報をもたらす可能性がある。
各スプレッドの定義について
・Zスプレッド:zero-volatility spreadの略。オプション性は加味しないため、static spread(静的スプレッド)ともいう。銘柄から発生する全ての将来キャッシュフロー(元利金)について、その発生時点の割引率(リスクフリーレート+Z)を用いて計算された現在価値が、市場価値と一致する際の"Z"が解となる。フラットな金利期間構造を前提とする後述のnominal spread(名目スプレッド)は、現実のリスクフリーレートの期間構造がどのような年限をとっても一律であるという仮定を置いているため、計算されるスプレッドには少なからず歪みが生じる。その点、Zスプレッドはリスクフリーレートの期間構造が考慮されるため、リスクプレミアムをより精緻に捉えることができる。計算に当たっては、トライアル・アンド・エラーで求める必要はあるが、エクセルのゴーシーク機能を使えば比較的簡単に求めることができる。米国では、社債のスプレッドを見る際、Zスプレッドや後述のOASを用いるのが主流となっている。
※Zスプレッドは、上記②に焦点を当てた計算アプローチである。リスクフリーレートには、国債利回り、LIBOR(スワップ金利)の両方が用いられており、国・地域・投資家によって実務慣行が異なる場合がある。
・ASW :債券の固定金利を変動金利に変換した際のLibor(スワップ金利体系)に対するスプレッドである。CDSとの相対価値を比較する場合は一般的にASWが用いられる。ただし、投資対象の価格がパー(額面)から大きく乖離している場合、計算されるスプレッドに歪みが生じやすくなる。パーからの乖離をアップフロントで調整する計算方法をとっているためである。銀行借入などの間接金融が発達している欧州では、社債市場における銀行や傘下の資産運用会社の存在感は大きい。こうした歴史的背景もあり、欧州では社債スプレッドを評価する際、銀行融資のスプレッド貸との比較が容易なASWを用いる傾向にある。
・OAS:option adjusted spreadの略。コールオプションなどオプション性を内包する債券のスプレッド評価に用いる。OASは異なる金利パスを描いたモデル(繰上償還モデルや二項モデル)から計算されるキャッシュフローの現在価値が、市場価値と一致する場合におけるスプレッドである。Zスプレッドと同様にトライアル・アンド・エラーで求める必要があるが、リスクフリーレートについては国債利回り(スポット・レート・カーブ)を用いることが多い。OASの計算は金融工学の知識を必要とするため、情報ベンダーや証券会社が提供する標準的なプライシング・モデルを使う傾向にあるが、金利パスやボラティリティなどのパラメータ設定が計算結果に影響を与える(モデルリスクが発生し得る)点は認識しておきたい。コールオプションを内包する債券の場合、パラメータの1つである金利ボラティリティを大きく設定するほど、オプション・コストが増大するため、OASは小さく出る。一方、金利ボラティリティがゼロに近づくほど、OASはZスプレッド(※国債利回りを用いたケース)に近い値をとる。なお、Zスプレッドは金利ボラティリティがゼロ(金利に変化なし)であることを前提としており、オプションを内包しない債券であればOASとZスプレッドは一致するため、後者のみの利用で事足りる。
コーラブル債の場合:
→ オプション・コスト = Z-spread - OAS
(※Z-spread>=OAS)
・Iスプレッド:interpolated spread(線形補完スプレッド)の略。債券の最終利回りと同年限のリスクフリーレートの差額。ブルームバーグ等ではリスクフリーレートにLibor(スワップ金利体系)を参照する場合においてIスプレッドと呼ぶ(※国債金利を用いる場合はGスプレッド)。
・Gスプレッド/Tスプレッド:government spread/treasury spread(対国債スプレッド)の略であり、同年限の国債との利回り格差を表す。nominal spreadともいう。
・Lスプレッド:上記のIスプレッドと同一。LIBORの頭文字をとりLスプレッドと呼ぶ。 (了)